『すべての見えない光』

アンソニー・ドーア著 藤井光訳 新潮社 ¥2,916
気鋭の小説家、アンソニー・ドーアが放つ作品は皆、その圧倒的な筆力でリアリズムと神話、おとぎ話、自然の法則と科学の知識を巧みに操り、言葉にならないくらい壮大な最果ての境地へと誘う。親が子どもに本を読み聞かせる慈愛のような優しさに満ちた一連の物語は、夢の中のような、行ったことがない神秘的な場所、荘厳な自然、子どものころ、図鑑に載っていた生物を実際に手にした時の興奮、「センス・オブ・ワンダー(神秘さや不思議さに目をみはる感性)」を思い出させる。
その集大成ともいうべきこの長編小説『すべての見えない光』の舞台は、第2次大戦時、ドイツ占領下のフランス北西部、港町サン・マロ。目の見えない少女を主人公に配して触感的な歴史小説に仕立てている。ピュリツァー賞受賞作である本作は、人類の業=戦争の残虐性を「盲目」であるがゆえ、砲弾や爆撃の音、ラジオ無線の声、煙の匂いなどが感覚的に描写され、戦場の臨場感が増す。
パリの国立自然史博物館に勤める父の下で育ったその少女マリー=ロール・ルブランは、視覚を失った暗闇の中で戦争の緊迫した気配を感じ取り、怯えながらも警察に収監された父の帰りを待っている。彼女の指先が、父が作ったサン・マロの町の模型に触れる時、いまいる世界を少しずつ理解していく。少女の目に光は見えないが、日の光の、人のぬくもりの、温かさとして、それは確かにそこにある。戦後の荒れ地に取り残された諦観の先にあるわずかな希望。新しい未来は潮風に乗って訪れる。
そういえば、故立川談志は古典落語を、現代的価値観と感性で表現し直そうとする野心があって、江戸の風や匂い、風俗を現代の演芸場に蘇らせ観衆を沸かした。生前彼はその芸を「イリュージョン」だと言っていたが、ドーアが歴史を物語る時もまた、まさに目前で魔術的なイリュージョンを見たかのような読書体験がある。
1975年、神奈川県生まれ。多摩美術大学在学中に『でかいメガネ』を監督し、2009年『美代子阿佐ヶ谷気分』で劇場デビュー。今年2月アンソニー・ドーア原作の『シェル・コレクター』を映画化した。
この記事の元URL: https://madamefigaro.jp/culture/161123-livre.html