サーカスを描いたピカソやロートレックたちの作品がモンマルトル美術館に集合。

Paris

パティスリーやチョコレートを売る店が軒を連ね、スイーツ・ストリートと呼びたいパリ9区のマルティール通り。これを北上してゆくと、ロシュシュアール大通りにぶつかる。その角の建物の右の壁に描かれたサーカスの絵が目に入るだろう。これは、かつてこの場所にあった建物がサーカスのMedrano(メドラノ)だったことにちなんでのこと。メドラノ・サーカスというのは1897年からの名前で、その前はフェルナンド・サーカスという名前だった。パリ市内にサーカス小屋があったの?と、意外な気がするのでは?

パリ9区マルティール通りに見られるメドラノ・サーカスの名残り。photography: Mariko Omura

この壁絵からさらに通りを徒歩で北上、あるいはバスの40番で、モンマルトル美術館に向かってみよう。来年2月14日まで『Le Cirque / Fabrique de l’art moderne(サーカス/モダンアートの工房)』展が開催されている。パブロ・ピカソ他モンマルトルに暮らした画家たちの伝記などで、彼らがサーカスをよく見にいっていたことが気になったことはないだろうか? サーカスというと団員たちが移動先にテントを立てて芸を見せ、テントを畳んで次の土地に向かう……というイメージが強いけれど、1875年、その後メドラノと名前を変えるフェルナンド・サーカスの建物がマルティール通りとロシュシュアール大通りのコーナーに作られたのだ。ちなみにこの建物はメドラノ・サーカスからモンマルトル・サーカスと名前を変えた2年後の1973年に解体されてしまう。現在は上が住居、地上階がスーパーマーケットとなっている。

左:地下鉄駅の展覧会のポスター。このアンリ・ドゥ・トゥールーズ=ロートレックの『綱渡りの踊り子』(1905年)は、会場でも展示されている。 右:展覧会場のメドラノ・サーカスの模型。photography: Mariko Omura

この展覧会では、約100年のパリのサーカスとそれを題材にしたモンマルトルのアーティストたちとの関係が4つのテーマで時代順に構成されている。パブロ・ピカソ、トゥールーズ=ロートレック、マルク・シャガールなどの個々の展覧会で展示されることのあったサーカスをテーマにした作品が、この展覧会場に集合。サーカスがいかにアーティストたちの芸術的視点を刺激したか、サーカスがどれほどモダンアートの工房的存在だったかを明らかにする展覧会だ。

展覧会場。イントロダクション的なグレーの部屋からカーテンの奥にサーカス小屋のイメージの空間へと。展覧会の入り口から、奥の壁を飾るジョゼフ・ファヴロ作『クラウンとロバのボトム』(1908年)が目に飛び込んでくる。photography: Mariko Omura

「フェルナンドでのある宵」

1873年にモンマルトルにサーカスのテントを立てたのは、ベルギー人曲馬師のフェルナンド・ベールトだ。彼は2年後にマルティール通りとロシュシュアール大通りの角に、石の建物を建てて恒常的なサーカス小屋を設けた。馬の曲芸、アクロバット、ピエロなどが会場に集まった人々を喜ばせ、時には出し物に来場者も参加して……すぐさま大勢が集まる場所となったのだ。フェルナンド・サーカスは人気者を描いたリトグラフィーのポスターでも注目された。例えば空中ブランコ乗りのミス・ララだ。サーカスのスターだった彼女。エドガー・ドゥガが描いた『フェルナンド・サーカスのララ嬢』(1879年)という作品も生まれている。

メドラノ・サーカスの前身、フェルナンド・サーカスの時代から展示が始まる。photography: Mariko Omura

1897年、ブーン・ブーンというあだ名で愛されていたピエロのジェロニモ・メドラノがサーカスの代表者となり、名称がフェルナンドからメドラノ・サーカスに。出し物や観客が生むエネルギーに惹かれ、モンマルトルのアーチストたちがここに集まり始める。1930年頃までの間、サーカスはアーティストたちの実験の素晴らしい場所となるのだ。

そうして生まれたのがジョルジュ・スーラの『Le Cirque(サーカス)』(1890年)。作品そのものはオルセー美術館にあり、この展覧会場ではそのため準備のデッサン2点を展示している。トゥールーズ=ロートレックもサーカス、そしてミュージックホールに魅せられていたた画家だ。会場の壁一面にそれを物語る20点の作品が展示されている。またムーラン・ルージュやヌーヴォー・サーカスの女ピエロとして名高いシャ・ウ・カオを彼が楽屋で描いた作品は、彼女を描く彼を描いたアドリアン・ヴォワザール=マルジュリィの作品と並置しての展示が面白い。

オルセー美術館が所蔵するジョルジュ・スーラの『サーカス』(1890年)は写真と部分で。photography: Mariko Omura
左:『女ピエロ、シャ・ウ・カオ』はトゥルーズ=ロートレックの1895年の作品。彼女の不思議な芸名はフレンチ・カンカンの踊りの技術用語から。 右:彼女を描くトゥールーズ=ロートレックを描いたアドリアン・ヴォワザール=マルジュリィの作品。photography: Mariko Omura
壁一面にトゥールーズ=ロートレックの20作品。サーカスの芸人や動物がモチーフだ。展覧会のポスターに使われているリトグラフが中央に見える。photography: Mariko Omura

「アトリエ・サーカス」

20世紀に入る頃、サーカスは単なる余興の場から芸術面での実験の場へと変わってゆく。このころのサーカスを描いた絵画からは、身体そのものを道具として視覚的効果を生み出す演出の出し物を行なっていたことが確認できる。これはサーカスが芸術家たちの目を引きつける強い要素だろう。パプロ・ピカソがモンマルトルの洗濯船に暮らし始めたのが1904年と、ちょうどその頃だ。彼は頻繁にメドラノ・サーカスへと足を運び、バラ色の時代を象徴する大道芸人、曲芸師、道化師たちを描いた作品が生まれることになる。その後もキャリアを通じて、サーカスは彼を魅了し続ける題材だったという。

フェルナン・レジェが1918年に描いた『メドラノ・サーカス』。幸運にもポンピドゥー・センターが現在工事中のため、この展覧会でこの作品を鑑賞できるチャンスが! 第一次大戦直後、平和を取り戻したことを祝ってレジェが描いた明るい色彩の幾何学的構成の作品だ。これに限らず、キュビズムの他の画家たちもサーカスをテーマにした作品を残している。

ピカソによる三作。中央は友人のマックス・ジャコブをモデルにしたブロンズの彫像『狂人』(1905年)。左は青からピンクの時代への時期のエッチング『貧しき食事』(1904年)。photography: Mariko Omura
パブロ・ピカソのこの時代の版画4点も展示。左は『胸像』(1905年)、中上『アクロバット』(1905年)、中下『休憩中の軽業師』(1905年)、右『貧困者たち』(1913年)。photography: Mariko Omura
フェルナン・レジェ『メドラノ・サーカス(1918年)』。photography: Mariko Omura
左:オーソン・フリーズ『曲芸師たち』(1908年)。右:マリー・ローランサンの幻想的な『女綱渡り師』(1926年)。photography: Mariko Omura

「道化師、モダニティの象徴」

展覧会ではピエロについてもスペースを割いている。ピエロは英国のエリザベス王朝時代の演劇俳優だったが、1768年にサーカスに不器用な騎手として登場。そして徐々に定着してピエロのスタイルのコードが出来上がっていったのだ。1874年ごろからは、対照的なピエロのコンビがサーカスを賑わすようになる。白いピエロはエレガントで支配的なのに対し、黒いピエロはブキッチョで気まぐれで笑いを取るという組み合わせだ。そんな中でも有名だったのはフラテリーニ3兄弟である。

ピエロたちのステージ映えする華やかでカラフルな衣装。右から2つ目の猫のフェリックス君がアプリケ(貼り付け)された衣装はフラテリ兄弟の一人、ジャン・ピエールのためのもの。1930〜31年。photography: Mariko Omura
会場にはフラテリーニ三兄弟の写真、そして彼らをモデルにしたデッサンなどを展示。photography: Mariko Omura
ピエロたちの楽屋も写真と絵画から知ることができる。photography: Mariko Omura

「サーカス、空想の触媒」

2つの戦争の間、サーカスが再び黄金時代を迎えることになったのは、人々が現実逃避を求めてのこと。1928年にメドラノ・サーカスを父からジェロームが受け継ぎ、その活気に満ちた雰囲気がジョルジュ・ルオーやマルセル・グロメールといった若い世代の芸術家たちの想像力を掻き立てたのだ。1972年、メドラノ・サーカスの建物が取り壊され……。この展覧会では、19世紀末からそれまでのパリのサーカスの歴史、そのアートに触発されて作品を制作したアーティストたちの物語にたっぷりと浸れる。なお会場では、18世紀中頃から250年の間にパリに存在したサーカスの地図を展示。25箇所あり、その中で現存している建物は11区のCirque d’Hiverだ。機会があったら、アムロ通り110番地の建物を見に行ってみよう。

ピカソの4点と、サーカスに魅せられていたアレクサンダー・カルダーによるブロンズ像『軽業師たち』(1944〜1966年)photography: Mariko Omura
サーカスの始まりは馬の芸から。左はマルク・シャガールの『緑色の馬とカップル』(1961年)photography: Mariko Omura
左:ジョルジュ・ルオー『クラウンと踊り子』(1929年)。 右:アンリ・マティスの切り絵『ジャズ』より。photography: Mariko Omura

『Le Cirque, Fabrique de l’art moderne』展
開催中~2027年2月14日
Musée Montmartre
12, rue Cortot
75018 Paris
開)10:00〜18:00(10月~2月)
料)16ユーロ
https://www.museedemontmartre.fr/en
@museedemontmartre
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大村 真理子

madameFIGARO.jpコントリビューティング・エディター

東京の出版社で女性誌の編集に携わった後、1990年に渡仏。2006年から「フィガロジャポン」パリ支局長を務めた後、フリーエディター活動を再開。主な著書は『とっておきパリ左岸ガイド』(玉村豊男氏と共著/中央公論社刊)、『パリ・オペラ座バレエ物語』(CCCメディアハウス刊)。