母の時代を超えて。現代パリジェンヌが描く、幸せな働き方。【森春菜の「令和じたばたパリジェンヌ月報」#2】
パリに来て、半年。先日はついに給湯器が故障しアパルトマンのお湯が止まった。給湯器メーカーは「来週、誰か行かせる」と言うけれど、その「来週」が本当に来るのか、フランスでは誰にも分からない。結局は近所の大家さん宅にシャワーを借りに通う日々だ。
優雅なパリ暮らし、にはほど遠い。
でも、街を歩くと気がつく。カフェのテラスでワインを傾ける人、平日の昼間から公園で本を読む人。私たちが思い描く「優雅に人生を楽しむパリジェンヌ」は、確かにいる。
ただし、その隣に、まったく違う種類のパリジェンヌもいるのだ。

街で見かける優雅なパリジェンヌたちだって、実は水面下ではじたばたしているもの。そんな現代のパリジェンヌ事情を探っていくこの連載。第2回の主役は、本業はクリエイティブディレクターでありフォトグラファー、副業としてメゾン マルジェラのストアスタッフの顔も併せ持つSarah(29歳)。
「バカンス第一」のパリジェンヌ像とは、どうやら違うらしい彼女の、働き方の話。
“好きなことで生きていく”を支える、強烈な情熱

Sarahには、ふたつの顔がある。
ひとつは、メゾン マルジェラのストアスタッフ。生活を支える、ライスワークだ。もうひとつは、フォトグラファー兼クリエイティブディレクター。心から情熱を注ぐ、ライフワーク。平日はストアに立ち、仕事後と週末はカメラを持つ。
この1年は、ソウル、ニューヨーク、ロンドン、ミラノと、各地での撮影に飛び回っていた。
取材日の翌週からもニューヨークの撮影を予定しており、準備で大忙しとのこと。
そんな彼女への取材当日。大きなニュースを聞いた。
彼女はもうすぐストア勤務の仕事を辞める。ライフワークだった写真一本で、ついに独立するという。
ライフワークを、本業にする。言葉にすれば簡単だが、それを実際にやってのける人は、ほとんどいない。長いあいだ二足の草鞋で走り続けた彼女が、いま、やりたいことだけを仕事にして、羽ばたこうとしている。
自分が実現したい夢に向かって、何年間も自分の自由時間を削ってでも何かに打ち込む。それは、私がこれまでイメージしていたパリジェンヌの働き方の概念とはかけ離れている。
その決断のすぐ隣で、彼女のこれまでの働き方と、情熱の源泉を、深く掘らせてもらった。
ふたつの顔で生きる、パリジェンヌの1週間

平日の朝、目を覚ましてSarahがまずすることは、フォトグラファーのクライアントからのメールチェックだ。新しいプロジェクトの連絡が来ていないか、確かめてから一日が始まる。
そして午前10時から夕方18時までは、メゾン マルジェラのストアスタッフとして働く。勤務中はスマホでのメールチェックは一切しない。「仕事中にメールを開くと、マルジェラに集中できないの。疲れた頭で返信しても、いい文章は書けないしね」。きっぱりと線を引く。
けれど、線を引いているのは勤務時間だけ。退勤した瞬間から、彼女はまた写真家に戻る。家でメールに返信し、写真をレタッチし、夜中まで手を止めない。 パリジェンヌといえば、仕事を早めに切り上げてアペロへというイメージがあるが、彼女の自由時間はほとんどすべてが仕事に注がれていく。カフェに行くのも新しい友人に会いに行くのもその先にはたいてい次の撮影やプロジェクトがある。生活のすべてが、写真を中心に回っているのだ。
週末も同じ。午後はたいてい撮影か打ち合わせ。「正直、週末もずっと頭は仕事モードなの。働きすぎ、なのかもね」。そう言って笑う口ぶりは、忙しさの愚痴ではなく、好きなことの話をする人の顔だった。
お金、承認、情熱。彼女が止まらない理由。


彼女にいちばん聞きたかったこと。
なぜ、そこまで自分を駆り立てられるの? 疲れないの?
「私はきっと、疲れることなんてないと思う。だって、こんなに素晴らしいんだもの」
即答だった。彼女の「素晴らしい」は、3つの層でできていた。
まず、お金。「はっきり言うわ。この生活で、私は経済的に自由でいられる。家賃を払えて、行きたいときにレストランに行ける」。夢を語る人が最初に「お金」と言ったことに、少し驚いた。でも彼女にとって、それは挑戦するための土台。「いつか部屋を買いたくて」何年もかけて貯めたお金が、今、独立を決める勇気になっている。
次に、手応え。「去年、韓国で撮影したとき、街で私を知ってる人に声をかけられたの。来週はニューヨークで雑誌の撮影。そんな自分を想像すると、ワクワクしてたまらない!」

最後に、心の深いところにある理由。「私にとって、働くことと、自分らしくあることは、まったく同じなの」
お金は土台。その上に、譲れない情熱が立っている。彼女のハードワークは、無理して頑張っているのではなく、好きだから止まれない、に近い。
フランスでは、働きすぎると妬まれる!?


ひとつ、気になっていたことを聞いた。日本人が抱く「あくせく働かないパリジェンヌ」像と、彼女は明らかに違う。
「フランスでは、私たちは生きるために働くの。働くために生きるんじゃない」
30歳の友人たちは口をそろえるそうだ。「もう30歳、仕事で不幸でいるべきじゃない」。仕事は休暇に行くためのもの。人生でいちばん大切なのは、人生を楽しむこと。それがフランスの文化なのだと言う。
そして、はっとする一言。
「フランスでは、働きすぎると、逆に妬まれるの。”あの人はお金のことばかり” って」
日本とは、まるで逆だ。頑張ることが美徳の日本と、頑張りすぎが冷ややかに見られるフランス。その同調圧力のなかで、彼女は情熱を貫いてきた。
「でも、私が違うのは、情熱を見つけてしまったということ」

子どもの頃、祖母が買ってくれた雑誌『Glamour』。
誌面の写真を全部切り抜き、「この広告、同じ写真家だ」とスタイルだけで言い当てる子供になった。その執着が、いまの彼女を作っている。
ちなみに彼女の仕事仲間は、ほぼフランス人ではない。韓国、英国、イタリア、アメリカ。「あなたは、生まれた国より、外国の人とつながる人ね」と、よく言われるそうだ。そういう意味でも、彼女は”典型的なパリジェンヌ”の枠には収まらない。
働き続けた娘を見て、母が泣いた


Sarahのお母さんは、20年以上、航空会社で働いてきた。でも、本当に好きだったのは、陶芸だった。仕事のかたわら、ずっと作品を作り続けていた。
Sarahは、何度も母に言ったという。「陶芸一本で、生きてみたら?」
でも、母は首を縦に振らなかった。好きなことは、趣味のまま。仕事は、安定のために続ける。それが、母の選んだ生き方だった。
その母を見て、Sarahは思った。私は、好きなことを仕事にしたい。
そして去年。二人で旅したモロッコで、母は泣いた。
「あなたは諦めなかった。夢見ていた人生を、本当に生きている。心底、誇りに思う。」
母が、安定のために諦めたこと。それを、娘のSarahが、叶えてみせた。
だからこの涙は、ただ娘の成功を喜ぶだけのものじゃない。自分が選べなかったもう一つの人生を、娘が生きてくれた。その嬉しさの涙だったのだと思う。
夢を追うのは、きらきらした話ばかりじゃない。お金の心配をして、周りに理解されず、自分を疑いながら、それでも進むこと。Sarahの強さは、そういう地に足のついた強さだった。
私も、まだまだパリでじたばたするだろう。お湯も出ないし、来週が本当に来るかも分からない。でも、それでいい。そう教えてもらった気がする。
Sarah Dorison
フォトグラファー/クリエイティブディレクター
29歳 パリ在住
南仏トゥールーズ出身。パリのファッションスクールでファッションマーケティングを学び、Conde Nast のAD magazineや GQ magazineでのインターンを経てフォトグラファーの道へ。メゾン マルジェラのストアで働きながら作品制作を続け、まもなく独立。ソウル、ニューヨーク、ロンドン、ミラノなど各地で撮影を手がける。 @thesarahfactory

森春菜
大学卒業後、コピーライターとしてキャリアを始動。「形あるもの」に憧れるようになり、4年前にジュエリーブランドANNA DIAMONDを設立。2025年2月、代官山に直営店ANNA DIAMOND Galleryをオープン。’25年10月にパリに移住。ブランドも欧州への展開を予定している。
森春菜 Instagram: @haruna_mori__
ANNA DIAMOND Instagram :@annadiamond_jp
ANNA DIAMOND 公式サイト:https://annadiamond.shop/