6歳の少女の通話記録から浮かび上がる過酷な現実——映画『ヒンド・ラジャブの声』を呉美保監督がレビュー。
ガザ地区で実際に起きた事件がもととなった映画『ヒンド・ラジャブの声』が9月4日より公開。救助を求め続ける6歳の少女の通話記録から浮かび上がる過酷な現実を、映画監督の呉美保がレビューする。
この世界で必死に生きた、少女の肉声を記憶に刻む。

©MIME FILMS — TANIT FILMS
『ヒンド・ラジャブの声』
文:呉 美保 映画監督
次男が6歳の誕生日を迎えた日に、図らずも同じ6歳の少女の身に起きた映画『ヒンド・ラジャブの声』を観ました。肉声だけで登場する少女ヒンド・ラジャブに、我が子の姿を重ね合わせながらも、その延長線上にある感情では到底たどり着けない現実があるのだろう、と覚悟しながら。
この映画は、ガザ地区で実際に起きた事件に衝撃を受けたカウテール・ベン・ハニア監督が、当事者たちの実際の通話記録を用いて作り上げたとのこと。そこにあるのは、脚色されたドラマではありません。日本で平穏に暮らす私などには想像に余りある、すぐ目の前に「死」があるという重い事実。電話口から聞こえてくるのは、銃撃の中で必死に助けを求め、「早く迎えにきて」と訴え続ける少女の声。その一言一言があまりにも生々しく、もしもこの声が我が子だったら、と考えずにはいられず、そんな想像を拒むことさえ許されないまま、涙と鼻水を垂れ流し、どうかこの子の命が助かりますようにと祈り続けました。
映画は、ときに現実を忘れるための娯楽であり、ときに現実を見つめ直すための学びです。ただ、この映画はそのどちらでもありません。社会の不条理に真正面から向き合った、記録であり、証言であり、使命です。そして、これこそが映画が果たせる重要な役割だと気づかせてくれます。
奪われた命を数字ではなく、ひとりの人間として記憶に刻み続けること。世界の片隅で必死に生きていたひとりの少女の存在を、どうか忘れないでくださいねと、この映画は切実に、観客一人ひとりの心に宿してくれる。たった6歳で命を絶たれてしまったヒンド・ラジャブの声を、私は一生忘れませんし、あの声を忘れないことは、今を生きる人間としての、責任だと思います。
『ヒンド・ラジャブの声』
●監督・脚本/カウテール・ベン・ハニア
●出演/サジャ・キラニ、モタズ・マルヒース、アメル・フレヘル、クララ・フーリほか
●2025年、チュニジア・フランス映画 ●89分
●配給/スターキャットアルバトロス・フィルム
●9月4日より、新宿武蔵野館ほか全国にて順次公開
https://hindrajabjp.com/
呉 美保/Mipo O
2006年『酒井家のしあわせ』で監督デビュー。14年『そこのみにて光輝く』が国内外で賞賛。子育てを経た新作は『ぼくが生きてる、ふたつの世界』(24年)、『ふつうの子ども』(25年)
@omipo314
- edit: フィガロジャポン編集部