日々の生活を彩るワインを自分らしく楽しむフィガロワインクラブ。イタリア人ライター/エッセイストのマッシが、イタリア人とワインや食事の切っても切り離せない関係性について教えてくれる連載「マッシのアモーレ♡イタリアワイン」。今回は故郷・ピエモンテとはある意味逆サイドに位置するマルケ州のイベントに参加したマッシ。「アモーレが心に刺さった」と語る、アドリア海の魅力とは?
イタリア・アドリア海に面する、美と味わいのマルケ州。大阪・関西万博のイタリア館で行われた「マルケ州ウィーク」が終わった後、東京で開かれたマルケ州の五感を刺激する"3つの「F」"のイベントに参加してきた。イタリア人に欠かせないアペリティーヴォをして、イタリア人シェフによるクッキングショーを見ながら、イタリアの新発見の味を楽しんだひと晩になった。
ティピチタ代表団によるマルケ州の説明。街並みの写真にも注目。
今回のイベントは、マルケ州の体験、イベントプロモーションに特化した「Tipicità(ティピチタ)」の代表団が開催。東京を拠点とする在日イタリア商工会議所のイベントスペースで、ピエモンテ人の僕は改めてイタリアの食文化と地方料理に感動しながら、多くのマルケ人と交流もできた。おもしろいことに「ピエモンテ人だよ」と自己紹介する前に、発音のアクセントで僕がマルケ人ではないことがすぐバレた。
イタリア中部、アドリア海に面するマルケ州を知っている日本人はどれくらいいるんだろうか? 世界的に有名な旅行ガイドブックであるロンリープラネットが「2020年に訪れるべき世界の10地域」のひとつに選んだマルケ州は、まだ多くの日本人にとって知られていない魅力に満ちている。まさに「秘宝」と呼ぶにふさわしい場所だ。中世の絵画のように美しい丘陵地帯や輝くアドリア海のビーチ、そして豊かな歴史と文化が存在するマルケは、一度訪れたら忘れられない感動を与えてくれる。
マルケ州の関係者は情熱が強くて、地元愛が何より大切。参加した会で、「ミラノではなく、ローマではなく、ナポリでもない。知らない魅力が多くあるマルケ州にこそ、恋しに来い!」という表現を聞いた時に、泣きそうになった。ピエモンテ人として、きっと僕も同じようなことを言うだろうなと思い、アモーレが心に刺さった。会の途中では、ピエモンテから来た僕を仲間として受け入れてくれて、マルケ州のおもてなしを少しずつ抱きしめているような感覚になった。数時間で、マルケ州のファンになったのだ。
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嵐のような感情が落ち着いた頃、マルケ州の魅力を語る上で欠かせない「3つのF」についての説明を受けて、感動がぶり返してきた。これもマルケ州にしかないアイデンティティだ。
まずひとつ目のFは、「Food(食)」。 マルケの食卓は、海の幸と山の幸が完璧にフュージョンした、まさに美食の宝庫だ。アドリア海で獲れる新鮮な魚介類はもちろん、内陸部ではトリュフや上質な豚肉、そして手打ちパスタが日常的に食べられる。特に、仔牛肉をオリーブに詰めてパン粉で揚げた「オリーブ・アスコラーネ」や、数種類の肉を丁寧に煮込んで作るラサニアの一種「ヴィンチスグラッシ」は、この土地でしか味わえない逸品!素朴だけどコクがあるマルケ料理は、訪れる人の心と味覚を掴んで離さない。
キッチンで腕を振るうシェフたち。
今回、マルケ州から来日したシェフたちから、こちらのメニューが提供された。
Polpette di calamari: イカのミートボール
Carpaccio di pesce spada: メカジキのカルパッチョ
Porchetta all'anconetana: アンコーナ風ポルケッタ(豚の丸焼き)
Pasta spinosi: スピノージパスタ
Salsa al ragù di manzo wagyu della prefettura di Iwate: 岩手県産和牛のラグーソース
Macedonia con spuma di yogurt: ヨーグルトエスプーマ添えフルーツサラダ
ピエモンテではあまり見かけないような料理や味がたくさんあって、「やっぱり"イタリア料理"ってひと括りにできないよなぁ」と思いながら、ついおかわり。そして気づけば、マルケ州に実際に行ってみたくなっていた。
「世界最高峰のエッグパスタ」と名高いパスタメーカーのスピノージ。
続いてのFは「Fashion(ファッション)」。マルケ州は、イタリアが世界に誇るファッション産業が活発だ。特にシューズ産業は世界的に有名で、多くの高級ブランドの靴がマルケで生産されている。マルケの街を歩けばショーウィンドウを飾る美しいデザインに目を奪われるはずだ。ファッション好きではなくても、職人技と芸術的なデザインを見れば、イタリアの「ものづくり」の情熱を感じられる。
皮革産業も盛んなマルケ州。あなたが持っているメイドインイタリーのグッズも、マルケ州から旅立ったものかも!?
そして、最後のFは「Furniture(家具)」。昔からの伝統的な技術と、現代のデザインが融合して作られるハイクオリティなマルケの家具は、世界中で愛されている。美しい家具や日用品が並んでいるショップを覗き込むと、イタリア人の情熱とセンスが、熱く静かに伝わってくるはずだ。
マルケ州が誇るレザーとコラボしたアーティスティックな椅子。
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マルケ州の料理を食べながら家具を見て、幸せな気分に浸っていたら、マルケ州が誇るワインが出てきた。マルケのワインは、世界中で栽培されている有名なブドウ品種(国際品種)よりも、その土地の伝統的なブドウ品種(土着品種)を大事にしている。
サンタ・リベラータの「ソル・ドメ・パッセリーナ」が提供された。
今回は「ソル・ドメ・パッセリーナ」というマルケ州で造られる白ワインが登場。パッセリーナという土着品種のブドウを100%使用している。フレッシュでフルーティな味わいで飲みやすく、さまざまな料理に合わせやすい。不思議なことに、今回提供されたすべての料理に合っていて、最初から最後までいい付き合いができた。
だけど、実は僕は今回のイベントでパッセリーナが出てきたことに驚いていた。なぜなら、「マルケワインの女王」と言われているのは、白ワインの「ヴェルディッキオ」だからだ。ヴェルディッキオは柑橘系の爽やかな香りに、アーモンドやハーブの風味が加わって、ミネラル感が特徴。特に海鮮系との相性は抜群で、イワシのソテーや魚介のリゾットと一緒に味わえば、自然から生まれた最高級の組み合わせに感動するだろう。ヴェルディッキオのことを考えると、キンキンに冷やしたグラスを片手にアドリア海の夕日を眺める......というイメージが頭に膨らんでくる。マルケのワインに対してそんなイメージだった僕は、今回の「3つのF」のイベントに参加して、新しい扉が開いたのだ。
アドリア海の青、丘陵の緑、中世の街並みのレンガ色。そして、彩り豊かな食とワイン。マルケ州は、五感を刺激してワクワクさせてくれる、人生の舞台のようだ。ゆったりと流れる時間の中で、本物のイタリア、そしてマルケの魅力を発見する旅へ出かけてみない?
1983年、イタリア・ピエモンテ生まれ。トリノ大学大学院文学部日本語学科修士課程修了。2007年に日本へ渡り、日本在住17年。現在は石川県金沢市に暮らす。著書に『イタリア人マッシがぶっとんだ、日本の神グルメ』(2022年、KADOKAWA 刊)
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