秋を彩る、北イタリアの美味……マッシが振り返る、ピエモンテの料理4選!
日々の生活を彩るワインを自分らしく楽しむフィガロワインクラブ。イタリア人ライター/エッセイストのマッシが、イタリア人とワインや食事の切っても切り離せない関係性について教えてくれる連載「マッシのアモーレ♡イタリアワイン」。今回はピエモンテの秋を彩る、美しい食材について綴ります。
朝夕の風に、ふと冷たさが混じり始める。激しい日差しが和らぎ、空の青が少しずつ深みを増していくこの季節。日本の秋には、どこか人の心を優しく包み込むような懐かしさがある。街を歩けば、どこからか漂ってくる焼き芋の甘い香りや、炊きたての栗ご飯の湯気。そんな日本の秋の温もりに触れるたび、僕の心は決まって、遠く離れた故郷の北イタリア・ピエモンテの小さな町へと旅に出てしまう。
アルプスの山々に抱かれたピエモンテの秋。それは、黄金色に染まるブドウ畑と、台所から漂うおいしい匂い、そして何よりもマンマの優しい笑顔で満たされた、僕にとって一年でいちばん愛おしい季節だ。

食事のはじめに、止まらないグリッシーニ。
イタリアの食卓を思い浮かべるとき、皆さんの頭にはどんな風景が広がるだろうか。賑やかな笑い声、グラスが触れ合う音、そしてテーブルの真ん中に置かれたバスケット。秋の気配が近づいてくると、僕の故郷ではみんな不思議と「グリッシーニ」を食べる手が止まらなくなる。細長くてカリッとした、あの棒状のパンだ。

いつものお昼時、マンマが行きつけのパン屋さんで焼きたてのグリッシーニを買ってくる。帰ってくるなり、キッチンのテーブルに敷かれた真っ白なクロスの上にポンと置くものだから、そこで勉強していた僕にとってはいい迷惑だった。進めないといけない大学の課題があるにもかかわらず、その香ばしさが僕の集中力の邪魔をする。気づけば目がグリッシーニを追っている。とうとう、食事の支度ができるのを待ちきれず、一本とって指先でポキリと折ってみた。マンマが忙しなく昼食の支度をするキッチンに、小気味よい音が響く。
幸せな小麦の香りと、ほんのり香るオリーブオイルの風味。カリカリとした軽快な歯ごたえを楽しみながら、もう一本、また一本。
「マッシ、そんなに食べたらパスタが入らなくなるわよ!」
鍋をかき混ぜながら、マンマが楽しそうに僕を叱る。でも、その手元を見ると、マンマ自身もワイングラスを片手にポキリとグリッシーニを折って口に運んでいたりするのだ。ふたりで顔を見合わせて、思わず吹き出してしまう。あの乾いた心地よい音は、僕たちの家に秋が訪れたことを告げる、優しい合図だった。
身体を温めてくれる、北イタリアのパスタ2選。
少し肌寒くなってくると、台所に立ちのぼる湯気が一段と濃くなっていく。秋が深まると、我が家の食卓に登場する回数がぐっと増えるのが、ピエモンテ自慢のふたつの手打ちパスタだ。
ひとつは、「アニョロッティ」。ローストしたお肉や野菜を細かく刻んで作った餡を、薄く伸ばした極上の卵麺生地で包み込んだ詰め物パスタだ。僕は昔から、アニョロッティを作るマンマの手元をじっと見つめるのが好きだった。粉で白くなったエプロン姿のマンマは、まるで魔法使いのように、あっという間に小さな四角いパスタを次々と生み出していく。

茹で上がったアニョロッティを口に放り込むと、薄い生地がほどけ、中からじゅわっとジューシーな肉の旨味があふれ出す。お肉の煮汁で作ったソースや、バターとセージの香りが絡み合い、噛みしめるほどに身体の芯から温まっていくのがわかる。

アニョロッティといえば、バルベーラだ。伸びやかな酸味とジューシーな果実味が、じゅわっとあふれる肉の旨味やソースのコクをすっきりと受け止め、次のひと口を誘う。家庭の温かな食卓に最も馴染むワインといえる。
そしてもうひとつが、ピエモンテの宝石とも呼ばれる「タヤリン」。卵黄だけを贅沢にたっぷりと使って打つ、透き通るような細い平打ち麺だ。大きなお鍋の熱湯に入れた瞬間、パッと花が開くように鮮やかな黄色が広がる。お湯の中で踊る細い麺を見つめながら、マンマは真剣な眼差しで言う。
「タヤリンは生き物なのよ。目を離したら、いちばんおいしい一瞬が逃げてしまう」

茹で時間はほんのわずか。サッとお皿に盛られ、シンプルに上質なバターとチーズを絡めるだけで、至福のご馳走になる。つるりとした滑らかな喉ごしと、噛むほどに広がる濃厚な卵のコク。秋の冷たい風に吹かれて帰ってきた日、この湯気立つパスタが目の前に置かれた時のえも言われぬ幸福感は、言葉では言い尽くせない。
寒がりな僕を心配して、少しでも栄養をつけて温まってほしいと願う、マンマの祈りのような愛情がそのひと皿にはいつも詰まっていた。
秋だけの味覚、栗のケーキに胸躍らせて。
食事が終わると、秋だけのお楽しみが待っている。それが、ピエモンテの秋の味覚である栗をふんだんに使った「カスタニャッチョ」というケーキだ。
モッタ・ディ・コスティリオレにある老舗菓子店『Pasticceria Careglio』から届く、素朴なクラフト紙の箱。そこに書かれた「Torta di castagne」の文字を見ただけで、胸がトクンと高鳴る。

フォークで切り分け、そっと口に運んでみる。ねっとりとした舌触りとともに、栗そのものの野性味あふれる素朴な甘みと、大地の香りが口いっぱいに広がる。余計な砂糖の甘さはなく、栗の持つ自然な甘みとほのかなほろ苦さだけがじんわりと残る。
「もうひと口だけ……」そう言いながら、気がつけば何切れも食べてしまう。お皿の上が空っぽになる頃には、お腹も心も、これ以上ないほどの満ち足りた温かさで満たされていた。

「栗はね、山からの贈りもの。このケーキを食べると、どんなに寒い冬が来ても大丈夫だって思えるのよ」
淹れたてのエスプレッソをカップに注ぎながら、マンマはそう言って優しく微笑んだ。窓の外は薄暗く、冷たい秋の雨が降っていても、僕たちの台所だけは、栗の香りと甘い湯気に包まれて、いつでもポカポカと暖かかった。
日本で暮らし始めて20年の月日が流れた。美しい金沢の街で、季節折々のおいしい食材に出会い、日本の食文化の繊細な素晴らしさに日々心を動かされている。それでも、秋の風が頬をかすめるたび、僕はあのピエモンテの台所の匂いを思い出す。
誰かと一緒に囲む食卓の温もり。自分のために丁寧に料理を作ってくれる人がいることの尊さ。料理とは、空腹を満たすためだけのものではなく、人を愛し、人に愛された時間の記憶そのものなのだと思う。
もしこの秋、あなたが大切な人とおいしいものを食べる機会があったら、ぜひそのひと口を、ゆっくりと味わってみてほしい。そこにある温もりは、きっと何年経っても、どれだけ遠く離れても、あなたの心を灯し続けてくれるはずだ。