「幻のシャンパーニュ」が生まれる畑へ……。サロンのメゾン、セラーへの潜入リポート。【後編】
今日のワイン選びがちょっと楽しくなる連載「ワインテイスティングダイアリー」。フィガロワインクラブ副部長・カナイが日々、ワインを求めて畑へ、ワイナリーへ、地下倉庫へ、レストランへ、セミナーへ……。美しいワインがどのように育まれるかの物語を、読者の皆さまにお届けします。
今回は「幻のシャンパーニュ」とも呼ばれるサロン、そしてその「姉妹」たるドゥラモットが生まれる畑、そして開栓の時を夢見てボトルが眠るセラーを訪問。
後編では、サロンが生まれる畑、そして熟成のためにボトルが眠るセラーへ潜入。「唯一無二」のシャンパーニュが生まれる舞台裏とは?
>>前編:「幻のシャンパーニュ」はどう生まれた? サロン、そしてドゥラモットの歴史から紐解く、シャンパーニュメゾンの意外すぎる系譜
サロンとドゥラモットにまつわる歴史をインタビューした後で、サロン・ドゥラモットのオードレイ・カンポスの案内の下、ドゥラモットのメゾンの真横にあるサロンのセラーを訪れる。

「以前はほとんどゲストを呼ぶこともなかったのですが、15年前に改装し、限られたお客様をお迎えするようになりました」
門扉を抜けた建物正面には、その日に来訪予定のゲストの国旗が掲げられていた。正面の建物に入ると、そこは改装後に設けられたテイスティングルーム。

その奥を抜けると、まずは地上階のセラーが待ち構えている。

ここでは比較的年数の若いボトルがピュピトル(動瓶台)に据えられ、デゴルジュマン(澱抜き)の時を待っている。並んでいるのはすべてサロンのボトル……そう思って見つめるだけで、背中に震えが走るようだ。
ウジェーヌ=エメ・サロンが愛した「クレイエール」にて。
しかし、サロンのセラーにはまだまだ秘密がある。地上階のテイスティングルームの右手奥には、地下へと通じる階段が口を開けている。


階下へ降りていくと、そこには「クレイエール」と呼ばれる、古代人が石灰岩を切り出していったトンネルが広がっていた。
「創業者であるウジェーヌ=エメ・サロンはここをワイン貯蔵庫として使用していました」とカンポス。

「ご覧ください」とカンポスが地下の露出した岩肌から、小石を取り上げる。それは紛れもなく石灰の塊だ。触らせてもらうと、ほんのりと湿り気を帯びているのがわかる。これがル・メニル・シュル・オジェの石灰質の秘密なのだ、とカンポスは語る。
「多孔質な石灰岩が混ざり合った土壌により、この地域は1㎡に約600リットルの水を蓄えることができるんです。乾燥しがちなシャンパーニュにおいて、この保水量はかなり好条件に働きます。地中深く伸びた根からその水分を吸収することで、地上に雨がなくともブドウは水分を補給し、同時に石灰に蓄えられたミネラル分をしっかりと吸収していくのです」
若いワインを飲んでいると、時に「硬い」、とまで思わされるコート・デ・ブランのミネラル感。その端緒を覗いたようだった。極限までセレクトされ、引き締まった酸を持つシャルドネと、ル・メニル・シュル・オジェに特有の堅牢なミネラル感。その極端なまでのサロンの個性は、たしかに10年以上の熟成を経なければ花開くことがないのだろう。
ウジェーヌ=エメ・サロンは、あるいはこのクレイエールというセラーを持たなければ、サロンというシャンパーニュを造り上げようなどとは思い至らなかったかもしれない。

奥に進むにつれ、ヴィンテージはさらに過去へと遡る。この日、確認した最も古いボトルは「サロン 1928」約100年前のボトルが現存する、なんて信じられるだろうか?
「(のちにローラン・ペリエとしてサロンを統括する)ベルナール・ドゥ・ノナンクールは戦中、ナチスの基地制圧に携わった際、ヒトラーのコレクションから『サロン 1928』を見つけたそうです」とカンポスは語る。
サロンというシャンパーニュを体現する、「サロンの庭」。

出荷前のボトルを眺める。見る限り、90年以降のボトルは、王冠を被せられたデゴルジュマン前のものがほとんどだ。出荷を待っているサロンが、長期にわたってシュール・リー(澱との接触)を続けていることがわかる。いわゆる「レサマン・デゴルジェ」と呼ばれる手法で、熟成を続けながらもフレッシュ感がキープされる、という一見矛盾した魅力をシャンパーニュに纏わすことができるのだ。

つまり、同じヴィンテージだったとしも、出荷の時期によっては澱との接触期間に差異が生じることとなる。もし幸運なことにいちど飲んだヴィンテージのサロンに再び巡り会えても、彼女たちは瓶の中でまったく違う年齢を重ねているかもしれないのだ……。ある種、サロンを再び飲むという行為そのものにすら、物語が生まれてしまうといっても良い。

さて、セラーから上がり、建物の裏手に出る。裏庭は創業者も愛した「サロンの庭」。ここで造り始めたシャルドネから、サロンの歴史は始まったのだ。
先ほどセラーに降りて見た通り、地下に潜ればすぐに石灰質の固い土壌に突き当たる。畑にはチョーク質の小石がゴロゴロと転がり、表土はとても乾いているように見受けられる。しかし、ブドウ樹の葉はとても青々として健康的だ。

現在、サロンに使用されるブドウはこの畑のものと、ウジェーヌ=エメ・サロンが指定したル・メニル・シュル・オジェの19の区画のみ。生産量よりクオリティを重視する、という姿勢がここまで厳格なメゾンも他にない。
「ドゥポンともよく話すのですが、ヴィンテージとは何もその年のことだけではない、と思うのです」とカンポスは言う。
「表土の下に厚い石灰の層があり、前年に降り注いだ雨はここに宿っている。前の年が暑かったのか、寒かったのか、雪は降ったか? 乾燥していたのか? 熟成期間と同じく、畑においても私たちはかなり長期のスパンで物事を考えています」

畑を隅から隅まで歩き、やはりここにも潮の香りが漂うことを感じる。これまで体感してきたドゥラモット、そしてサロンの余韻に残る若干の塩味と香りの余韻は、あるいはここから生まれたものだったのかもしれない……。そんなことを考えながら、テイスティングルームへと案内される。
「サロン 2015」、そして「ドゥラモット ブラン・ド・ブラン 1993」を味わった日。
「2015年は暑い年でした。表土からすべての水がなくなってしまったほど、カラカラに乾いていた。ですが、秋に雨が降り、9月にまた日が差した。素晴らしいヴィンテージで、サロンの中では若くして花開くタイプのシャンパーニュになりました」

サロン 2015は、いちど日本で飲んでいた。タイミングとしては、おそらく同じ時期にデゴルジュマンされているボトルのはずだ。自身が一度日本で描いたテイスティングノートを頭に思い浮かべながら、グラスをとって鼻を近づける。
透き通った、かなり明るい、淡い金色。サロンの泡ほどきめ細やかな泡はない、とその繊細さを見るたびに思う。乾燥したシャンパーニュの環境のおかげか、日本よりもクリアにワインの情報が鼻に飛び込んでくる。ジャスミン、スイカズラのような小さな白い花に、爽やかなレモンや小ぶりのライムのような鋭い柑橘の香りが立ち上る。同時に、焼きたてのブリオッシュのような酵母の香りが併存し、また香りを嗅いだだけでも硬質なミネラル感が予感できる。
試すように、少し口に含む。凛とした、存在感はありながらもしなやかな酸味が口を纏い、同時にしっかりとしたミネラルが最初からはっきりとした主張を告げる。口の中でもレモンの皮のような酸味とほんの少しの甘み、心地よい苦味の混じり合った感覚が流れる。飲み込んだ余韻にはヘーゼルナッツのような香ばしさとコクがあり、なぜかマッシュルームやレザーといった、ピノ・ノワールに特徴的な要素まで垣間見えたような気分がする。飲み込んだ後も、変わらずに口の中に酸とミネラル感が漂い続ける。その余韻は、目を閉じて呼吸していても、しばらくの間途切れることがない。
「ル・メニル・シュル・オジェのシャルドネだけだと思うのですが、瓶内での熟成によって、シャルドネがなぜかキノコや紅茶といった、黒ブドウ的な要素を見せ始めるのです。実はそうした特徴も、創業者サロンがこのシャンパーニュを愛した理由のひとつなのです」
熟成のおもしろさをお見せします、といって、カンポスはオールドヴィンテージのボトルを抜栓してくれた。ドゥラモット ブラン・ド・ブラン 1993だ。

「93年はサロンを造らなかった年ですが、ドゥラモットもミレジメ(単一年ヴィンテージワイン)を造る年を厳選しています。デゴルジュマンから時間を経たシャンパーニュも、ぜひ味わってみてください」
サロンを造らない年には、ドゥラモットにサロンで使用予定だったシャルドネが回されることもあるという。おそらく、このボトルの中の幾分かは、いま見たサロンの庭で育ったブドウから生まれたワインだということだ。
注がれた瞬間、微細な泡がまだまだ生き生きとグラスに広がることに驚く。収穫から33年、ワインの色はやや琥珀がかった金色に。レモンジャムやマーマレードのような、少し火を通した柑橘のニュアンスが香りが立ち現れている。ブリオッシュというよりはトーストしたバゲットのような雰囲気が現れ、かつしっかりとした骨格を感じさせる硬質感だ。
口に含むと、ボリュームの大きさに驚かされる。ユリの花が咲いたような、ふわりとした香りが広がり、まだまだしなやかな、アマルフィのレモンのような少し大きな柑橘を思わせる酸味がキリッと口を引き締める。ローストしたナッツのコクがあり、微かにレザーのベルトを嗅いだような、そしてマッシュルームのふわりとした香りを纏い、ゆっくりとした余韻が続く。伴奏するように、ミネラル感が長く長く、口の中を支配し、どこかに少し塩味を感じて、ワインが悠然と過ぎていく。

「サロン、ドゥラモットに関して、さまざまな表現ができると思います。ですが、ひと言で言えば『飲んだら、また飲みたくなる』。それを考えて、シャンパーニュを造っている、というのが大きいでしょうか」
オードレイ・カンポスはそういって微笑んだ。世界最高峰のブラン・ド・ブランが生まれる畑と、味わいが花開くのを待つボトルが静かに眠るセラーを見つめながら、私は再びグラスに口を付ける。
流れてきた乾いた風は、やはり潮の雰囲気を纏っていた。
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- photography: Takumi Kawashita