シェフのヴィッキー・チェンと言えばカナダ育ちの香港人で、中国料理のエッセンスをフレンチに融合させた「ヴィア(VEA)」で注目を浴びた後、ヴィアでの経験をベースにしたクリエイティブでハイエンドな中国料理レストラン「ウィング(WING)」を2022年にオープン。ウィングは2024年に「アジアのベストレストラン50」3位、「世界のベストレストラン50」で第20位に見事ランクイン。2025年の世界ランキング自体の発表はまだ発表前ながら、世界最高水準のホスピタリティを持つレストランを讃える「ジンマーレ・アート・オブ・ホスピタリティ賞」の受賞が先駆けて発表されるなど、高い評価を受けている。

そんなヴィッキーが2024年11月に、香港の上環で香港3軒目のレストランとして、自身初のカジュアルなヨーロピアンレストラン「モデラ(Modera)」をオープンした。
「今までの2軒の常連であるお客様はもちろん、新たなファンを地元で増やしたい。カジュアルで価格も柔軟ではありますが、私の店ならではのエレガントさはそのまま引き継いでいます」とヴィッキー。

地中海エリアで「母からの贈り物」を意味する店名の「モデラ」をオープンするきっかけとなったのが、10年近く自分の店に通ってくれた常連客が、子育て期間に入ってから、以前のようにはファインダイニングレストランに来られなくなったという変化に気づいたこと。
「私自身も二児の父で、確かにヴィアやウィングで子どもたちに食事をさせることはほとんどなくて。子育て真っ最中でありつつ舌の肥えたゲストを満足させて、親子で何度も来てもらえる店には需要がある、と感じました」

キッズにとっても親しみやすくて高品質なことがポリシーなので、「一部の店のように、キッズメニューには冷凍のチキンナゲットを放り投げとけ、なんてことはないですよ」と笑う。
「自分のレストランを長くフォローしてくれている人は、私たちが最高の食材しか使わないこと、不要なものは加えないことをよく知っています。揚げ物であってもできる最大限にヘルシーに仕上げて脂っぽくならないようになど、配慮をしています」
ツナやビーフのタルタルなど、親によっては子どもに与えるのを心配するメニューもあるけれども、ヴィッキーのお子さんたちの大好物だとか。

同じ食材でも、最高級店であるヴィアやウィングとは選ぶ調理法が変わる。前述二店では完璧にグリルしてサーブするけれども、モデラでは和牛ビーフバーガーとして店内でミンチして、日本のフルーツトマトや最高のソースを作って組み合わせる、というのがヴィッキーの哲学。

「そのほかシーザーサラダ、トリュフフライドポテト、豚足トマトパスタ、ヒラメのロースト、オリジナルジェラートなど、またあれを食べたくて、と何度も訪れてくれるような料理をいろいろ用意しています」



そんなモデラでは、メニュー構成に加えてインテリアでも子連れ世代をもてなすための工夫がされている。「店内を見まわしてもらえば、インテリア要素の中に、一つも尖った角がないことに気づいてもらえると思います。そして全テーブルにソファ席があるので、子どもたちはテーブルに案内されたら必ずソファに潜り込みます。子どもたちが安全で居心地のいい繭のような空間に包まれているので、親も安心して食事ができるようにしました」

気になる予算は、ヴィッキーの従来店であるウィングが1人4万~6万円ほど、ヴィアが2万5千円~5万円ほどのコース料理であり、同じ哲学に沿った高レベルの料理を、アラカルトのスタイルで1人5000円ほどというのは、大変お得。
「カジュアルであっても、パスタなど熱くあるべきものは熱くなどの、料理ごとのこだわりはきちんと守られています。それができるのは、ここで働くスタッフが、長く私の下で働いてきて完全に哲学を理解していて、ヴィアのシェフがモデラではスーシェフに、サービススタッフは支配人にと職位を上げた上で勤めてもらっているから。そんなチームを維持することで、サービスと味の水準を保っています」
サービス面における、カジュアルとファインダイニングの違いとは、「例えば飲料水のボトルをテーブルに置いていて、ファインダイニングならコップの水がなくなる前、お客様から呼ばれる前にスタッフが自ら注ぎに来るところを、カジュアルでは、時には自分で注いでもらうこともある、というようなことでしょうか。時々、カジュアルさを求めてくるお客様に対して、サービスが大げさになり過ぎて引かれてしまうこともあるので、そのバランスをうまくとる必要があります」


料理への情熱が原動力になって、今日もランニングシューズを履きつぶしながら、複数の厨房を走り回るヴィッキー。そんな彼が生み出す極上のカジュアルヨーロピアン「モデラ」は、子連れファミリーはもちろん、あらゆるゲストにとって通いたくなるレストランだ。

モデラ
Modera
G/F, 111 Wellington Street, Central, Hong Kong
営)12:00~15:00、17:30~23:00 無休
料)セットランチ 338香港ドル~
Tel)+852 2711 8088
www.medora.hk/
photography: Miyako Kai

ジャーナリスト、編集者、コーディネーター。東京で女性誌編集者として勤務後、ヨーロッパ、東京、そして香港で18年を過ごす。オープンで親切な人が多く、歩くだけで元気が出る、新旧東西が融合した香港が大好きに。雑誌、ウェブサイトなどで香港の情報を発信中のほか、個人ブログhk-tokidoki.comも好評。大人のための私的香港ガイドとなる書籍『週末香港大人手帖』(講談社刊)が発売中。2024年に帰国。