【2026年 KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭】「世界の淵(EDGE)」を写真家とともに歩む、見どころを徹底解説。
春爛漫の古都を舞台に毎年開催されるKYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭。14回目を迎える今年は、いく通りもの意味を持つ言葉「EDGE(エッジ)」をテーマに、世界8ヶ国から多彩なアーティストを招聘して開催中だ。本写真祭(以下KG)から選りすぐりの見どころを紹介したい。
アーネスト・コール『House of Bondage|囚われの地』
supported by Cheerio In collaboration with Magnum Photos
(京都市京セラ美術館 本館 南回廊 2階)
今回KGでは特集企画として、南アフリカ出身のアーティストら4組に焦点を当てている。かならず押さえておきたい展示が、アパルトヘイトの実情を最初期に世界に発信した黒人フォトジャーナリスト、アーネスト・コールの『House of Bondage|囚われの地』(会場:京都市京セラ美術館 本館 南回廊 2階)だ。
©︎ Kenryou Gu-KYOTOGRAPHIE 2026
「White」「Non White」のふたつに分断された入口を選ぶ時、過酷な差別を受けた南アの黒人と支配層の白人の隔たりをいきなり擬似体験させられる。15のチャプターに分けられた展示室では、生活のルールから理不尽な拘束に至る、あらゆる抑圧と虐待の事実を克明に記録した写真の力に、まさに人間の生存権の「EDGE」を見る思いだった。
レボハン・ハンイェ『記憶のリハーサル』
presented by DIOR(東本願寺 大玄関)
同じく南ア出身のレボハン・ハンイェ『記憶のリハーサル』(東本願寺 大玄関)では、合成写真やジオラマ、パッチワークなどさまざまなアプローチで、彼女自身の家族やポストコロニアルの時代を生き抜いた人々の歴史を詩的なアンソロジーに謳いあげる。
©︎ Kenryou Gu-KYOTOGRAPHIE 2026
なかでも空想上の女灯台守の物語を綴るジオラマをライトボックスで浮かび上がらせたシリーズは愛らしく、魅了される。いずれの作品も素材や光が丁寧に吟味されていて、口伝えの記憶の解像度をイメージとして表現する見事な創意に舌を巻いた。
リンダー・スターリング『LINDER: GODDESS OF THE MIND』
presented by CHANEL Nexus Hall(京都文化博物館 別館)
英国リバプール出身で、半世紀にわたり「EDGE」な反骨精神を牽引してきたリンダー・スターリングの『LINDER: GODDESS OF THE MIND』(京都文化博物館 別館)は強く鼓舞される展示だ。
©︎ Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2026
ベッドルームでポルノ雑誌を切り抜き、大胆に貼り込んだフォトモンタージュは、1970年代後半のパンク〜ポストパンク世代のD.I.Y.スピリットを象徴している。ムーヴメントが儚く過ぎ去った後も常に飽くことなく、資本主義社会における抑圧やフェミニズムの姿勢を明らかにしてきたリンダーの存在は現代もなおパワフルで陽気な”女神”であり続ける。
アントン・コービン『Presence』
supported by agnès b. with subsidy of the Embassy of the Kingdom of the Netherlands(嶋臺ギャラリー)
リンダーと同世代のオランダ出身の写真家・映画作家、アントン・コービン『Presence』(嶋臺ギャラリー)もまたロンドンにわたり、音楽界を起点に時代の精神を築いてきた人だ。
©︎ Kenryou Gu-KYOTOGRAPHIE 2026
シャイで質実な性格の彼は、現場に自然の光を見つけ、口数少なく、シンプルかつ誠実な姿勢でアーティストに向き合ってきた。U2、ストーンズ、マイルス、ボウイなど綺羅星の連なりの中には、リヒターやヴェンダースなど現代美術作家や映画監督たちのポートレートも混じる。一方、プロテスタントの牧師の家に生まれたコービンが、パリや南ヨーロッパのカトリックの墓地で出会った盛り盛りのドラマチックな墓石のシリーズは、現世の欲望と虚飾を示す批評性に満ちた視点が新鮮だ。
タンディウェ・ムリウ『Camo』
presented by LONGCHAMP(誉田屋源兵衛 竹院の間 )
KGのアフリカン・アーティスト・イン・レジデンスとして招聘され、2会場で作品を展示するケニア出身のタンディウェ・ムリウ。『Camo』(誉田屋源兵衛 竹院の間)では、色鮮やかなアフリカンバティック(ワックス染)の布を背景に、同様のテキスタイルで装う女性がカモフラージュ効果でそこに溶け込むようなポートレートを発表している。
©︎ Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2026
目元を覆うアイウェアは、ケニアと日本で女性が日常的に使う既製品(料理用の刷毛やタワシ、ヘアピンなど)で作られ、さらにそれぞれにアフリカに伝わる諺が添えられる。ユーモラスで快活だが、商業広告が常套的に埋没させてきた「個」としての女性のアイデンティティを問い直す仕掛けがあり痛快な作品だ。
ジュリエット・アニェル『光の薫り』
presented by Van Cleef & Arpels(有斐斎 弘道館)
フランス出身のジュリエット・アニュエルによる『光の薫り』(有斐斎 弘道館)は自然との対話に満ちた展示だ。会場の弘道館は江戸時代の学問所趾に建つ文化施設で、かつての私塾の精神を継承し、現代の「知」と「美」を再生するサロンとして運営されている。
©︎ Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2026
障子紙に庭園の緑が映り込む様も美しい空間には、アフリカ・ベナンの庭園でサハラ砂漠特有の植物を幻想的に撮影した「ダホメの精霊」、哲学者ロジェ・カイヨワの思想に共鳴して鉱物の表情を捉えた「石の感受性」のふたつのシリーズを展示。植物や鉱物に潜む霊性と深遠な歴史を、滴るようにヴィヴィッドな色彩で表現した作品世界をゆっくりと堪能してほしい。さらに今回来日してすぐに屋久島に飛んだ彼女が、苔に覆われた深い森をスーパー8mmフィルムで撮影したモノクロームの映像作品『悠久』も上映されている。
柴田早理『Dotok Days』
presented by Ruinart Ruinart Japan Award 2025 Winner(ASPHODEL)
昨年、KYOTOGRAPHIE2025でルイナール・ジャパン・アワードを受賞した柴田早理が、シャンパーニュメゾン、ルイナールの本拠地ランスで滞在制作した成果を発表する『Dotok Days』(ASPHODEL)。
©︎ Kenryou Gu-KYOTOGRAPHIE 2026
彼女もまた自然を身体に透過させるような作品を発表している。広大なブドウ畑や豊かな森で過ごした彼女は、故郷・富山の風土とランスのテロワールを「生命の循環」という共通点で結び合わせた幻想譚を展開する。作物を育てるおばあちゃんたちや収穫祭の踊り手、畑を駆け抜ける少女たちまで、演じるのはすべて作家自身。さらに光あふれる上階に昇ると、和紙の折形で表現した精霊たちが跋扈し、やがて死の小舟に揺られ輪廻するまでの自然のサイクルを語りかける。
森山大道『A Retrospective』
presented by Sigma Exhibition organised by KYOTOGRAPHIE and Instituto Moreira Salles In collaboration with Daido Moriyama Photo Foundation(京都市京セラ美術館 本館 南回廊 2階)
60年以上のキャリアを通じ、一貫してストリートフォトを追求してきた森山大道の大規模な回顧展(京都市京セラ美術館 本館 南回廊 2階)は必見だ。
森山大道『A Retrospective』京都市京セラ美術館 本館 南回廊 2階 presented by Sigma Exhibition organised by KYOTOGRAPHIE and Instituto Moreira Salles In collaboration with Daido Moriyama Photo Foundation ©︎ Kenryou Gu-KYOTOGRAPHIE 2026
ブラジルのモレイラ・サレス研究所のチアゴ・ノゲイラがキュレーションした本展は、世界各地を巡回し、ロンドンでの展示はガーディアン紙の「年間最優秀写真展」に選出された。1960年代から現代まで200点を超える写真が四方から覆い被さるように壁面を埋め尽くし、中央のロングテーブルでは100冊以上の写真集や出版物を展示(一部は閲覧可)。誰にでも開かれ、時代を呑みこむ写真表現の崖っぷち(EDGE)をカメラを手に渡り歩いてきた森山の気骨を示す展示構成は圧巻だ。
ミラ・レイ・サラバイ『窓 Window』 KG+SELECT
supported by Sigma(くろちく万蔵ビル)
毎年KGのサテライト展示として開催されるKG+SELECTは、400件以上の公募企画から厳選された質の高さで、楽しみにしている人も多い。今年観た中でいちばん気になったのが、インドと日本にルーツを持つ若いアーティスト、ミラ・レイ・サラバイがかつて植民地時代に栄華を誇った故郷アーメダバードの過去と現在を捉えた『塩漬けの土地』だ。
©︎ Yuki Nakazawa-KYOTOGRAPHIE 2026
白いシルクのサリーに消え入りそうな儚さで印刷され、透過する光によって姿を現わすのは、朽ち果てた折衷様式の建物、そこに侵食する植物の芽吹き。シュレアリスム的なコラージュをもとにしたエッチングも何かものいいたげで、後ろ髪を引かれる。今後に期待したい作家だ。
ファトマ・ハッスーナ『The eye of Gaza』
(八竹庵(旧川崎家住宅))
最後に激しく感情を揺さぶられたこの展示を紹介したい。 パレスチナのフォトジャーナリストで活動家であったファトマ・ハッスーナは、2025年4月16日、25歳の若さで、ピンポイントで彼女を狙った爆撃により家族とともに命を奪われた。
ファトマ・ハッスーナ『The eye of Gaza』八竹庵(旧川崎家住宅) ©︎ Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2026
彼女が遺した写真のスライドショーと、本展キュレーターでありファトマの映画を監督したセピデ・ファルシとの会話の動画をスマートフォンで展示する『The eye of Gaza』(八竹庵[旧川崎家住宅])は、私たちの「目」を生前の彼女の「目」に重ねるために設えられている。大画面のスライドショーは、無邪気な子どもたちの様子と共に、凄惨な虐殺の現場を突きつける。暗闇の中で再生される動画は前触れなき空爆により中断され暗転した。
パレスチナで、イランで、ウクライナで、いまこの瞬間も起き続けている理不尽な暴力と死。遠く安全地帯にいる私たちはただ祈りを捧げるほかない。だがKGがいつも気づかせてくれるように、写真表現という荒野の涯(EDGE)にまで自ら出向き、それを「見ること」「伝えること」は間違いなく必要であり有効である。
KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2026
会期:2026年4月18日〜5月17日
会場:京都市内各所 ※インフォメーション町家:八竹庵(旧川崎家住宅)
開館時間:会場ごとに異なる
https://www.kyotographie.jp/
- text: Chie Sumiyoshi