独創的で圧倒的なミュージカル映画『ベター・マン』

『グレーテスト・ショーマン』（2017年）のマイケル・グレイシー監督とイギリスが誇る大スター、ロビー・ウィリアムスがタッグを組んだ、ミュージカル映画『BETTER MAN／ベター・マン』。ふたりの出会いは、『グレーテスト・ショーマン』の主役であるヒュー・ジャックマンがP.T.バーナムを演じるにあたりロビーを指針としていたため、3人で会ったことに端を発する。そこで監督はロビーのエンターテイナーぶりはもちろんのこと、自身の人生を語るストーリーに魅せられてしまったという。

ロビー・ウィリアムスは一世を風靡したイギリスのアイドルグループ、テイク・ザットに最年少の15歳で参加し、5年後に脱退、その後ソロで大成功を収めたアーティストだ。もちろん紆余曲折があり、テイク・ザットに戻った時期もある。つねに波乱万丈の人生を送ってきた。ちなみにスケート界では、羽生結弦が彼の「Let Me Entertain You」を、織田信成が「Angel」を使用していたことでも知られる。

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ロビー・ウィリアムスの姿をサルにしたことで、苦悩を大胆に表現。

しかし、なぜロビーはサルになってしまったのか。そもそもロビー自身が「僕はサルのように後ろで踊っている」とか、「僕は完全に心あらずだったのに、まるでサルのようにパフォーマンスするためにステージに引っ張り上げられた」などと口にしていたという。グレイシー監督は「それならいっそ映画の中の彼をサルとして描くのはどうだろう」とロビーに提案。そしてロビーも賛同したそうだ。

ロビーをサルが演じていることに対し、感じ方は人それぞれだろう。テイク・ザット時代から人気スターとしてのロビーを見てきたファンは、サルよりも、茶目っ気たっぷりのロビーに似た俳優（人間）に演じてほしかったかもしれない。実は私も最初はそうだった。けれど観ていくうちに、"ロビー"がそこに居るよりも"サル"が居た方が、不思議と感情移入しやすいことに気づく。また華やかな場面に対し、ドラッグに溺れたり、激しく自虐的、攻撃的になったりするシーンもあるが、サルゆえにどこか客観的に観ることができるのだ。なお、思わぬところでロビー本人が顔を出すシーンが隠されているので、ぜひ注意を。

このサル化という意表を突いた手法は、ロビー自らがナレーターを務めた全4回のネットフリックスのドキュメンタリー『ロビー・ウィリアムス』（23年）を発表したばかりだから、ということもあるだろう。ドキュメンタリーは現在のロビーが、部屋に入ってくる娘と言葉を交わしながら、過去の映像と共に自身の活動を振り返り、現状も伝える内容になっている。一方『ベター・マン』は、幼少時から自身が抱え続けてきた闇を克服する時期までが描かれている。前者には実際の妻や子供たちが登場するが、後者では祖母や母が注ぐ無償の愛や、なかなか自分のことを認めてくれない父との葛藤を、演者を通してクローズアップしている。

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ロンドンの高級ショッピング街を封鎖して、ダンスシーンを一発撮り。

この映画はグレイシー監督とロビー・ウィリアムス、そしてメジャーではない企業からの出費とあって制約が少なかったそうだ。それゆえ監督はどうしてもやりたかったこととして、ロンドンの高級ショッピング街として知られるリージェント・ストリートを封鎖して、テイク・ザットとしてのダンスシーンを4日間かけて一発撮りで実現させた。この他にも、豪勢でファッショナブルなダンスシーンやパーティシーンが繰り広げられる。

ロビーはといえば、テイク・ザット当時からやんちゃで知られ、その陰で精神的に不安定な部分も抱えていた。そのため、実際のところはイギリスやヨーロッパでは絶大な人気があったにもかかわらず、かなりネガティヴに自分のことや物事を捉えていて、ドキュメンタリー作品より過度にそこが強調されているように感じた。でも、それもロビーらしさなのだろう。そこにはグレイシー監督が、テリー・ギリアム監督作品で描かれる"狂気の中の詩"に影響を受けている点も大きいと思われる。

視覚効果などの技術も素晴らしいが、ふんだんに使われているロビーの楽曲が映画用に再レコーデングされ、歌詞なども映画に合わせて一部変えるなど、実に丁寧に作られている点にも注目したい。「Feel」は子どもだった時代を歌った楽曲として再構築しているため、子どもの声で歌われている部分が多いし、テイク・ザット時代の歌として登場するロビーのソロ時代の楽曲「ROCK DJ」もオーケストラによる壮大なナンバーに変化した。

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イギリスでは、映画を観た観客から「セラピー効果がある」とのも反響も。

父親役のスティーヴ・ペンパートンはロビーが尊敬するコメディ俳優とあって、存在そのものから魅せてくれるし、ロビーの恋人ニコール・アップルトン役のラシェル・バンノは、ニコールが姉妹でオール・セインツというグループで活躍していたように、ラシェル自身も双子の妹と出演しているということにも驚いた。テイク・ザット役の俳優陣は役に徹していたものの、オアシスのノエル役とリアム役については、そっくりさん的な似せ方でクスッとしてしまったが。

私が2003年にロビーが来日した時のことで思い出すのは、電車で取材場所へ向かっている時に「取材が1時間早く巻いているから、いますぐ来てほしい」とスタッフから電話がかかってきて非常に焦ったこと。昼の取材で1時間も早まることは滅多にないからだ。そして、宙吊り姿の『Escapology』(2022年）のアルバムジャケットについて、「いつもビルから飛び降りたい気分なんだよ」と話していたことがショッキングだった。この時の完全招待制のライヴも素晴らしかったが、シニカルなジョークも交えたMCのテンションも高めで、この映画を観るとかなり危ない時期だったことがわかる。

とはいえ、この映画はロビー・ウィリアムスのことを知らなくても、エンターテインメント界のリアルな姿である光と影を見ることができるし、何より最後の最後まで、パフォーマンスのシーンが素晴らしい。イギリスの記事によると、ロビーはイギリスでの映画公開後に、「あなたの物語の中に、たくさんの自分を見つけて、それが助けになった」というメールをもらって、「あぁ、間違って、本当に親切なことをしたんだ」と思ったそうだ（ロビーらしい笑）。また上映後のエピソードとして、「観客から涙ながらに僕の勇気を賞賛し、感謝されたこともある。その意味はわからないけれど、セラピーになっていることはわかっている」と語っている。『ベター・マン』とはロビーの曲名から付けたものだが、作品を的確に表しているタイトルである。最後の最後まで堪能してほしい。

＊To be continued