「声を上げることを恐れないで」 『虎に翼』脚本家の吉田恵里香と考える、社会を変える最初の一歩。
Society & Business 2024.12.20
日本初の女性弁護士をモデルにしたNHKの連続テレビ小説『虎に翼』。日本国憲法が施行される以前、家父長制が色濃く残る100年ほど前の東京を舞台に、弁護士を目指す主人公と、彼女を取り巻くさまざまな立場の登場人物が奮闘する姿が描かれた。
2024年、ジェンダー・ギャップ指数が146カ国中118位の日本だが、ドラマを見て当時とあまり変わっていない状況も多いと感じた視聴者は少なくなかっただろう。脚本を手掛けた吉田恵里香に、フィガロジャポンBusiness with Attitude(BWA)アワード2024のテーマでもある「新しいスタンダード」について聞いた。
▶︎BWAアワード2024:新しいスタンダードを築き上げる、3人の女性の物語。
「番組終了後、これまで疎遠になっていた友だちから連絡をもらってうれしかったですね」と吉田は言う。
これまでBLやアロマンティック・アセクシュアルなどを題材に現代劇を描いてきた彼女にとって、100年前の時代を描くのは初めての挑戦だった。準備段階を含めて約2年を費やした『虎に翼』だが、朝ドラという幅広い視聴者に向けて発信した物語は、多くの人に響いたと感じている。「自分の人生について考えるきっかけになった、自分がイヤだと思うことはイヤと言っていいんだという声を多くいただきました」
伊藤沙莉演じる寅子(ともこ)は、人生の岐路に悩む女性たちに向かって「どっちを選んでもいい。あなたが選択肢をもつことが大事だから」と言う。このセリフについて吉田は「こうあるべきとか、どっちが良い悪いと決めつけるのが苦手で。いろんな選択肢の中から自分がいいと思えることを選んでハッピーになることが豊かな社会といえるのではないでしょうか」と話す。
現実問題として歳を重ねるにつれて人生の選択肢は減っていくが、個人の力ではどうにもならないこともある、と吉田。
「個々の努力には限界がある。だから社会の仕組みを決める人たちが変わらないと大きな変化は起こらないと思うんです。進むべき道が、制度や格差、ひいては個人の意思の強さに左右されてしまうのは違うんじゃないか」
時につまづきながら茨の道を切り開いてゆく寅子に、現代の女性たちもまた自らを重ね合わせた。
「日本企業の年功序列システムが崩壊した現代では、誰もが正解が分からずに道を歩んでいます。そんな中で自己責任だけが求められるいまの社会はおかしい。自分が芽を出した場所で花を咲かせなさいと言う人がいますが、私はそれがすごくイヤ。ポカポカの日向で水もたっぷりある場所で育った人と、乾涸びた日陰で育った人を一緒に比べるのはおかしいと思う」
---fadeinpager---
「味方は見えないところにきっといる」
自らは家族の支えもあり、恵まれた環境にあるとしながら、「恵まれた環境だからこそできることもある。恵まれているお前が言うな、じゃなくてみんなで社会をよくしていけるといい」。そのためには声を上げる必要があると吉田は続ける。
「子育て中で時短勤務で働いている女性は、お給料が減っているのになんとなく後ろめたさを感じてしまう。同僚はその分余計に働かなくてはならなくて不満に思っている。不満の吐け口は立場の弱い人に向けられがちだけど、訴えるべきは会社の上層部。そこで声を上げる人がいれば、世の中は少しずつ変わっていくのではないでしょうか」
社会を変えるためには声を上げていくこと。それはドラマでも繰り返し描かれてきた。「たとえ法廷で勝訴できなくとも、誰かが声を上げたという事実は判例として残るんです。すぐに成功体験に繋がらないかもしれないけれど、最初の一歩を信じて踏み出してほしい。私はこの作品を描いたことで味方が増えたと感じています。同じ志や気持ちを抱えている人がいることに気付けた。味方は見えないところにきっといる。私も挑戦する人の味方でありたいと思います」
声を上げることをためらっている人に向けてアドバイスを尋ねると、「よく、『私はフェミニストではありませんが......』と前置きする人がいますが、自分がどちらかに偏ることに恐怖を抱いている人は多い。いまのスタンダードだってもともとはどちらかに偏った人たちが作ってきたものなんだから、それを恐れていては新しいスタンダードは生まれないですよね」
ただしどんな時でも自分本位でいてほしいと付け加えた。「心が折れてしまうと立ち上がるのに時間がかかります。無理せず全部背負わなくていい。いまはお休み中だけど、頑張っている人の応援をする、でもいいと思う」
社会がうまく回っていないとき、人は過度な道徳観でお互いを縛ろうとする傾向にあると吉田は言う。そんな時に人々の心に寄り添ってくれるのがエンターテインメントだ。「報道ではなくて娯楽を作っているのだから社会的責任はありません、という時代じゃない。私にできることは少ないかもしれないけれど、光の当たらない人たちに向けて響くようなメッセージを伝えていきたいです」
【関連記事】
あのドラマの裏話も! 4人の名脚本家にインタビュー。 Vol.4吉田恵里香
「光る君へ」を手がけた脚本家・大石静に独占ロングインタビュー!
photography: Yuka Uesawa hair & makeup: Kaori Kubota (AKA) text: Junko Kubodera