「ばけばけ」と『レンタル・ファミリー』が浮かび上がらせる、日本社会の本音と建前って?
Culture 2026.03.02
現在オンエア中のNHK朝の連続テレビ小説「ばけばけ」と、2月27日(金)から公開のHIKARI監督の『レンタル・ファミリー』には不思議な符合がある。それは父親の愛情に恵まずに育った西洋人の男性が、単身日本にやってきて、自分の人生に欠落していた父性に自覚し、家族の温かさと厄介さを知っていく内省の道程を描いている点だ。このドラマが浮かび上がらせる日本社会の建前と本音を家族観から紐解くと何が見えるのか。『レンタル・ファミリー』のHIKARI監督、出演者の柄本明、平岳大、山本真理、森田望生のインタビューの言葉からお届けする。

「ばけばけ」の主人公である文筆家、ラフカディオ・ハーンこと小泉八雲は1850年、イギリス領だったギリシャ・レフカダ島でアイルランド人の父とギリシャ人の母の間に生まれる。幼くして父がほかの女性と出奔し、母も彼をアイルランドの父方の大叔母に預け、ギリシャへ帰国。4歳にして両親からの加護を失い、以降ふたりと交ることはなかった。本人はあまりその当時の心境を文章に残していないが、八雲と小泉せつとの間の子どもたちはいろいろと聞き及んでいたようで、たとえば長男・小泉一雄は『父小泉八雲』『父「八雲」を憶う』、次男・稲垣巌は『父八雲を語る』などで、八雲の幼少期に負ったトラウマについて記している。
ドラマ「ばけばけ」では八雲の生涯をダイレクトではなく、小泉セツをモデルとしたトキの目線を通した孤独な男が図らずも大家族を持ったことで起きる心情の変化が喜劇色で強調されているが、1983年に同じくNHKが山田太一の脚本、八雲夫妻をジョージ・チャキリス、檀ふみが演じたドラマスペシャル「日本の面影」ではまた違う演出となっていた。小泉セツの聞き書きによる回想録『思ひでの記』では曲がったことが嫌いで、繊細な夫の感情の高低ぶりに気を遣った描写が出てくるが、山田太一はこの事実を逆手に取り、八雲の一挙手一投足に家族が普段から敏感で、彼の言動に反応して家族が慇懃な態度をとることを内心おもしろがり、わざと不機嫌なふりをすることがあるというエピソードを描いていた。
明治23(1890)年から明治30年代前半の小泉せつとの結婚生活を通して、八雲は日本の家父長制を深く研究し、自身の「父性」を再発見、回復したと評される。事実上の遺作となった著作『日本 一つの解明』(1904年)では、日本社会そのものを「家父長制家族」として描き、このシステムが個人の自由を抑圧しつつも道徳的結束を生むと分析した。西洋の個人主義で孤独を募らせた彼は、日本で自身の理想とする家族の再生を実現したといえる。そもそも、彼の日本名の由来となっている「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠に 八重垣作る その八重垣を」の歌は、神の国を追い出されたスサノオが出雲で八岐大蛇を退治したことで英雄となり、地元のクシナダヒメと結ばれたときの喜びの歌である。だが、八雲が愛した父長制度は日本の近代化と共に消えるであろうとも予言している。
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さて、それから100年以上経ち、HIKARIはオスカー俳優のブレイダン・フレイザーを主役に迎え、全編日本で撮影した『レンタル・ファミリー』を製作したが、いまだ日本社会では晴れの場で父の意を汲んだ子ども像を求められる機会が多いことや、逆に子供の人生の転機において立派な父親役を必要とする社会のシステムや建前を浮き彫りにして見せる。
売れない俳優であるフィリップ(ブレイダン・フレイザー)は生活のため、多田(平岳大)が経営する家族の代理の派遣エージェントの仕事を請け負うこととなる。求められるのはどうしても親族を招いて盛大な結婚式を挙げる必要のある若い女性や、私立校の受験の家族面接で"良き父親"を演じること。そもそもHIKARI監督が家族の代理派遣業に着目したのは、1980年代から日本で定着し、いまも需要があるという日本独自のビジネスであることが大きかったという。
「私は高校生の時に交換留学でアメリカのユタ州に行ったんですけど、そのエリアではアジア人が私ひとりだけ。孤独だったけど、最初にできた友達が初めて手紙をくれた時、車でマクドナルドに連れて行ってくれた時、英語が全然喋れない私にHIKARI、HIKARIって呼びかけてくれた時......そんな子たちの愛をいまだに大切に思っていて、その体験を今回の映画ではブレイダン・フレイザーが演じるフィリップに全部入れて、アメリカと日本のシチュエーションをひっくり返したんです」
「フィリップは大きな身体で、日本の社会の小さなサイズに合わせようと縮こまっている。映画の前半はフレームインフレームという手法で、スクリーンのフレームの中にさらにマンションの窓や電車の車体のフレームの中にフィリップを置いて、その枠から出られない窮屈な様子を描いています。彼はレンタルファミリーの仕事が来た時、『公の場で依頼人の家族としてふるまうことは嘘ではないか』と躊躇します。あまり言いたくないんですけど、どうしても日本にいるといろんな局面でジャッジされる機会が多いでしょう。"常識"っていう言葉があって、本音と建て前があって、細かいルールがあるけど、『全部取っ払って、本音でいけばいいやん』って思う。でも海外の人からすると、日本人の建前には優しさがあるという。リサーチの段階で、ある男性が仲違いした娘に死ぬ前にもういちど会って謝りたいと願って、家族が似た女性をレンタルしたというものがあった。本物の娘ではなかったけど、依頼主の謝罪をしたいという気持ちは本当のもの。血の繋がっている本物の家族とは和解ができなかったけど、ごめんなさい、ありがとねっていう気持ちを誰かにエネルギーとして渡せた。なら、それでいいんじゃない。そういうことを描いたシンプルな映画になったなと思っています」
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レンタル・ファミリーのエージェントでフィリップの先輩にあたる愛子を演じた山本真理は「この映画の撮影中に『日本の同性愛者の女性カップルが家族から絶縁され、仕事も偏見から解雇されてしまったことでカナダへ難民申請し、認定された』という新聞記事を読んで思うところがあった」という。
「私が演じた愛子が、依頼主の切羽詰まった状況を考えず、嘘をつきたくないという理由で仕事を降りようとしたフィリップに怒るシーンがあります。まさにそのシーンの日に見つけた記事で、自分が自分であることをまっとうしようとすると差別を受けて、自分らしく生きられない人がいる。でも、あなたが黙ってその人の家族であるふりをしてそこに黙って座ることで、目の前の人の人生を変えられるかもしれない。だったらなぜ、それをやらないの? おかしいだろうって。その新聞記事を読んだ怒りがあったことで、人としても、俳優としても信じて言うことができたんですね。また、この映画でフィリップは仕事で父親役を演じて、父性というものを獲得していきますけど、偶然、私はオーディションの一か月前に父を亡くしていたので、この作品が描く父親というものについて、すごく考えさせられました」
劇中、フィリップは世間から忘れられつつある映画スターの喜久雄の日常を刺激する役割を彼女の娘から求められ、偽のジャーナリストとして定期的にインタビューを重ねる。やがて、喜久雄と会話を交わす中で疑似の父と息子のような関係性を築いていく。喜久雄を演じた柄本明はこの映画のおもしろさを「人間っていうのは役割を与えられると、逃れられずに演じてしまう。それが本作のテーマと通じるものがあるんじゃないんでしょうか」という。
「本当のことでも、嘘のことでも、表現するのは自分だから。言葉、考え方というのは、体を通って出てくる。俳優が台詞を言う行為は仕事であり、嘘ですよね。時代劇に出る場合、そもそもその時代の人じゃない。犯人役を演じても本当は犯人じゃない。でも、本当の出来事だと信じて演じると、本当の感情が出てくる。喜久雄とフィリップの間に生じたのはそういうことじゃないでしょうか」
「HIKARI監督の演出は結構しつこいです。何度も何度もやらされました。大阪出身のエネルギーあふれるお姉さんだけど、そんなに簡単な人じゃありません。いま、機械文明というか、AIとか、いろんな映像技術が出てきて、簡単に何でもできてしまう。けれど、そうすると同時に反発みたいなものも起こってくる。この映画はレンタルファミリーを通して、孤独というのは怖い、だから孤独から逃れたいということを描いているんだけど、結局、自分の孤独に逃げずに向き合ってみることで初めてある種の希望を見出していくんじゃないか。そういったオーラス(※最終局面)が伝わればいいんじゃないかな、みたいなことを思いました」
ちなみに柄本が好きなシーンは、私立の中学受験の面接のため、本物の父親だと偽って、幼い時に別れたきり会っていなかったという設定で、ある少女と父娘関係の修復を図っていくエピソード。
「みなさん、素敵なんだけど、美亜役のゴーマン シャノン 眞陽さん、ブレンダンさんと堂々と渡り合って、ほんとに素晴らしいし、可愛い」
ちなみに『レンタル・ファミリー』のクラシックな趣がフランキ・キャプラの往年の映画のようだ撮感想を漏らすと、柄本はニヤリと笑って「キャプラか。うん、でも、それはやっぱり違うね」とひと言。
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レンタルファミリーの企業を経営するオーナーの多田を演じる平岳大は「HIKARI監督はフィリップを聖人として描いていないからね」と柄本の言葉を裏付けする。
「日常において、フィリップは日本社会のサイズに一生懸命、合わせようとしているのに、それでもはみ出てしまっているところがおかしかったり、悲しかったり、いろんな感情を引き出す構成の脚本にしているところが秀逸なんです」
「僕が演じている多田も、映画の中には出てこないけど、裏設定として子どもがいて、離婚して会えなくて、その埋められない心の大きな空白をレンタル・ファミリーで埋めたり、もしくは自分が他の人の空白を埋めることによって納得しようとしている。僕もHIKARIさんも10代でアメリカに留学して、孤独と向き合うことを覚えた人間であり、だから良くも悪くもアウトサイダーの目線で日本を見てしまうけど、日本人って相手の気持ちを慮りすぎて、場の空気を読みすぎて、なにかわけのわからないことをする部分がある。相手を傷つけまいとして意図がなく、騙すとか、いい嘘をついてしまうことも。ただ、シチュエーションとしては嘘なんだけど、嘘から生まれてくる感情は本当で、目的として人を幸せにする嘘は倫理的にいいのか、悪いのかの判断は分かれるかと思うけれど、実際ありますよね。そういう意味で、人々の持つ〝グッドインテンション〟(他者のために良いことをしようとする善意の意図)がこの映画の主題であり、人が共感できるところなのかと思います」
海外から見た目線で日本人ならびに日本の風景を見直す作業をした映画において、HIKARI監督は後半、喜久雄とフィリップを九州への旅へと向かわせる。行先は喜久雄が少年時代までを過ごした熊本県天草。美しい廃墟でふたりが探すものにおいては映画で確認してもらうとして、HIKARIがただ美しい観光映画ではなく、日本社会が直視してこなかった天草という土地の持つ痛み―キリスト教徒の迫害と水俣病を含めた薬害被害―を喜久雄に投影し、それを疑似の息子が知って理解するという構造がもたらす問題定義は受けて立ちたい。
「映画の展開として、とにかく東京から離れて、北よりも南に下っていきながら、自然にあふれた場所を選びたかった」とHIKARIは語る。
「たとえば九州であったら鹿児島、長崎も考えました。その中で天草を選んだのは、クリスチャンの方たちが迫害されたという歴史があるじゃないですか。あれは同じ日本人同士で起きたことで、人種差別ではない。天草四郎が幕府と戦ったのが16歳ですよね。そういうことも聞いて、他にもいろいろな歴史が積み重なっていて、でも、風景としては海も山も橋もすごく美しい町である。そのギャップが私には新鮮に映ったし、動物的な勘でここだと決めました。実際、熊本のフィルムコミッションがとても親切な方たちで、土地の近所のおばさんたちがランチを作ってくれたり、町おこししたくなるような優しい町で、世界中の人に日本にはこういう場所がある、天草ではこういう歴史があると勉強して、説明もして、日本を紹介したいなっていうのもありました」
最後に、平が映画を通して、このような提案をしてくれた。
「昔、どこかの本で、人にはみっつの〝ち〟があるという文章を見つけたんです。どこで生まれかの土地の地、次にどの人種なのかというアイデンティティ、レースの血。そして、どこに所属するかは自分で決める知識の知。いま、この現在、社会が複雑になっている中で、自分の3つの〝ち〟から何を選び取って、自分がどこに所属し、どこを本拠地として、ファミリーと呼ぶかは『レンタル・ファミリー』が提示しているメッセージであり、世界中で起きている命題だと思います」
●監督・共同脚本・プロデュース/HIKARI
●出演/ブレンダン・フレイザー、平 岳大、山本 真理、柄本 明、ゴーマン シャノン 眞陽ほか
●2025年、アメリカ映画●110分
●配給/ウォルト・ディズニー・ジャパン
©2025 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.
https://www.searchlightpictures.jp/movies/rentalfamily
text: Yuka Kimbara




