古川琴音、ゆかたで学ぶ江戸の粋。
Fashion 2025.06.04
白地に紺の柄をメインとし、身の回りのものをデザインしたゆかたには、江戸っ子が大事にした「粋」の美学が込められている。俳優の古川琴音が老舗呉服店の竺仙を訪ねた。
定番のあやめ柄を大胆にデザインした綿紅梅のゆかたに、鮮やかな麻の帯で華やかさを加えた。ゆかた¥96,800、帯¥34,100(ともに反物価格)/ともに竺仙 下駄/スタイリスト私物
最近、お茶のお稽古を始めた古川琴音。ドラマなどできものを着る機会もあり、和装に興味を抱いている。そんな古川が、フィガロジャポンのきもの連載を手がけた原由美子による見立てでゆかたを纏った。江戸好みを伝える竺仙を訪ね、小川社長に話を聞いた。
古川琴音(以下、古川) 今回竺仙さんのゆかたを着させていただいて、背筋がすっと伸びて姿勢が正されました。ゆかたの柄は女性用、男性用と分かれているのですか?
小川文男社長(以下、小川) よくお似合いです。昔は性別や年齢に合わせて柄をおすすめしていましたが、いまはみなさん自由に選んでいらっしゃいます。そもそもゆかたにはほとんどルールはありません。最終的に着る人が気持ち良ければそれでいいんです。昔から舞台関係の方は襟を詰めて着ていたし、吉原の女将さんなどは髷を結っていたから襟を抜いて着ていました。
古川 もともとゆかたはお風呂上がりに羽織るものと聞いたのですが、どのようにしておしゃれ着に変化したのでしょうか。
小川 始まりは平安時代、神仏にお参りする際、沐浴をして身を清めるために着たのが麻の白生地で、それを湯帷子(ゆかたびら)といいました。それからずっと時代は下り、江戸になると庶民の間で公衆浴場が盛んになります。最初は白の無地だったゆかたですが、人目に触れることで差別化されていきます。やがて脱衣所からそのまま家へ着て帰るようになり、買い物や花火大会と着用範囲が広がり、柄も多様化しました。
「三保の松原」を描いた奥州小紋のゆかた。斜線で風を表した大胆な柄が特徴。¥96,800(反物価格)/竺仙
夏の風物詩、ほたるを描いたゆかた。竺仙では古典柄を毎年アレンジしている。¥46,200(反物価格)/竺仙
古川 柄は昔からあるものをベースにしているのですか?
小川 柄は江戸時代がいちばんバラエティに富んでいました。たとえばこの奥州小紋に描かれた柄は「三保の松原」をモチーフにしていますが、斜めの線で風を表現した非常にダイナミックなものです。浮世絵の世界にも通じる、江戸っ子特有の感覚といえます。染めや織りの技術が発達したのも江戸から明治にかけてです。表裏の文様を寸分違わずに合わせて染める「長板中形」の技法は明治時代に完成しました。
江戸の代表的な柄である雪輪について説明する小川社長。古川着用のゆかたは紺と白のコントラストが鮮やかに映えるコーマ地に、萩を染め抜いたもの。レモン色の帯できっぱりとコーディネート。ゆかた¥49,500、帯¥34,100(ともに反物価格)/ともに竺仙
古川 こちらの凹凸のある生地は、本日着させていただいた紅梅という種類ですね。
小川 格子状に節のように見える部分は太めの糸で織られていて、フラットな部分は細めの糸で薄く織り上げられています。お召しになると、節の部分だけが身体に触れるので、とても涼しいのです。生地の凹凸を勾配と呼びますが、それでは趣がないので「紅梅」と名付けました。いまはこういう生地を作るところは少なくなりました。
古川 西と東では柄は違うものですか。
小川 そうですね。まったく違うとは言いませんが、西からやってきたきものの柄が江戸に伝わると、江戸っ子はそれをデフォルメして自分たちの感性に合うようにリライトしたんです。弊社には原型に近い紙型がかなり残っています。たとえば「雪輪」や「三階松」といった柄は、いまのデザイナーにはない発想だと思います。
今年の新作から古川が選んだ2枚。 左:竹に蔦の葉を描いた一枚。「とても日本らしさを感じる色です。合わせる帯によって渋くも可愛くも着られそう」 右:黒地にホオズキの断面を描いた柄。「彫刻刀で削り取ったような線が、力強くてかっこいい。生地に透け感があるので涼しげで色っぽい。こんなゆかたをさらりと着たいですね」
レモンの輪切りを配した遊び心ある一枚。コーマ地に紺の柄がくっきり浮かび上がる。¥42,900(反物価格)/竺仙
古川 このレモンの輪切りのような柄も素敵です。
小川 ゆかたはもともとこんなふうにあっさりしていて大胆な柄が多かったのです。白と紺のコントラストの強さが江戸っ子の感性に合っていた。さっぱりしているのが江戸の気質で、それがいまでもゆかたの中に残っている。「粋」という言葉はゆかたが発展した頃に使われ出したんですよ。
古川 竺仙さんは1842年創業と伺いましたが、その頃から江戸の粋を守り続けてきたのですね。
小川 先々代は「竺仙の染めは、粋ひと柄」とよく言っていました。雪輪や松、レモンなどいろいろな柄があるけれど、それらをひと言で表すなら「粋」ということになるのでしょう。
「ゆかたもきものと同様にきちんと着なければ、という思い込みがあったのですが、小川社長のお話を伺って、もっと気楽に着ていいのだと安心しました」と話す古川。日本特有の色や柄について興味の尽きない様子で、「粋」についての社長の考察にも熱心に耳を傾けていた。
古川 小川社長の考える「粋」とはどんなことでしょうか?
小川 気が利いている、ということですね。昔は生活の中にかなり浸透していた言葉です。仕事をしていてもちょっと気の利いた人というのは、どこか目のつけどころが違う。いまも昔も機転が利く人は重宝されるでしょう? それを昔は「気が利いてるねえ」と表現したんです。
古川 粋という言葉の響きには「息」や「気」に通じるものを感じます。日本には目に見えないものを大事にする文化があると思うのですが今日、竺仙さんのゆかたを着させていただいて、それを肌で感じることができました。せっかく日本という国に生まれたのだから、夏はもっともっと日常的にゆかたを着て楽しみたいと思います。本日は貴重なお話をありがとうございました。
縞のゆかたをさらりと着こなす小川社長。「縞は染めるのが難しいので、よく見ると均一でない部分がある。プリントに慣れたいまは均一を良しとするようですが、それが職人のクセであり、機械ではできない手仕事の味わいです」
江戸時代に花開いたゆかたとともに、人々が生活の美学として共有した「粋」という感性。職人の手仕事と美意識を連綿と受け継いできた竺仙のゆかたは、着ることによって私たちにそれを教えてくれる。自然をモチーフにした遊び心あふれる柄と、技術の粋を凝らした着心地の良い生地の組み合わせは無限大。お気に入りの一着を見つけて、日本人が育んできた美の作法を暮らしの中に取り入れてみてはいかがだろう。
左:原が古川のために選んでいた組み合わせの一例。紅葉を一面に描いた綿縮のゆかたには、クリーム色に細い縞の入った博多帯を合わせると、柔らかな印象に。ゆかた¥126,500、帯¥36,300(ともに反物価格) 右:竺仙の工夫で発案。裏地を付けたゆかたは秋にかけて着ることができる。裏地の色との組み合わせを楽しみたい。¥61,600(反物価格)/以上竺仙

Kotone Furukawa
2018年デビュー。映画『偶然と想像』(21年)など出演作多数。7月3日に写真集『CHIPIE』(講談社刊)が発売予定。長編アニメーション映画『花緑青が明ける日に』では声優に初挑戦した。

Fumio Ogawa
竺仙5代目当主。大学卒業後、髙島屋大阪支社で3年間修業し、26歳で竺仙に入社。1993年、代表取締役社長に就任。文化芸術に造詣が深く、その審美眼が製品に反映されている。
*「フィガロジャポン」2025年7月号より抜粋
photography: Aya Kawachi styling: Yumiko Hara kimono coordination: Keiko Honda hair & makeup: Takae Kamikawa (mod’s hair) text: Junko Kubodera