「オーパス・ワン」「アルマヴィーヴァ」を率いたワインメーカーが魅せられたチリという産地……。パスカル・マーティにインタビュー。

FIGARO Wine Club

今日のワイン選びがちょっと楽しくなる連載「ワインテイスティングダイアリー」。フィガロワインクラブ副部長・カナイが日々、ワインを求めて畑へ、ワイナリーへ、地下倉庫へ、レストランへ、セミナーへ……。美しいワインがどのように育まれるかの物語を、読者の皆さまにお届けします。

今回はボルドーで「シャトー・ムートン・ロートシルト」、ナパ・ヴァレーで「オーパス・ワン」を手がけ、チリで初代醸造責任者として「アルマヴィーヴァ」を生み出してきたスーパーワインメーカー、パスカル・マーティさんに独占インタビュー。現在、自身のワイナリー「ヴィニャ・マーティ」で多彩なキュヴェを生み出すマーティさん、なぜチリを拠点に選んだのか? 根掘り葉掘り、伺ってきました。


のっけから私事で恐縮だが、舞台が好きな私は「アルマヴィーヴァ」というワインが大好きだ。ボーマルシェの戯曲でロッシーニ、モーツァルトの作曲によるオペラとして名声を馳せる『セビリアの理髪師』、『フィガロの結婚』に登場する「アルマヴィーヴァ伯爵」から名前がとられたこのワインは、ボルドーのバロン・フィリップ・ド・ロスチャイルドとチリに拠点を置くコンチャ・イ・トロのコラボレーションで生まれたワイン。カベルネ・ソーヴィニヨンを主体に黒ブドウをブレンドし、「生き生きとした魂(アルマ ヴィーヴァ)」の名に相応しいフルボディでありながら、畑の標高の高さからもたらされる酸味が美しいバランスをもたらし、飲み疲れをまったく感じさせない。プレミアムワインなのでそうそう飲む機会に巡り会えないが、たまに見かけると「おっ」とにこやかになるボトルのひとつだ。

そのワインの生みの親、パスカル・マーティに会えると聞き、いてもたってもいられず出かけて行った。

コルク会社の社員から、世界最高峰のワインを手がける醸造家に。

「学生時代、パイロットになりたかったんだけど目が悪くてね。当時、矯正視力で飛行機のライセンスを取ることはできなかった。あまり勉強も好きじゃなかったから、大学には進まず父の会社で働くことに決めたんです」

現在は「ヴィニャ・マーティ」を率いているワインメーカーのパスカル・マーティ。これまた個人的な感想だが、十二代目市川團十郎丈に似ている、と思う。

マーティの父はフランスのカタルーニャで、さまざまな工業製品で用いられるコルク製品を作る会社を経営。ある日、父から「ワイン用コルクについてセミナーがあるから、私の代わりに参加してくれ」と言われた彼は3日間の研修に参加することになった。その経験が、彼の人生を決定的に変えたのだった。

「じつは私の祖父も小規模なワイン造りをしていたのですが、それはとても“伝統的”で、私はワイン造りとは同じことを同じように繰り返すものだと思っていました。ところがセミナーではあらゆる人々が、さまざまな角度からワインを語っていたのです。農業、微生物学、化学といった観点から、伝統的な方法を含めてワインの造り方、流通の仕方、味わい方を検証していた」

「3日間で、ワインの世界にすっかり恋に落ちました」という彼は、帰宅してすぐ父に告げた。

「やっとやりたいことがわかったよ。僕はワインを造ることにした」

ワイン醸造を学ぶべく、改めて大学を探したマーティ。当時のフランスで、ワインメーカーになるためのコースを用意している学校は5つの都市にしかなかったのだという。

「その時、いちばん最初に受かったのがボルドー大学だったので、まったくの偶然でボルドーに向かったわけです。もしそうじゃなかったら、ワインを造ることもなく、いまだに生産者にコルクを売っていたかもしれません」

世界のトップワインを造ってきた醸造家が語る、「最高峰のワイン」とは?

1982年にボルドー大学を卒業した彼はカリフォルニアで研修に参加し、翌83年にボルドーの名門バロン・フィリップ・ド・ロスチャイルドに入社。醸造チームとして、ボルドーでメドック格付け1級の「シャトー・ムートン・ロートシルト」の醸造に携わるようになり、同時に同社がカリフォルニアのロバート・モンダヴィ・ワイナリーとのコラボレーションで始めた最高級キュヴェ「オーパス・ワン」に携わることに。

「1週間はボルドーでムートン・ロートシルトの伝統を学び、その後3週間はナパ・ヴァレーで過ごし、その成果をアメリカで発展させるという日々が始まったんです」とマーティは笑う。世界中のワインラヴァーを魅了するボルドーのトップキュヴェと、高級ワインの新しい可能性として模索が始まったカリフォルニアのプレミアムワイン、その両方のチームに新卒で抜擢されたのだから、当時のマーティがどれほど期待されていたのか窺い知れるというもの。

最高峰のワインを造り続けてきた彼に「あなたにとってプレミアムなワインとは?」と聞くと、こう返してくれた。

「品質をどこまでも追求し、それを更新し続ける情熱、そして他のワインではありえない独自性を追い求めることですね。そして、生産者には“ヴィジョン”が求められるんです。たとえばムートンならば、バロン・フィリップ・ド・ロスチャイルドのフラッグシップとしての風格と、ブレンドの美学を芸術的までに高めており、また後には『ムートン式』と呼ばれるようになった超巨大なオークのタンクを使った発酵の導入など、常に“革新を続ける伝統”があります」

「オーパス・ワンは、似ていながらやはり違うアプローチですね。フィリップ・ド・ロスチャイルド男爵とロバート・モンダヴィというふたりの天才が共鳴し、ゴールを定めず『最高のワインを造ろう』と言った。ボルドーで受け継いできた技術を使って、ナパ・ヴァレーで何かやろうと。プランや予定は存在せず、“さあ、何かやってみよう”という気概だったのを覚えています。世界初の国際的コラボワインは、そうやって生まれたんです」

チリというテロワールとの出会い。

世界のワイン愛好家を唸らせるワインを造り続けたマーティに96年、新たなミッションが訪れる。コンチャ・イ・トロとのコラボレーションで新しいワインをチリで造るプロジェクトで、共同ジェネラルマネージャー兼醸造家として赴任することになったのだ。

「フィリップ・ド・ロスチャイルド男爵の娘、フィリピーヌ・ド・ロスチャイルド男爵夫人からの指令でした。オーパス・ワンの時のように“ノープランで”、というわけではなく(笑)、むしろかなり緻密にビジネスプランを練り上げてプロジェクトを進めていきました」

フランス以外の産地での可能性を示した「パリスの審判」から20年、ナパ・ヴァレーという新たな可能性を示したオーパス・ワンの発売から約15年、次なる“新世界”のプレミアムワインは、マーティの手に託されたのだ。

「96年にワイナリーを創業、97年から本格的にワインを造り始め、98年にファーストヴィンテージを発表してから、世界のワイン地図がまた変わりました。同時に、チリ国内でもワインの高品質化を推し進めることができたと自負しています」

これまでオーパス・ワンで培ってきた知見を生かし、発表時から世界の名だたるワイン評論家から好評を博すとともに、アルマヴィーヴァは新たなプレミアムワインの仲間入りを果たした。「じつはプロジェクトが軌道に乗ったら3、4年でフランスに帰ろうと思っていたんです」と語るマーティ。しかし、美しい風景と気候、自由な南アメリカのラテン気質に、彼は「また恋に落ちた」という。アルマヴィーヴァ誕生から10年の2008年、マーティは独立し自身のワイナリー「ヴィニャ・マーティ」を率いることになる。

「フランスとはワインに関する法律が大きく違ったことも要因のひとつです。フランスでは製造過程においてもかなり厳格に禁止事項がありますが、チリではOKなこともある。そのことが、私のワインに対するヴィジョンを広げてくれたのです」

「ぎんの雫 グット・ダルジャン ソーヴィニョン・ブラン 2024」750ml ¥3608/ヴィニャ・マーティ(ソムリエ)

たとえば、白ワインの醸造では発酵時の温度が低ければ低いほどアロマが出やすい、と言われていたが、ワイン醸造に用いられる酵母は12℃前後でその活動を止めてしまう。ところが日本を訪れたマーティは、日本酒の醸造が発酵温度5℃以下で進行されていると知り、「獺祭」の協力の下、日本酒酵母を使ったワインの開発に邁進。紆余曲折を乗り越え、「ぎんの雫 グット・ダルジャン ソーヴィニョン・ブラン」が誕生した。ソーヴィニヨン・ブラン特有の柑橘の風味はそのままに、特徴的なバラの花びら、爽やかな青い草の香りがした後、余韻に日本酒を口に含んだ後の吟醸香が残るのだ。「刺身や魚介の天ぷらに合わせるのが好きですね」とマーティは笑う。

幅広い層に届けること、プレミアムなワインを造ることの意義。

ヴィニャ・マーティが手がけるワインは、スーパーで購入できる価格帯のものから、プレミアムワイン「クロ・デ・ファ」までとても幅広い。

「プレステージのキュヴェだけを職人のように造り続ける……それもワインのひとつのあり方です。ところが現実問題として、プレステージキュヴェを完成させるのには時間がかかり、ワイン造りにおいて“時間がかかる”とはすなわち“お金がかかる”、ということから目を避けることはできない。アプローチャブルなワインをお客様が買ってくださることで、プレミアムなレンジへの挑戦ができると言っても過言ではありません」

そしてマーティにとって手に取りやすい価格帯のワインには、とてもおもしろい発見があるのだという。

「多くの人は毎日の食卓に手頃な価格のワインを楽しみたいと思っていますし、その日常に寄り添えるのは素晴らしいことだと思う。手に取りやすい価格設定の中で、いかにおいしいと思ってもらえるかに挑戦することが大好きなんです。そしたら、ラインナップにおける価格帯の幅がこんなにも広がってしまった(笑)」

「カラク 2020」750ml ¥6,270/ソムリエ

そう語るマーティが、自身の表現力を最大限活かすプレミアムなレンジのワインを味わう。

「『カラク』はいわゆるボルドーブレンド、と呼ばれる黒ブドウ品種をブレンドしたタイプのワインですが、現在のボルドーではほとんど栽培されていないカルメネールを主軸に、そしてボルドーではブレンドされていなかったシラーを加えています」

メルロにも似た味わいを持つカルメネールは、ベリー、果実味、そして冷涼な夜風が育む酸味に支えられた味わいに、カベルネ・ソーヴィニヨンのボディ感、シラーによるスパイス的な魅力が組み合わさる。

「重要なのはバランスです。なので“KALAK”という左右対称の名前を選んだという側面もあります」

単一品種で造られる「セール」シリーズより、「セール カルメネール 2020」750ml ¥8,470/ソムリエ

彼がカルメネールの魅力を最大限に活かすのが、単一品種・単一畑のブドウから造り上げた「セール カルメネール」だ。マーティはカチャポアル・ヴァレーという銘醸地に強いこだわりがある。

「西側は粘土層なこともあり、乾燥するチリにおいてブドウに十分な水分を与えられる。そして気温が高いため、晩熟型のカルメネールは完熟してボリューム感あふれ、芳醇な味わいを得るのです」

口に含むと、しっかりとしたボリューム感があるのに丸みを帯びていて、タンニンはどこまでもなめらか。果実感がどこまでも心地よい。「すき焼きと合わせるのが好きなんです」とマーティは笑顔を見せる。

最高の花が開いた、クロ・デ・ファという魔法。

「いま飲んでもおいしいと思うし、熟成のポテンシャルは15年を超えます」といってマーティが手渡してくれたのが、彼の手がけるトップキュヴェ「クロ・デ・ファ 2020」だった。1999年、アルマヴィーヴァを造っていた当時に個人的なプロジェクトとして植樹を開始。2haの小さな畑を愛を持って世話し、ほぼ手作業で全ての工程を行なっていく。生産本数は年間約3000本、ボルドータイプの最高峰であるムートン・ロートシルト、オーパス・ワン、アルマヴィーヴァに続き4本目となる、パスカル・マーティのプレミアムワインだ。

我慢というのがとても苦手で、それに味わいが気になってしまって、友人のワインラバーとふたり、自宅でクロ・デ・ファを開けることにした。

「クロ・デ・ファ 2020」750ml ¥18,920/ソムリエ

「もしすぐに開けるなら、前日に抜栓して、場合によってはテイスティグの4〜5時間前にデキャンタージュも検討してみて」とマーティ。日曜日の夕方から集合の約束にしたため、前日17時にソムリエナイフで抜栓、テイスティングすると、この時点で華やかな香りが立つものの、まだまだワインは閉じた印象だ。パニエ(ボトルを寝かせる籠)に載せ、広くスペースをとったワインセラーの最下部に静かに置く。

翌日。「合わせるなら絶対神戸ビーフだよ」とマーティは微笑んでいたが、流石に難しかったので鹿児島県産の黒毛和牛、赤身主体のモモ肉の中で少し脂身のあるランプを選び、牛脂と塩だけを使ってフライパンでステーキに。表面はカリッと、中はしっとりとさせる方向性で火を入れ、スライスすると断面からゆっくりと和牛の甘い脂分が流れるのが見える。

抜栓から24時間、小さなテイスティンググラスに注ぐと、グラスに入れた瞬間にぶわりとレザー、乾燥したタバコ、杉の香りが広がり、すでにこのワインが花開いたのがわかる。リーデルのボルドーグラスに注ぎ入れ、まずはひと口、試すように口に含む。ブルーベリー、ブラックベリー、赤スグリ、カシス……大小さまざまなベリーの感覚がフレッシュに口の中を通り抜け、繊細ながらも変化に富んだ味わいが広がる。

タンニンはしっかりしているのに、そればどこまでも細かくて艶やかで、まとわりつくことなく舌を撫でていく。口から鼻に抜ける香りに、杉やレザーがまた香り、どこかにスパイスのニュアンスも。その余韻がとても長く続く。和牛を口に含んでみる。甘やかな脂身が口の中を占め、噛み締めるとそれが増幅する。その余韻を感じながらクロ・デ・ファを流し込むと、脂をタンニンがゆっくりと拭い去り、果実感とともに残る酸味がなかなかに興味深い余韻だ。素直なステーキもいいが、温泉卵に少し煮詰めたバルサミコを加え、それをソースのようにしてすき焼き風にすれば、この果実味にさらに寄り添いそうだ。

とても心地いいワインだが、まだまだとてつもないフレッシュさに満ちあふれている。「あと10年熟成させてもよかったね」と私が言い、「20年、さらにおいしくなるんじゃないかな」と友人が答える。それでもこの熱狂にも似た多幸感を持つワインの新鮮さに、友人とふたり、あっという間に肉を平らげてしまった。

「いつ飲むか」は常に重要だが、いいワインであればあるほど、誰と一緒に飲もうか、と考えたくなってしまう。生産者から聞いたことを語りながら、またご近所の噂話をしながら……。今日も喋りながら、コルクを抜くのだ。

商品問い合わせ先
ソムリエ

https://wsommelier.com/

フィガロJPカルチャー/グルメ担当、フィガロワインクラブ担当編集者。大学時代、元週刊プレイボーイ編集長で現在はエッセイスト&バーマンの島地勝彦氏の「書生」としてカバン持ちを経験、文化とグルメの洗礼を浴びる。ホテルの配膳のバイト→和牛を扱う飲食店に就職した後、いろいろあって編集部バイトから編集者に。2023年、J.S.A.認定ワインエキスパートを取得。