パリジェンヌ・セシルが案内する、フランスのアンティーク食器、テール・ド・フェールの世界。

Paris

フランスのアンティーク食器「テール・ド・フェール」。その世界に魅せられたアトリエ「ブランシュ・パティーヌ」のオーナーでもあるセシルが陶磁器の魅力を徹底解説。ジアン、サルグミンヌなど日本でも知られた陶磁器窯の見極め方、蚤の市でのハンティング方法、テーブルコーディネートアイデアまでをご紹介。

第1回目は、「そもそもテール・ド・フェールとは?」。その器に込められた歴史とともにレクチャーします。


第1回
テール・ド・フェールとは?

フランスのアンティークショップや蚤の市をめぐっていると、ふと目にとまる食器がある。どこか温かみがあって、花や葉など自然のモチーフがやさしく描かれている。アイボリーに近い色味、柔らかい手触り。それが「テール・ド・フェール」だ。近年、インテリアやテーブルコーディネートに関心を持つ人々の間で静かなブームを迎えているが、その名前を正確に知っている人はまだ多くない。

パリ10区、自然光のふりそそぐ注ぐブランシュ・パティーヌのアトリエ。©︎maki kotabe

そんなテール・ド・フェールに魅せられ、10年以上その世界を探求してきた女性がいる。美術史を学び、シャガールやピカソを扱う現代アートの世界に身を置いていたセシル。そんな彼女の心を長年とらえて離さなかったのが、テール・ド・フェールだった。パリのアトリエ「ブランシュ・パティーヌ」を主宰する彼女は、フランスで唯一この食器に特化した本を出版した、この分野の第一人者でもある。学生時代から蚤の市に通い、自身も長年テール・ド・フェールで食事をしてきたというセシルが、いまはもう製造されていないテール・ド・フェールの魅力と、蚤の市などでの見つけ方、そして食卓でのコーディネートについて語ってくれた。

©︎maki kotabe

ブランシュ・パティーヌのオーナー、セシル。美術史を学び、アートギャラリーやオークションハウスで働いた後、2015年に「ブランシュ・パティーヌ」をオープン。テール・ド・フェールを学び探求し、その魅力に再び価値を与えている。過去から未来へとその歴史を紡ぐ専門家。著書『TERRE DE FER Collections de céramique française』は2024年に出版。@blanchepatine

※ブランシュ・パティーヌ オーナーによる著書はフランス国立図書館(BNF)にも収蔵。現在はフランス語版のみ。

「テール・ド・フェール」を直訳すると「鉄の土」。だが実は、鉄とはまったく関係がない。19世紀末にイギリスから伝わり、フランスで広まった商業的な呼び名であり、正式にはセラミックの分類の中の「ファイアンス・フィーヌ(精巧な陶器)」にあたる。カオリンと長石という二つの鉱物を混ぜ込むことで、素地がより丈夫に、そして美しい白さを持つようになった。

テール・ド・フェールがフランスで花開いたのは、19世紀末のことである。その用途は実に幅広く、労働者階級の家庭の食卓から、ブルジョワ階級の優雅な晩餐まで、あらゆる場面で使われていた。多くの製造所が手がけたパヴォ(Pavot=ポピー)やエガラティーヌ(Eglantine=野バラ)といった植物モチーフは広く親しまれていた一方、ナポレオン(Napoléon)、イエナ(Iéna)、ルイ15世(Louis XV)といった名を冠した格調ある意匠は上流社会の食卓を彩った。またアルジェ(Alger)、コンスタンティノープル(Constantinople)といったエキゾチックな地名をつけたデザインには、遠い国への憧れが込められていた。「当時はテレビも何もない時代。食器はある意味、プロパガンダのような役割を果たしていました。フランスという国への誇り、時代の価値観を人々に伝えていたのです。」

手前のお皿はイエナ(Iéna)。ナポレオン1世によるイエナの戦いとその勝利を記念したものだそう。ショワジー=ル=ロワによる19世紀末から20世紀初頭のもの。©︎maki kotabe

食器のデザインや素地・エナメルの質を少し知っていれば、どの層に向けて作られたものかはすぐにわかる。テール・ド・フェールだからといって、必ずしも希少で上質とは限らない。今日はブームゆえに混同も起きており、知っておくべき細かな違いが数多くある。当時の各製造所はそれぞれ独自の個性を持っていた。セシルがお気に入りのひとつと語るのが、ボルドーの「ジュール・ヴィエイヤール」だ。その装飾の精緻さは群を抜いており、まるで芸術品のような完成度を持つ。しかしその品質へのこだわりが仇となり、1895年という早い時期に閉業している。「エナメルの質、陰影の繊細さ、装飾の精度とすべてが本当に例外的な美しさです。だからこそ、いまとなっては最も希少な存在のひとつになっています。」とセシル。

「ショワジー=ル=ロワ」はアイボリーの素地と花の冠やアラベスクなど繊細な装飾が特徴で、異なるモデルを並べても自然に調和する色合いの豊かさを持っている。「サラン」はリボンのモチーフが印象的な、ロマンティックな雰囲気で知られる製造所だ。そして「ジアン」は当時から大手の製造所のひとつで、藤の花、牡丹、チューリップなど植物モチーフの豊かさに定評があった。現在もジアンというブランドは存在するが、テール・ド・フェールの製造はしておらず、古いジアンの作品はいまとなっては蚤の市でもなかなか出会えない貴重なものとなっている。テール・ド・フェールは第二次世界大戦後には製造がほぼ終了し、最後まで残ったサルグミーヌも2007年に幕を閉じた。いま、この食器に出会えるのはアンティークショップや蚤の市のみである。

左:繊細な装飾が施されたジュール・ヴィエイヤールのコンポティエ。 右:アイボリー素地が温かみのあるショワジー=ル=ロワのお皿たち。中央右はパヴォ(Pavot=ポピー)。©︎maki kotabe

セシルがブランシュ・パティーヌを立ち上げたのは2015年、いまから約10年前のことだ。当時のフランスではテール・ド・フェールはまったく話題になっておらず、この食器は人々に見過ごされ、捨てられていくような状況だった。「誰も興味を持っていませんでした。でも私はなぜか心から信じていた。この食器たちを消えさせてはいけない、私がこの食器たちを守り受け継ぐ”ママン”になろうと思ったんです」。いまでこそ古い食器を取り入れるレストランや、結婚式の食器レンタルというサービスも珍しくないが、当時そういったものは存在しなかった。誰もやっていなかったからこそ、先駆けとなることができた。それまでほとんど記録が存在しなかったテール・ド・フェールの歴史を、セシルは10年以上をかけて調べ上げ、一冊の本にまとめた。図書館を訪ね歩き、各地の公文書館に問い合わせても、多くの記録は戦争で焼失していた。「図書館にも本がなかった。市の公文書館に問い合わせても、記録が残っていない。だからこそ、書き留めておかなければと思ったのです」。その著書はいまやフランス国立図書館(BNF)に収蔵されており、一冊の本がフランスの食文化の一ページを歴史に刻んだといえる。テール・ド・フェールは単なるアンティークではなく、次世代に受け継がれるべきフランスの文化遺産のひとつといっても過言ではないだろう。

宝の山のようなブランシュ・パティーヌのアトリエ。一つ一つにそれぞれの物語が潜んでいる。©︎maki kotabe

食器の裏側に刻まれた秘密と、老舗百貨店サマリテーヌにまつわる物語へと続く。

Blanche Patine
29 Rue des Vinaigriers, 75010 Paris
https://www.blanchepatine.com/
アトリエへの訪問は要予約。
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  • editor & photography: Maki Kotabe