映画『エミリア・ペレス』が問う、「女性として生きる」こととは?
Culture 2025.03.22
「本当の自分になりたい」という、メキシコの麻薬王の切なる願い。彼女との出会いにより、女性たちは自身の幸せのために運命を切り拓いていく。前代未聞のミュージカルを作り上げた俳優と監督にインタビュー。
photography: ©2024 PAGE 114 - WHY NOT PRODUCTIONS - PATHÉ FILMS - FRANCE 2 CINÉMA, ©Shanna Besson
過去と現在、罪と救済、愛と憎しみ......。
第77回カンヌ国際映画祭でサンローランによる映画制作会社「サンローラン プロダクション」の制作した映画が話題を呼んだ。
ジャック・オディアール監督は審査員賞を受賞し、4人の俳優陣が女優賞をアンサンブル受賞した。トランスジェンダー俳優のカルラ・ソフィア・ガスコンは、女性になりたいという長年の願望を叶えるメキシコの麻薬カルテルのボスというタイトルロールを見事に演じ切り、一躍注目を浴びた。このほか、チャーミングなアドリアーナ・パスが脇を固め、ヨーロッパの作家映画に出演するとは誰も予想していなかったふたりのスター俳優、ゾーイ・サルダナとセレーナ・ゴメスが登壇した。
オディアール監督はセレーナ・ゴメスを麻薬密売人の妻役に抜擢したが、彼はこの女優をハーモニー・コリン監督の『スプリング・ブレイカーズ』(2012年)とウディ・アレン監督の『レイニーデイ・イン・ニューヨーク』(19年)でしか観たことがなく、ディズニー・チャンネルの子役から成長した彼女がどれほどのビッグスターであるかさえ知らなかった。実のところ、ゴメスはインスタグラムで女性としてはトップの4億2600万フォロワーを持ち、所有するコスメブランド、レア・ビューティは、22年に5億ドル以上の収益を上げている。
監督は「そうしたことはまったく知らなかったけれど、会ってすぐこの人だ、と思った。セレーナは陶器人形のような外見と激しい気性を備えている」と語る。新世代のアイコンをこれほど内容の濃い映画に起用しようと考えた映画作家はこれまでいなかった。
映画のキーパーソンとなる弁護士役を見つけるためにも、監督は何十人ものハリウッド俳優とオーディションを繰り返した。その結果、意外というべきか......ゾーイ・サルダナを選んだ。「アバター」シリーズや「アベンジャーズ」シリーズのような超大作に出演しているという意味では、確かに彼女はドル箱スターかもしれない。しかし、これらの作品では青や緑の肌をしたクリーチャーを演じており、ある意味正体不明。実際、インディペンデント系映画の監督は、これらの理由で俳優の起用を避ける傾向があることも否めない。
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ダンスの経験もあるふたりが、本作にかけた思いとは。
「でもゾーイを見て、役にピッタリだと感じた。肌の色、経験豊かなことを示す年齢、毅然とした態度。ダンサーとしての経験もあり、役柄にピッタリだった。超大作の常連であるかどうかは気にしない。セレーナが社会現象かどうかだってそうだ。自分の目に映るふたりは素晴らしい俳優だ」
そしてふたりの俳優も、今回は当たり役だと感じたと話してくれた。
― 『エミリア・ペレス』出演前からジャック・オディアールの作品を知っていましたか。
ゾーイ・サルダナ(以下ZS) もちろんです。とりわけ『リード・マイ・リップス』(01年)、『真夜中のピアニスト』(05年)、そして女性の内面を現代的な視点から描いた『パリ13区』(21年)が好きです。教訓めいているわけでもなく、深いドラマ性を持ち、描かれることが少ない領域や見過ごされてきた人々に関心を寄せている点が好きですね。スリランカの人々を描いた『ディーパンの闘い』(15年)や、メキシコでスペイン語を使ってトランスジェンダーのヒロインを描いた本作もそのうちのひとつです。
セレーナ・ゴメス(以下SG) 母も私も、マリオン・コティヤールの大ファンなんです。彼女が主演する『君と歩く世界』(12年)でジャック・オディアールの映画を知りました。それが衝撃で、すぐさまほかの作品も観ました。毎回印象的なのは、新たなことに挑戦する監督の姿勢と勇気。撮影現場でのやりとりも含めて、これまで会ったことのないタイプの監督でした。撮影中、こちらが気持ちよく働けるように気を配り、俳優を対等に扱い、偏見がありません。
― おふたりにとって、フランス映画はどのような位置付けでしょうか。
SG 10代の頃はフランス映画をほとんど観たことがありませんでしたが、徐々にキャッチアップしています。そして、「観てよかったな」と思う作品がほとんど。最近の発見は、ジュリア・デュクルノー監督の『RAW 少女のめざめ』(16年)です。
ZS 私はフランス映画をたくさん観て育ちました。フランス映画で印象的なのは、出演俳優の多さですね。頭に思い浮かべるのは、たとえば、私が大好きなルイ・ガレルの映画でしょうか。特に『イノセント』(22年)がお気に入りです。幸運なことに、彫刻家をしている夫とともに、ヴァンサン・カッセルに会ってインタビューしたこともあります。彼のキャリアを話してもらい、フランス映画界の仕組みへの理解が深まりました。
ゾーイ・サルダナ 1978年、ニュージャージー州生まれ。父はドミニカ、母はプエルトリコ出身。10歳でドミニカに移住し、バレエをはじめダンスを学ぶ。17歳でニューヨークに移り舞台俳優として活動。2000年、バレエの才能を買われ『センターステージ』で映画デビュー。『ターミナル』(04年)、「アバター」(09年~)、「ガーディアンズ・オブ・ザ・ギャラクシー」(14年~)シリーズなど、話題作に出演。本作で第97回アカデミー賞にて助演女優賞を受賞。
photography: ©2024 PAGE 114 - WHY NOT PRODUCTIONS - PATHÉ FILMS - FRANCE 2 CINÉMA, ©Shanna Besson
― ゾーイにはバレエダンサーの、セレーナには自分のミュージックビデオや舞台で踊った経験がありますね。この映画の振り付けは大変でしたか?
ZS プロになるレベルではないことを悟ったから、ダンスの道は早々に諦めました。本作の振り付けのダミアン・ジャレは、独特の思索的な世界を持っています。私が若い頃にやっていた踊りはもっとテクニック重視でした。ダミアンはスタッカートとかフリージャズのように、脱構築的なアプローチが好きなんです。無意識に身体が動くまでたくさん練習しました。動きを身体に刻み込み、表現に集中したかったのです。
SG 歌手活動の一部としていろいろ踊ってきましたが、映画の踊りはまったく異なります。今回のミュージカルはどこかエキセントリックで混沌とした感じさえしました。それは、これらのシーンが登場人物の複雑な精神状態の延長であるからです。
ZS ただ、私たちはまったくの素人ではなかったので、ダミアンはほっとしていましたね。辛抱強く取り組みました。体形維持のために普段からピラティスをしているものの、背中と首は辛かったです。
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映画の中の「女性像」と「姉妹愛」について。
― ふたりが演じる役は闘志にあふれ、打たれても立ち上がる強い女性ですが、監督は理想の女性像として描いてはいません。
ZS 女性性を神聖化する必要はありません。女性だって複雑な人間です。男性と同じように失敗も間違いも犯します。女性のどん底状態、弱点やもろさを描くことも大事だと思うのです。フェミニズムが嘘であってはならないし、女性を過剰に讃えるべきでもない。それが本物、真実であることが重要です。自分が育つ時に周りにいたような女性たちがスクリーンに登場してほしい。そういう意味で本作のキャラクターは完璧です。
SG 女性をこれほど的確に捉える監督は滅多にいません。決して戯画化に陥らない。本作で描かれている女性性は良い面も悪い面も、自分に思い当たる部分があります。4人の女優が描き出す人間模様はとても豊かで、誰もがさまざまな部分で共感するでしょう。
セレーナ・ゴメス 1992年、テキサス州生まれ。メキシコ人の父とイタリア系アメリカ人の母のもとに生まれる。子役として活動を始め、2004年からディズニー・チャンネルに出演し「ウェイバリー通りのウィザードたち」(07年~12年)の主役として世界的な知名度を得る。同時に歌手活動もスタート、09年にはユニセフ親善大使に就任した。16年、インスタグラムでフォロワー数が1億人に達した最初の人物となった。俳優、歌手、モデルとして幅広く活動。
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― 映画の中で描かれる女性像は確実に進化していると感じています。ふたりにとって、この進化とはどのようなものでしょうか?
ZS まだ道のりは長いですが、最近オファーを受けた企画ではますます多くの女性を撮影現場やミーティングで見かけ、意思決定権者の中にも女性がいるようになりました。10年前は、撮影現場で重要なポジションにいる女性は女優だけということがよくありました。恵まれた特権的な立場でしたが、私にとっては気が引けて居心地の悪いことだったし、不公平さも感じていました。気軽におしゃべりしたり頼ったりできる人がいないと、孤独感にさいなまれるものです。プロデューサーや脚本家、監督に女性が増えれば増えるほど、安心できる労働環境になり、創作活動に適した環境となります。私の場合、自分の力を最大限に発揮するためには、気持ちが落ち着く環境が必要です。
SG ゾーイのコメント以上の答えがあるでしょうか。付け加えるのならば、社会を構成する半分を尊重することは、男性を見下したり話もしないということではまったくありません。バランスを回復するだけのことです。
ZS フェミニズムは常に進化しています。過去には、女性たちは存在するため、自己決定権や投票権を得るため、男性と同等の教育を受けるために闘ってきました。家父長制が強く残る社会であった当時、味方してくれる男性を見つけるのは容易ではなく、対立はほぼ不可避でした。しかし、時代は変わりつつあります。闘いが終わったわけではありませんが、先人の女性たちが残してくれた遺産があります。今後、理解のある息子や夫、父親も巻き込み、私たち女性を支持してくれる男性が増えれば社会は成長するでしょう。
― 本作ではソロリティ(姉妹愛)も重要な役割を果たします。これまでの人生で姉妹愛はどのような役割を果たしましたか。
ZS 私は幼い頃に父を亡くし、これまでずっと母が中心の環境で育ちました。3人姉妹のひとりとして、周囲の女性たちを模範としてきました。いつも自己表現し、やりたいことや視点を大事にするよう励ましてくれました。それは自分の性格を形成し、自分のDNAの一部になったと思っています。
SG 正直に言うと、同世代の女性よりも年上の女性と仲良くなるほうが得意です。たとえばゾーイが仕事や家庭で築き上げたことに憧れます。私はいつもゾーイのような女性に囲まれてきました。彼女たちは私のインスピレーション源であり、羅針盤なんです。
photography: Luc Braquet
メキシコの麻薬カルテルのボス・マニタスは、本当の自分になりたいと願い、性別適合手術で「エミリア・ペレス」という女性として、新たな人生を歩み出す。かつての非道を悔い、慈善事業を開始するエミリア。手術を手助けした弁護士リタ、元妻ジェシーと愛する子どもたち、そして彼女らに関わった人々の運命は複雑に絡み合っていき......。
●監督・脚本/ジャック・オディアール ●出演/ゾーイ・サルダナ、カルラ・ソフィア・ガスコン、セレーナ・ゴメス、アドリアーナ・パスほか ●2024年、フランス映画 ●133分 ●制作/サンローラン プロダクション by アンソニー・ヴァカレロ ●配給/ギャガ ●3月28日より、新宿ピカデリーほか全国で公開
photography: Luc Braquet, © 2024 PAGE 114 – WHY NOT PRODUCTIONS – PATHÉ FILMS - FRANCE 2 CINÉMA, ©Shanna Besson text: Marilyne Letertre(Madame FIGARO)