マッシのアモーレ♡イタリアワイン ピエモンテの城に佇むワイナリー......マッシが母と飲み交わした地元の赤ワインと、少年時代の祖父との思い出。

Gourmet 2025.06.24

マッシ

日々の生活を彩るワインを自分らしく楽しむフィガロワインクラブ。イタリア人ライター/エッセイストのマッシが、イタリア人とワインや食事の切っても切り離せない関係性について教えてくれる連載「マッシのアモーレ♡イタリアワイン」。今回はピエモンテに帰郷したマッシが母と訪れた、城にあるワイナリーをレポート。フィアットの車窓から見えるイタリアの風景が浮かぶ、珠玉のエッセイを楽しんで。


食べるのが大好きな僕にとって、夏はノスタルジーの季節だ。濃い緑の匂いと、じりじりと肌を焼く陽光は、子ども時代を思い出す。ある夏の日、祖父の運転する古いフィアットに揺られながらブドウ畑とワイナリーへ遊びに行った記憶が、いまも鮮やかに心に残っている。丘をぐんぐん上がっていくと、「カステッロ・ディ・ウヴィリエ(Castello di Uviglie)」が見えてくる。当時はただ「お城」と呼んでいて、王子様やお姫様が住んでいるのかもしれないとワクワクしていた。まさか自分が大人になったいま、その城が生み出す至高のワインについて、遠く離れた日本の皆さんに語ることになるとは夢にも思わなかった。

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いつもは霧に包まれるピエモンテ・モンフェッラート。夏の日にはこんな快晴に照らされた緑の景色が広がることも。

丘の上にある城の物語は、この地方の歴史そのもの。カステッロ・ディ・ウヴィリエで初めてワインが造られたのは、記録によれば1491年。コロンブスが新大陸に到達する前年のことだと聞いたら、歴史の深さが伝わるはずだ。かつてはイタリアを代表する名家、あのフィアットの創業者一族も城主として名を連ねていたらしい。

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城に併設されたカステッロ・ディ・ウヴィリエのカンティーナ(ワイナリー)の入り口。

この歴史ある城に新しい命を吹き込んだのが、現在のオーナーであるボンザーノ家だ。彼らは、この土地のポテンシャルを信じてモンフェッラートのテロワールと土着のブドウ品種に最大限の敬意を払うことを哲学とした。古いワインセラーには最新技術が導入されて、伝統と革新の融合をグラスの中に表現している。

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僕の地元ピエモンテのバルベーラと僕が再会できたのは母親のおかげだった。6年ぶりに日本から一時帰国した僕を、母親は想像以上の喜びで迎えてくれた。空港の到着ゲートで見つけた母親の姿は少し小さくなったように見えたけど、僕を見つけると満面の笑みで少女のようにはしゃいだ。「Tesoro Mio!(私の宝物!)」という叫び声は、ほかの旅行客が振り返るくらい大きかったけど、僕にはそれがうれしかった。母親の弾むような会話や、次から次へと実家のテーブルに並べられる僕の大好物を見て、ピエモンテの空気に僕が溶け込んでいると感じた。

「とっておきの場所に連れて行ってあげる」

帰国の数日後に、母親は悪戯っぽく笑いながら言った。その行き先がカステッロ・ディ・ウヴィリエだと知った時、僕の心には子どもの頃の思い出があふれ出した。母親の運転する車で向かう道中、僕たちは思い出話で盛り上がった。「マッシは小さい頃、あのお城を見て『僕、大きくなったらあそこに住む!』って言ったよ」と楽しそうに話す母親を見てほっこり。

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瓶詰めされたワインが所狭しと並ぶセラーに、テイスティングルームがある。
 

城のセラーに足を踏み入れた母親は、僕とワインを楽しみたい気持ちでウキウキしていた。僕の故郷を代表するブドウ、バルベーラで造られた「バルベーラ・デル・モンフェッラート・スペリオーレ "レ・カーヴェ"」を持ちながら「これこそ、モンフェッラートの魂そのもの!」と、母親は誇らしげに言った。

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レ・カーヴェ=ワインセラーと名付けられたキュヴェ。土地のブドウを規定通りに使用した統制保証原産地呼称(DOCG)の認定を受けたワインだ。
 

レ・カーヴェをひと口飲むと熟したプラムやカシスの果実味が口いっぱいに広がる。子どもの頃にブドウ畑で盗み食いした甘いブドウの味を思い出した。滑らかな口当たりの奥に、しっかりした骨格と豊かなミネラル感がある。フレンチオークの大樽で熟成されたことで、スパイスやカカオの香りもして、あの頃食べたブドウより大人びた味わいだ。

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「Che buono!(なんておいしいの!)」

母親はバルベーラを飲み慣れているのに初体験の感動のように喜んでいて、イタリア人ってこうだよなぁと思いながら、僕はふと祖父のことを思い出していた。畑仕事で汗をかいて土まみれになった一日の終わりに、「一杯だけ」と言いながらボトル1本をうれしそうに開けていた祖父。いま、飲んでいるこのワインはもっとエレガントな味だけど、祖父が好きだったワインと同じで情熱の深さは変わらない。イタリア人にとって地元のワインは故郷の誇りだ。

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ディスプレイされたカステッロ・ディ・ウヴィリエのワイン。中央にはラベルに年季の入ったヴィンテージワインも。

ワインセラーの奥にはラベルが掠れてほとんど読めなくなった古いヴィンテージのボトルが静かに眠っていた。母親は埃をかぶったそのボトルを見てこう言った。

「このワインはまだ、この中で呼吸して成長している。私たち人間と同じできっとこれから最高の味になる。一生懸命に時を重ねてきた証拠だよ」

この独り言を聞いた時、僕は胸が熱くなった。僕と母親もこのワインと同じだ。6年間という会えなかった時間が、僕たちの絆をさらに熟成させ、再会の喜びを何倍にもしてくれたのだ。

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上段はロゼ「キアレット」。夏の日差しの中、少し冷やして飲むのも最高かも。

もちろん、このピエモンテという土地の魅力は、カステッロ・ディ・ウヴィリエのバルベーラだけではない。可愛らしいピンク色が心躍らせるロゼ「キアレット」や、この土地ならではの土着品種、グリニョリーノから造られる赤ワイン。バルベーラと、ピエモンテの王様と称されるネッビオーロの交配から生まれた希少なブドウ「アルバロッサ」で造られたワイン。

まさにカステッロ・ディ・ウヴィリエの歴史と未来を繋げる架け橋のような存在だ。どれも力強さと優雅さを持っていて、何気ない食事も忘れられない思い出になる。「あなたの結婚式には、絶対に特別なワインを開けましょうね」と母親は微笑んだ。

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セラーにあるショップで購入したワイン。思い出とともに、ワインはさらにおいしくなる。

この記事を読んで、皆さんの心に、モンフェッラートの風景が少しでも浮かんだだろうか。穏やかな丘陵地帯を埋め尽くすブドウ畑、食欲をそそるおいしいチーズやサラミ、そして秋にはトリュフの芳醇な香りが満ちるレストラン。僕にとってモンフェッラートは、ただの故郷ではない。僕の味覚と愛情の原点であり、母親にとっては、愛する家族と過ごした思い出の土地だ。僕たち親子はどれだけ離れていても、この土地のワインを飲めばいつでも心は繋がっていると確認できる。

カステッロ・ディ・ウヴィリエを訪れることは、ただワインを味わうだけではない。この土地の文化や歴史、そして人々の情熱に触れる旅なのだ。次のヴァカンスには、ぜひ僕の故郷ピエモンテにいらしてください。そして、カステッロ・ディ・ウヴィリエのセラーで、母親のような温かい笑顔のピエモンテ人と一緒に乾杯しましょう。その日を、心から夢見て。

1983年、イタリア・ピエモンテ生まれ。トリノ大学大学院文学部日本語学科修士課程修了。2007年に日本へ渡り、日本在住17年。現在は石川県金沢市に暮らす。著書に『イタリア人マッシがぶっとんだ、日本の神グルメ』(2022年、KADOKAWA 刊)
X:@massi3112
Instagram:@massimiliano_fashion

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