令和の歌舞伎ファンにとって、次世代のキーパーソンと目されているのが五代目市川團子である。
2024年、20歳でスーパー歌舞伎『ヤマトタケル』の主演を堂々と務めあげ、2025年は松竹創立130周年記念の通し狂言『義経千本桜』の「鳥居前」「吉野山」「川連法眼館の場(通称四の切)」で源義経の家臣・佐藤忠信と、彼に化けた狐の化身・源九郎狐の心情の使い分けをアクロバティックで華麗な動きとともに披露した。
その彼が26年3月に大学を卒業。社会人となって初の主演として取り組むのが鶴屋南北の『獨道中五十三驛(ひとりたびごじゅうさんつぎ)』だ。昨年の『国宝』の爆発的なロングランヒットに続き、2026年は歌舞伎小屋を舞台とした源孝志監督の『木挽町のあだ討ち』が大ヒット中で、若い世代にとっても「歌舞伎」の世界は身近なものになりつつある。『獨道中五十三驛』は『木挽町のあだ討ち』の時代設定から17年後の文政10年(1827年)で、南北が当時大流行していた十返舎一九の滑稽本『東海道中膝栗毛』に着想を得て創作した。大詰の早替り舞踊「写本東驛路(うつしがきあずまのうまやじ)」は、盗まれた家宝(宝剣「雷丸」と「九重の印」)を探す人々の奮闘記。團子は老若男女から「雷」までの13役を早替りにて演じる。
「人を驚かす」ことに人生を掛けた南北の世界に初挑戦する意気込みを聞いた。
「基礎をしっかりやりたい」
――『獨道中五十三驛』は江戸時代、鶴屋南北がヒットさせた演目ですが、その後150年ほどは上演されていなかったところ1981年(昭和56年)、市川團子さんの祖父である三代目市川猿之助丈(のちの二代目市川猿翁)が通しで復活上演し、早替りや宙乗りなどのスペクタクル要素で大ヒットを記録しました。早替り舞踊の「写本東驛路」は、実は南北の初演の際には無かった場面で、三代目猿之助丈が新たに創作した部分です。この踊りの主人公である丁稚長吉と信濃屋娘お半のモデルは、大阪で実際にあった心中事件を演目にした歌舞伎の演目『於染久松色読販(おそめひさまつうきなのよみうり)』、通称「お染の七役」の主人公であるお染・久松のカップルですが、團子さんはこの演目のおもしろさをどう感じていますか?
当時、十返舎一九の弥次さん・喜多さんの江戸から京都への珍道中記である『東海道中膝栗毛』が流行っていたから、出発点と終点を逆にして、『獨道中五十三驛』では京都から江戸への旅の中で物語が展開していくようにしようというのが南北の発想で、その心意気というか、遊び心からしてもう奇想天外です。そういう飛び抜けた発想が出るのは、当時の江戸の町人文化が発達していたことの表れだと思うんです。南北作品の持つ、てんこ盛りのエンタメを大切にしたいです。でもそれを表現するためにはまず基礎をしっかりやらなきゃいけないとも思っています。
――盗まれたお家の宝と盗賊たちを探して、長吉とお半は旅をしますが、そこで出会う人も團子さんが次々と早替りで演じられるのが見どころです。南北が手がけた早替りは『天竺徳兵衛韓噺』主演の初代尾上松助丈が工夫を凝らし、早替りにつぐ早替りを見せ奮闘したところ、その変化があまりに速いので「バテレンの妖術を使っている」と噂が立ち、奉行所の役人が劇場に調査に来て仕掛けを見せたという伝説も残っています。早替りを演じる上での意気込みは?
祖父である市川猿翁が『獨道中五十三驛』以前に、最多の早替り数に挑戦したのが1979年(昭和54年)4月に明治座で初演となった『伊達の十役』の10役でしたが、祖父はさらにその数を超えてやろうという意識で『獨道~』を復活させ、初演は芝居の部分で6役、踊りの部分で12役の合計18役を演じました。祖父は「おもだか」というファンクラブの会報誌の中の芸談で「早替りでいろんな女方のタイプを勤めることで、女方の基礎が身に着いた」と書いているので、私も今回の早替り舞踊に一生懸命取り組み、少しでも自分の基礎を固められるよう努めたいです。立役(敵役・老役などを除いた常識のある善人の男の役)の経験も少なく、女方となるとその数はさらに少なくなり、まず引き出しがない。今回は祖父も芸談で難しいと書いていた、女方から違う女方へと早替りが続く場面があります。立役から女方、もしくは女方から立役だと性別が変わるのでわかりやすいのですが、女方から女方への早替りは、性根やちょっとした仕草や動き方で変化を出さなければいけないので、その演じ分けがいちばん難しいかなと思っています。
祖父の芸談の内容や熱を帯びた文章からも、とにかく祖父は舞台にかける情熱がすさまじかったなと。どの舞台を見ても大汗をかいて、走り回って、とにかくお客さんに楽しんでほしいと思っているのが伝わってきて、その誠実さと情熱が祖父から受け継ぎたいスピリットです。早替りは、役者本人もちろん最大限努力しますが、物理的にできることが限られていて。裏の皆様に支えていただいて、初めて実現できること。裏の皆様としっかり息を合わせて、早く出てこれるように努めたいと思います。
――13役の中で、現在の團子さんと最も遠いキャラクターだと思うのが「土手の道哲」の中年坊主だと思います。コミカルな所作・声色・仕草が求められるお役で、かなりの「ギャップ萌え」が期待できる役柄だと想像していますが、この役をどう演じようと思っていますか?
年齢的にかなりおじさんに見えるように少しオーバーに演じてちょうど良くなるのではないかなと思っています。結局は若めに見えてしまうのはしょうがないことなので、その中でいかに道哲の雰囲気、性根に近づけるか、挑戦していきたいです。
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「祖父・二代目市川猿翁に憧れて追いかけているというのがいちばん大きい」
――團子さんはつねづね、歌舞伎や踊りの所作に対して基礎を学ぶ間は「楷書(漢字を一画一画きちんと書き、点画を省略せずに正確に表現する書体)であること」を意識していると話されています。ただ、今回の南北の世界観は、最初からタガが外れた物語の設定となっていますので、脱楷書の表現となりますか?
「楷書」の意味のとらえ方にもよると思うんです。祖父の演目のビデオがたくさん残っていて、それを見ると、たとえば道哲などのキャラクターは、楷書でやってはつまらないので、崩して演じているんです。だからといって自分が最初から崩して演じるのは違うと考えていて、まずは祖父がどう崩して演じたのかを分析して、その動きを自分らしく楷書でやれたらなと思っています。
――なるほど、アプローチとしてはすごく複雑で、どう舞台に立たれるか楽しみです。今回の演目は"陽"の部分が強いですけど、鶴屋南北と言えば『桜姫東文書』のようにドロドロとした因縁話も有名です。将来的に挑戦してみたい演目なり、お役はありますか?
南北の色悪(女性の人生を翻弄する悪の魅力があふれる男役)で、『東海道四谷怪談』の民谷伊右衛門はかっこいいと思いますし、『法懸松成田利剣(けさかけまつなりたのりけん)』の与右衛門も魅力的で、それこそ南北ではないですけど、『仮名手本忠臣蔵』の五段目に出てくる斧定九郎もとってもいい役だなと思います。
――22歳で大きなお役に挑まれていますが、ご自身の「任(歌舞伎の用語で、役者の演技と役柄の雰囲気が合致していること)」を意識されますか?
こういう役が似合うかな、似合わないのかなと考えたりはしますけど、それこそ「楷書」とは何かも含め、若い間はいろんなお役を勉強したい。そもそもまだ、役を選べる身分じゃないです。まずは頂いた役をしっかり演じることに集中したいですね。
――先日、フィガロジャポンで市川染五郎さんにインタビューしたとき、表現者としての姿勢として「いろんな役を歌舞伎で演じさせていただいている中で、驚かせたいなっていう気持ちはありますよね。(中略)それはお客様に対してもそうですし、(中略)特に同世代の役者にはびっくりしてもらいたいなという思いはあるかもしれない」と話されました。同世代の役者の中にはおそらく團子さんが入っていらっしゃると思います。去る2月10日に配信された「歌舞伎夜話」というオンライントークでは團子さんは年の近い染五郎さん、尾上左近さん(5月に3代目尾上辰之助を襲名予定)と対談され、3人で演じたい演目の構想などをすることがあると話されていましたが、おふたりはどういう存在ですか?
自分のモチベーションで言ったら、まずはとにかく祖父・二代目市川猿翁に憧れて追いかけているというのがいちばん。そして歌舞伎役者の先輩の作品を見て刺激をいただいていて、頑張んなきゃって思います。その中で同世代の人が頑張っていたり、いまの自分ではできないことに挑戦しているのを見るとすごく興奮するし、負けてられないっていう気持ちは倍以上になります。
――トークでは、いつかやってみたいお役で團子さんと染五郎さんは『三人吉三』なら和尚吉三がいいなど、意外と好みが重なっていましたね。
確かに結構、やりたい役が被っていましたね(笑)。被ってもギスギスしないのがいいなあといつも思っていて。
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――松竹は、若い観客層に向けて、敷居が高いと思われがちな歌舞伎に触れる機会を増やすため、昨年10月から歌舞伎座では25歳以下の観客を対象とした当日券の割引制度「歌舞伎座U25 当日半額チケット」の販売を始め、私も目に見えて若い観客が増えていることを体感しています。今回の『獨道中五十三驛』は新宿歌舞伎町にあるTHEATER MILANO-Za (東急歌舞伎町タワー6階)での公演でも、初めての歌舞伎の観客でもわかりやすく入れるように、人気声優の方たちによる「朗読で楽しむ歌舞伎 こえかぶ」も同時に開催されます。舞台の上から見ても、歌舞伎の観客の裾野が広がっている変化は感じますか?
舞台上は基本的にライトが強めに当たっているので、お客様のひとりひとりの様子は実はよく見えないんですけど、たとえば昨年出演した『火の鳥』は照明がそこまで強くなかったので、お客様の様子が見える時もあり、幅広い世代のお客様に観にきていただいているという印象を感じました。
今回、THEATER MILANO-Zaでの公演ですが、新宿は行ったことはありますが、歌舞伎町には行ったことがないんです。歌舞伎町という町の名前の由来は、元々、第二次世界大戦後の復興計画で歌舞伎の劇場を建設する予定があったから付けられたと聞いています。昔、多くの人がここで歌舞伎をやりたいと願った場所で、大衆芸能からスタートした歌舞伎をやれることはライブ感も含めて親和性があるし、意味のあることですよね。THEATER MILANO-Zaでの歌舞伎公演は2024年に中村勘九郎さん、中村七之助さんの中村屋さんが一回目の歌舞伎町大歌舞伎をはじめられ、昨年2025年は市川團十郎さんが安倍晴明を題材にした新しい邦楽劇『SEIMEI』を公演され、今年、『獨道中五十三驛』があり、歌舞伎が根付いて、広まっていくひとつの入口になるかもしれない。とてもうれしいことです。
――『獨道中五十三驛』の公演ポスターには歌舞伎の扮装の團子さんの背景に、靖国通り沿いにある有名な「歌舞伎町一番街」の真っ赤なアーチとにぎやかな飲食店の看板がデザインされていますが、そこにしれっと本名であるお名前がついたとんかつ店の看板が忍び込んでいますね。とんかつ好きの團子さんのアイディアですか?

最初は実在のお店の名前が入っていたんですけど、ご迷惑がかかるかもしれないとデザインチェックの時に削除されたのを「僕の名前のとんかつ店の看板をいれてもらえませんか」と僕のわがままを聞いていただいて実現したんです。なぜそんなにとんかつが好きなのかというと、僕にもよく分かりません。「羽虫はなぜかは知らんだろう。それでも飛ばずにいられないのだよ」ではないですが、とにかく好きなんです。ちなみに今日もこの取材の前にとんかつを食べてきました。最近「とんかつ百名店」巡りを始めだして、いまは15店ほど行ったかな。僕はペーパードライバーなので友人の運転で遠方から攻めております(笑)。
――2026年は大河ドラマ「豊臣兄弟!」で森蘭丸を演じる予定ですし、7月には新作『もののけ姫』でのアシタカ役も控えています。新年にインスタグラムで、アニメーションの作画チームがモデルにしたという屋久島の白谷雲水峡からのルートで縄文杉を見に行ったことを報告されていました。以前から『義経千本桜』のために吉野山に行かれるなど、役へのアプローチとして実地への訪問を大切にされていますが、どういうことを感じますか?
白谷雲水峡からのルートはアップダウンがあって、大変でした。山の中で一泊しましたが、誰もいないし、真っ暗で、静かで、本当に闇の中に何か潜んでいるようでトイレに行くのも怖いくらいで。
ゆかりの場所に行くというのは、自分で思いついたことではなく、先輩たちが演目に関係する場所にお参りしている姿を見てやり始めたことですけど、実在の人物の住んでいた場所やお墓を訪ねてご挨拶をさせていただくと、自分の中でふっと腑に落ちるものがあって、その感覚は舞台に立っているときにお守りになってくださったり、助けになってくださいます。『獨道中五十三驛』は京都から日本橋までの53の宿場町を舞台にしているから、本当はすべての宿場のあった場所を訪ねたいくらい。5月の公演までの間でさすがにそれは物理的に難しいですが、いつかは行ってみたいです。
会場:THEATER MILANO-Za
東京都新宿区歌舞伎町1-29-1 東急歌舞伎町タワー6階
上演日:2026年5月3日(日・祝)~5月26日(火)
出演/市川中車、市川團子、市川笑也、市川笑三郎、市川寿猿、市川青虎
「こえかぶ」出演者/置鮎龍太郎、福山潤、細谷佳正、小林裕介、内田直哉、櫻井孝宏、石谷春貴、蒼井翔太、野島健児、山口勝平、速水奨、内田夕夜、東地宏樹、関智一、岡本信彦、森久保祥太郎、吉野裕行(日替りで出演、出演日順)
主催/Bunkamura、TSTエンタテイメント、東急
企画・制作/松竹株式会社 製作/Bunkamura
チケット購入:https://my.bunkamura.co.jp/ticket/ProgramDetail/index/5498
公演オフィシャルHP:https://www.bunkamura.co.jp/cocoon/lineup/26_kabuki/
エンケル 03-6812-9897
シップス インフォメーションセンター 0120-444-099
text: Yuka Kimbara photography: Sakai De Jun hair&make: Chisato Mori styling: Nao Nakanishi





