映画で身近な議論となった「尊厳死」どう考える? フランス下院は法案を可決。

Paris 2025.06.13

「Fin de Vie(人生の終末)」に関する法案がフランス国会に提出され、安楽死や尊厳死を巡る議論が5月12日から本格的に始まった。大方の予想より早く5月27日にフランス国民議会(下院)は終末期患者に厳格な条件の下で致死量の薬の投与による「死への積極的援助」を認める法案を賛成多数で可決した。この後、秋に上院で審議され、法制定までには時間がかかる見通し。フランスでは、2005年と16年の法改正により延命治療の中止や鎮静療法を通じた受動的安楽死は認められているが、積極的安楽死や自殺幇助はいまだ違法である。今回の法案は22年から特別委員会で検討され、今年3月に提出されたもので、積極的安楽死の合法化に向けた大きな一歩とされてきた。しかしカトリック教会など宗教界の反発を受け、バイル首相は法案を「緩和ケアの強化」と「積極的安楽死の合法化」に分け、それぞれ別個に審議する方針を示した。最新の世論調査では国民の80%以上が法案に賛成しており、ヨーロッパではすでにオランダ、ベルギー、スペインなどが積極的安楽死を合法化している。

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「ル・モンド」が2023年9月に発行したムック仕立ての別冊。タイトルは「直面する死―人生の終末をどう法制化するか」

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「リベラシオン」25年4月16日刊では、ベルギーへ安楽死に行く若年性パーキンソンで苦しむ48歳の男性が一面に。

今春、スイスで安楽死を目指すフランス人をテーマにしたコメディ映画が2本公開され、注目を集めている。3月公開の『On Ira(行こう)』は、末期がんを家族に隠す80歳のマリーが「スイスの銀行に遺産を取りに行く」と息子と孫娘を騙し、介護者が運転するキャンピングカーでスイスへ向かうロードムービー。旅先でのトラブルや軽妙な会話が笑いを誘い、動員数は50万人を突破した。続く4月公開の『Aimons-nous Vivants(生きて愛し合おう)』は、自殺幇助を求めスイス行きのTGV車内で出会った男女が人生の再起へと向かう熟年ロマンスと喜劇を融合させた一作だ。

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尊厳死のテーマが重低音のように響く中、世代の違う4人がスイスへ向かう。『On Ira』(原題/エンヤ・バルー監督、25年)ⒸBONNE PIOCHE CINEMA -CARNAVAL PRODUCTION- ZINC

フランス映画では以前から安楽死や尊厳死を扱う名作が生まれてきた。12年のカンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞したミヒャエル・ハネケ監督の『愛、アムール』では、老々介護の果てに夫が妻の命を絶つ姿が描かれた。21年公開のフランソワ・オゾン監督『すべてうまくいきますように』では、スイスでの安楽死を望む父と葛藤する娘の姿が淡々と描かれている。いずれも身体的・倫理的苦悩を静かに掘り下げた作品だ。

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認知症が急速に進む老女を夫が殺める、やるせない物語『愛、アムール』(ミヒャエル・ハネケ監督・脚本、12年)Wega Film /Les Films du Losange /X-Filme Creative Pool /France 3 Cinéma /ARD Degeto Film /Westdeutscher Rundfunk

今春のコメディ2作は、安楽死の是非を正面から問うわけではない。だが、現在審議中の「人生の終末」法案と重なるタイミングで公開されたことで観客に現実味をもたらし、議論のきっかけを作った。制度が整備を進める一方で、映画や世論は人々の感情や倫理観を映し出す鏡だ。フランスではいま、「尊厳死」という根源的な問いに対して、制度と感情が少しずつ歩み寄ろうとしている。そのバランスこそが、誰もが納得できる「生の終わり方」へと繋がる鍵なのかもしれない。

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「人生の終末」法案を作成した特別委員会のホームページ。22年から24年まで審議が続いた。

大島 泉/Izumi Fily-Oshima
ライター、コーディネーター、通訳。東京都生まれ、1989年に渡仏。パリ郊外のサンジェルマン=アン=レに暮らし、フランスやヨーロッパの文化を中心に取材、執筆を行う。

*「フィガロジャポン」2025年7月号より抜粋

text: Izumi Fily-Oshima

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