蜷川実花、下北沢に還る。写真家業30年を超えたいま語る、『mirror, mirror, mirror mika ninagawa』の見どころとは?
Culture 2026.04.03
写真家、映画監督、アーティストとして世界的な評価を受け、25万人の動員を記録するほどの展覧会を手がけてきた蜷川実花が、下北沢の小さなギャラリーで個展を開いている。写真集『mirror, mirror, mirror mika ninagawa』(CCC ART LAB刊)の刊行を記念したこの展覧会は、「異常」と本人も言い切る仕様の写真集と呼応するように、手作り感と狂気的な熱量に満ちた、かつてない自由な空間として立ち上がった。評価も集客も、すべてを取っ払った時、アーティストの衝動はどこへ向かうのか。展覧会の開始直前、「まだ全然完成してないんですよ(笑)。今日もここに来る直前まで家で展示する作品を作ってました」と語っていた彼女に、制作の核心を聞いた。
「自分にとって、ご褒美みたいな展覧会」
── この展覧会はどういう経緯で生まれたんでしょう?
もともとは写真集『mirror, mirror, mirror mika ninagawa』の刊行記念として始まったんです。でも、この写真集が本当にやばい本で(笑)。2000冊、全部手作業でリボンを結ぶんですよ。シールが挟まれていたり、中に小さなものが入っていたり。「バカみたいな熱量が詰まってる本が作れる機会って、人生で何回もあるものじゃない」と思っていて。
それこそ狂気というか。普通だと作れない本で、狂気に似た感覚を持った人が何人か関わってないとこうならない(笑)。すごく熱量のある人たちが集まらないとできなくて、その情熱が結実した奇跡の本だと思ってます。そういう本ができたから、「この写真集の展覧会だったらここまでやっていいな」って自分の中でスイッチが入って。普段はいろんな制限の中でクリエーションをするじゃないですか。大規模な展覧会だと、もっと動員を増やさなきゃとか、ここでちゃんとした評価を取らなきゃとか、どうしても自分の中でチューニングしてしまう。でも今回は「いいんじゃない、下北だし!」みたいな。ちっちゃい展覧会だし、どんな展示にするか決め込まないまま設営をスタートして、現場で思いつくままにやっています。ちょっとご褒美みたいな展覧会なんです。
── 展覧会のタイトル『mirror, mirror, mirror mika ninagawa』にはどんな意味が込められていますか?
写真を撮るって、本当に鏡に近いんですよね。たとえば桜を撮っていても、いろんな方を撮る時も、その人と自分の関係性だったりとか、自分がその時どういう状態だったかとか、どういう気持ちでそこに向き合っていたかみたいなことが、気持ち悪いぐらい映るんです。毎年、毎年桜を撮っていても、その年の自分のコンディションが全部出てしまう。だから撮ることって本当に鏡そのもので。同時に、これを見た人に何かが映って、ご自身を投影してもらってもいい。すごくシンプルなタイトルだけど、そういう思いが込められています。
── 写真集には、蜷川さんのどんな部分が詰まっているのでしょう?
仕事量も多いですけど、撮らずにはいられないから、いつも頭の中にあるものを撮りまくって、それが30何年間続いてきた。すごくカオスな状態でずっと作ってきて。生活とクリエイションがまだらに折り重なっていて、その中でいろんな代償があって。衝動やエネルギー、「もう嫌になっちゃう」みたいな気持ちとかが、多分全部入ってる。破壊再生、また破壊みたいなことをずっとやってきた30何年だなと思っていて。きれいな桜の写真集とか、タレントさんの本とか、そういうふうに出してきた中で、どこにも収まりきっていなかった異常なエネルギーが、ようやく表現できたんじゃないかなって。「私ってこういうことなんです」みたいなことをかなりカバーしている本じゃないかなと思います。すごく大切な一冊です。
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「長くやる上で重要なのは、自分の核の純度をどれだけ保つか」
── 「破壊と再生」という言葉を使っていらっしゃいましたが、その意味を聞かせてください。
破壊っていうのは悪い意味ではなくて。意外と私って生真面目で「こうでなければいけない」って思い込んでしまうことがあるんです。社会的に問題のないことなのに、自分で自分にフレームをつけてしまうことがたくさんあると思って。それを外していく作業がアーティスト活動では特に大事で、そういうことをずっと初期からしているんですけど、気付くと凝り固まっていたりもする。経験値があるからこそできることもあるけれど、逆に足がすくんだり、小手先で収めようとしてしまうこともある。そこをぶっ壊すというよりは、常に新しく生まれ変わっていたいっていう気持ちが生まれることも。整っていることで、停滞していくことがすごく怖いんです。だから、自分でちゃんと感じながら、興奮しながらものを作っていくみたいなところを大切にしたい。
── 今回は"寄り目"で作りながら"引き目"で考える、という表現も印象的でした。
めちゃくちゃ寄りと引きの行き来なんですよ、ずっと。映画もそうですし。大きいプロジェクトも、引きの目がないと破綻しちゃうから。でもすごく個人的なことからスタートしていたりとかして。手を動かしながら、ふって引くと、「あ、そういうことだったんだな」ってわかる瞬間もある。日常の中で引っかかるとか、もやつくことが、作ることによって、形になっていって。それをふって引いた時にやっと言語化できる、みたいな感じがあります。最初にテーマがあって、そこに向かって作るというよりは、日々作っているものが日常の中で立ち上がっていくイメージです。
── 下北沢という場所への思いも、今回の展示に大きく関係しているそうですね。
私、12年間下北に住んでいたんです。息子ふたりを育てながら、映画もたくさん撮って、大変だったこともいろいろあったし。この近くの緑道をしょっちゅう三輪車を引いて散歩して、嫌なことがあった時にひとりで夜中歩いたりとか、亡くなった父と一緒にここの桜の下で写真を撮ったな、とか。いろんな思いが詰まっている場所なので。ここで自分の直感だったり、原始的な衝動を表現できるような展覧会ができたのはすごくうれしいです。それに、下北沢って破壊と再生がずっと繰り広げられてきた街じゃないですか。そういう場所で、しかも取り壊しが決まっているこの建物で、好きにやらせてもらえる。この後も大きな美術館でオーセンティックな写真展をやる予定もあって、だからこそ振り切れた部分もある。ここはもう私の宝物というか、やりたいことだけやらせていただきます、みたいな気持ち。ピュアに自分の衝動をぶちまけてます。
── 30年以上のキャリアの中で、変わったこと、変わらないことは何でしょう?
美大の予備校時代に金魚の絵を描いて、蝶々の絵を描いて、お花の絵を描いてたんですよね。だからもうその時期から何にも変わってないっていう部分はあって。好きなものとか、表現したいことっていうのは意外と変わっていない。でも深さと広さはどんどん広くなってますね。自分が世界と繋がる時の視野の広さ、表現方法が変わってきていること、いろんな人と一緒にやることで広がった部分もあって。
でも長くやる上で重要なのは、自分の核の純度をどれだけ保つか、ということ。人里離れた場所で黙々と作品を作っているような静かな環境じゃない、東京の中でいろんな人に揉まれながら、いろんなスピードの中でやってきたからこそ、自分の作りたいっていう衝動を保ち続ける、ある種の気持ちの強さが必要。原石みたいな気持ちのピュア度を保つのは逆に技術が不可欠です。でも、それがあるから、違う人が関わることで全然違う表現になることも楽しめる。その自分の軸が揺らがない限り、いろんな表現方法を自由に試していけるはず。そこだけは、これからもずっと守っていたいです。
開催中~ 5月31日(日)
会場:DDDART 下北沢
東京都世田谷区代沢4-41-12
開)11:00~19:00
料)一般¥1,100/大学・専門学生¥1,000/中・高校生¥700/障害者手帳をお持ちの方¥1,000
WEB:https://mirrorninagawa.com/
¥11,000
判型とページ:合本 B5 56p., B5 40p., A4 144p. A5 16p. B6 38p., A6 16p. A4 8p., 合計318p
著者:蜷川実花
ブックデザイン:秋山伸/edition.nord
エディトリアルデザイン:刈谷悠三・角田奈央/neucitora
編集:我孫子裕一/afumi inc.
発行:カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社(CCC ART LAB)
発売:光村推古書院株式会社
©mika ninagawa, Courtesy of Tomio Koyama Gallery
text: Tomoko Kawakami




