『自分だけの音』を探し続けて——江﨑文武ロングインタビュー。

Culture

音楽家、江﨑文武。ある時期まではWONKやmillennium paradeでの活動からその活躍を知られることが多かったが、現在はVaundyや藤井風らのサポートや、映画・ドラマ音楽まで手掛け、その活躍の場は広がるばかりだ。そして今回のロングインタビューで見えてきたのは、「自分だけの音とは何か」という問いを追い続ける姿だった。

Ayatake Ezaki/音楽家。1992年福岡市生まれ。ピアノを中心に、鍵盤楽器、電子音、環境音、静寂の気配を行き来しながら、内省的な音楽を制作している。音が鳴る瞬間だけでなく、その前後に生まれる余白や、響きが消えたあとに残る気配に関心を寄せる。日本建築や空間論における“光”や“間”の感覚にも影響を受けながら、音と静寂、記憶と風景、個人と空間のあいだに立ち上がる音楽を探求している。NHK FM「江﨑文武のBorderless Music Dig!!」パーソナリティ。西日本新聞「Otogiki」、NHK出版『みんなのうた』連載など、音楽をめぐる言葉の活動も行う。2026年2月25日、セカンドアルバム『Whispers of Silence』をリリース。

挫折から開眼したWONKでの音楽観

――そもそも東京藝術大学に入る時には、どういう将来を描いていたのですか?

音楽環境創造科という専攻で、映画音楽を作る人になりたいとは思っていました。でも、入学して石若駿(ドラムス)や上野耕平(サックス)といった次元の違う演奏家に出会ったことで、早々に挫折してしまったんですよね。

――では、現在のキャリアへの道程を振り返るにあたり、いちばんの転機となったのは?

WONKのデビューアルバムの『Sphere』(2016年)がたくさんの人に届いたことですね。それが初めて、自分が音楽だけで生活を成り立たせられると思えた瞬間だったので。

――WONKを結成するまでの流れを教えてください。

1年生の時に調べて、早稲田大学のジャズ研に入部して通い始めました。地元福岡で中学生の頃からジャズトリオを組んで活動していたこともあって、アコースティック至上主義だった早稲田大学のジャズ研はすごく楽しかったんです。その一方でサークルを通じて知り合った慶應のサークルって、いまの音楽をやる人たちが多くて。そこで荒田洸から電子楽器の打ち込み的なサウンドと生楽器をミックスさせたような、J ディラの作品やディアンジェロなどを教えてもらうようになり、彼の誘いで井上幹や長塚健斗と4人で結成しました。

WONK 「Midnight Cruise」

――ザ・ルーツとか、それこそクエストラヴ、ロバート・グラスパーとか。

そうです。ハイブリッドなサウンドが世の中に出始めた時代だったんですよね。あと大きかったのは、手軽にDTMができるようになったことで、お互いにノートパソコンを持ち寄って、録音技術の技法などを学び合えたんです。藝大で同級生だった常田大希もDTMPの最初のアルバムを作っていたので、「録音芸術っておもしろい」って盛り上がっていました。

――そしてWONKはメジャーと契約をするのではなく、自身の会社epistrophをすぐに設立したんですよね。

そうですね。ちょうどフィジカルからデジタルストリーミングに転換していく時期だったこともあって、1枚アルバムが売れた後って、「次の作品を作らないと!」「毎月シングル出さないと」みたいな焦りがあって。ただ自分たちは「健康的に音楽を続けていかなくては」という意識があったので、自分たちで音楽の権利を管理する会社を作って、そのための仕組みを整えようみたいなことは、その時に思っていました。

サポート仕事から映画音楽まで

――サポートのお仕事は多くても、基本、歌ものには興味がないのでしょうか?

そうですね。小さい頃から楽器をやっている人には多いかもしれないんですけど、僕は言葉より先に音が入ってくるので、どうしてもサウンドを重視してしまって、歌詞の情報があまり頭の中に入ってこないんです。

――でも、音楽面で刺激になることは多いですか?

はい。たとえば海外ツアーに同行した藤井風さんのサポートは、これまでのサポート仕事の中でもいちばん大変でした。海外だからというのではなく、ご本人がすでに理想の世界を鍵盤で表現されているから、それを再現する難しさがありました。彼は結構強打するタイプですけど、僕は全然強打しないから、そもそも音色も全然違う。だから常に自分にない世界を開いてくれるのがサポートの仕事で、そこで得た新しい感覚は自分のバンドや、自分のソロに還元されていくことはあると思います。

今年4月、藤井風が世界最大級の音楽フェス“コーチェラ”に出演した際の写真。右から3人目が江﨑。

――その一方で、内省的な音楽が好きなのはいまも変わらないですか?

そうですね。誰にも見せていない自分の部分を、音楽を通して外に出していく――そんな感覚なのかもしれません。自分の内側にある世界を唯一出せる場所がソロの活動なので、昔から変わらない自分と対話しているような感じです。

――ドラマの音楽や映画音楽をたくさん担当されていますよね。たとえば「黄金の刻〜服部金太郎物語〜」(24年、テレビ朝日ドラマプレミアム)はオーケストラのクラシック音楽主体でしたが、『#真相をお話しします』(25年、豊島圭介監督)はストーリーに沿うように音楽も多様で面白さ満載でした。

本当に幕の内弁当というか、「全部入り」のような作り方をしなければいけなかったので、楽しさもありつつ、大変でした。映画自体がオムニバス形式の短編集を繋ぎ合わせたものだったので、まったく異なる音楽ジャンルも手がける必要がある。だからこそ、これまでいろいろな音楽ジャンルの人たちと関わってきて良かったなと思います。今クールのテレビ朝日のドラマ「クロスロード〜救命救急の約束〜」の音楽も担当させていただくなど、いろいろなことに挑戦しています。ただ、そろそろソロ作の延長線上にあってもなんら不自然ではないものを中心にしていきたいとも思っています。

『秒速5センチメートル』で使用された「Nostalgia」のMV

――そういう意味では、『秒速5センチメートル』(25年)では既存の江﨑さんの曲が使われていましたね。

まさに奥山由之監督との出会いと、奥山組との出会いといった方がいいかもしれないですけど、好きなものが重なっている人たちで、ものづくりに向き合うベクトルが全員揃っているからこそ、すごく力の籠った作品ができるとは思いました。「この状態がいちばん心地いい」という環境を整えて作品に向き合う姿勢や、ものの捉え方にとても共感しています。

40代までに、自分だけの音を作りたい

――「整える」という美意識的なものの影響はどこから?

中学生の頃にiPod nanoに衝撃を受け、Appleを通じてディーター・ラムスのデザイン思想に出会いました。音楽においても、「こういう設計でこういうふうにしたい」といった作り方、つまり、アルバムジャケットのことも考えてみたり、達成されるべき像を最初に思い描いてから制作していくほうが心地いいんです。

インタビューは整然と楽器が並ぶ、自宅の一室で行われた。photography:Pay

――江﨑さんのサウンドの美学といえば、フェルトピアノを使った「Felt」という曲がすぐに浮かびます。

あれも先人がたくさんいらっしゃいますけど、フェルトを挟んだアップライトピアノを堂々といろんなところで弾くのは、僕は結構早かった方かなとは思いますね。いまいちばん興味のあることは、ピアノにしてもシンセサイザーにしても、音色そのものから自分で作ることが、これから生き残る方法だと思っていて、音楽というよりも、音の風景みたいなものを紡いでいくことに関心があります。なんとなく40代までには自分だけの音を作って、その地平が見えていたらいいなと思っています。

――その音の響きについてもこだわりを強く感じます。探し求めているサウンドの原点は何なのでしょう?

幼少期の自分が見ていた世界を、思い出させてくれるとか、肯定してくれるようなサウンドにしたいとはいつも思っています。真の意味で自分がクリエイティヴだったなって思うのは、社宅の友達と水溜まりを3時間くらい囲んで、そこに人形を並べたりとかしてずっと遊んでいた頃。いまは水溜まりなんて、ただ水溜まりにしか見えないけど、当時の自分はそこに湖だったり海だったり、いろんなものを見ていたわけで、その感覚に戻りたいみたいな感じですね。

ライブ映像 「5cm/s Original Sound Track Concert」(2025)より

――WONKの取材の時に話しましたが、初めての日本語歌詞の曲となった「Umbrella」には童謡のような懐かしさを覚えたのですが、それは小学生の時に唱歌の伴奏を担当していたことも関係していますか?

それが唯一、僕にとっての歌ものだからかもしれないですね。学校教育などで歌ってきた童謡唱歌みたいなものが、結局自分にとって歌メロを作るときの唯一の拠り所なのだと思います。ビートルズやクイーンとかも聴いていたんですけど、洋楽における歌メロと邦楽における歌メロって作りが違うなとは思うので。

――中学一年の時に、「福岡青少年音楽の翼」という地元のジュニアオーケストラでフランスのボルドーへ行った時に、「アルルの女」よりもオリジナルの民謡メドレーが好評で、日本らしさを大切にすることに気づいたそうですね。そこも関係ありますか?

まさにその通りです。ソロで歌ものを作るときに、いわゆるJ-POPの流行のものにのせて当てに行こうという方向ではなくて、NHKの合唱コンクールなどにアレンジし直せそうな方向で作ろうと思っているのは、そこに日本の独自の色があると、僕は思っているから。海外に行った時に初めて、「日本人だからこそできることをやらないと、みんな興味を持たないんだな」と気づいたからです。日本人がフランス的なことをやっても、「いや、それは私たちの文化ですから」という顔をされるというか、ドイツ公演の時もそうでした。内側を見つめ続けないと、本当の意味では外に出ていけないんだなと思っていて。アニメーションの世界って、それを本当の意味でちゃんとやれたからこそ、いまこうやって日本のアニメが世界中で広がっているんだろうなって、すごく思うんです。

音楽教育は上手さではなく、好きな音を見つけること

――一時期、子どものための音楽を楽しむプロジェクトを主宰していましたよね?

はい、音楽は特別な才能ではなく、我々が声を出して喋っているのと同じぐらい、誰にとっても等価な表現手段だと思うんですね。明治政府の時の西洋音楽中心の教育の影響で、未だに“上手に演奏できない、歌がうまくない=音楽の才能がない”みたいな価値観が残っていることにすごく違和感がある。それはヒップホップのアーティストと一緒に仕事をするようになって、さらにその思いが強くなったというか。彼らは別に楽譜や楽器の知識がなくても、かっこいいビートや曲を作れる。だから学校教育は“上手さ”ではなく、“自分が好きな音”を見つける手伝いをするべきということを強く思っています。

――今後もそういった教育に力を入れていきますか?

そうありたいなと思いつつ、物理的に時間が取れなくなってきていて。いまは信州大学の教育学部で、毎年1コマを担当させていただいています。現場の人間として、音楽教育の世界はこういうふうにやるべきだといった、“聞く教育と好きな音を見せる教育”というものを中心に据えてほしいと学生に伝えていきたいと思っています。

自分の手で音楽をちゃんと届けに行く

――最後に、「これだけは音楽に関して譲れない」というものがあれば教えてください。

「自分で音楽をちゃんと届けに行く」ということを貫きたいですね。アルゴリズムやタイアップによってドンっとバズることなどあると思うんですけど、そういったものを期待して頑張るより、今回47都道府県を回ろうとしているということ自体に意味がある気がします。やはり人は人に惹きつけられるというか、演奏者と観客の信頼関係があってこそ生まれる温かさをとても感じているので、どんな規模感になっても、「自分の思想に則ったものを作り、自分の手で奏で、届ける」、それだけはやっていきたいなと思っています。

――いまはアルゴリズムのプラットフォームからヒット作が生み出されていくような時代と言われていますが。

本当にそう言われますよね。ただ、僕はアルゴリズムでのヒットにはあまり興味がなくて。あり方としては、銀座の“空也の最中”とか、“たちばなのかりんとう”のような感じで、自分たちの目の届かない拡大みたいなことはやらずに、自分たちの美意識が貫けて、自分たちの手でちゃんと届けられる規模感で続けていきたいです。

現在開催中の『江﨑文武2026 JAPAN TOUR』から。左から、1月に開催された佐賀県・浪漫座、熊本県・カリーノMSビルでの演奏風景。撮影:Pay

――最後に、現在行っている全国47都道府県を巡るライヴツアー『江﨑文武2026 JAPAN TOUR』について。私が行った日立シビックセンターでの公演はピアノ1台の演奏でしたが、シンセを使う会場もあったそうで、機材は会場によって変わるのですか?

はい。今回、僕は建築が好きなこともあって、名建築もしくは美術館縛りみたいな感じで会場を決めています。そしてその場所の持っている佇まいを最優先しているので、その会場の環境に合わせて演奏しています。今回、「地元に来てくれるので、聴きに来ました」という若い方も多くて。普段会えないような方々に会えて、お話しでき、自分はそういうリスナーさんたちに支えられていると実感しています。

――ぜひ、ほかの会場での演奏も伺ってみたいです。

ありがとうございます。僕自身も、ソロでひとりだから行けるその会場で生まれる演奏や皆さんとの出会いを楽しみにしています。

その土地、その会場だからこそ生まれる演奏や出会いを大切にする江﨑文武。その根底にあるのは、「自分の音を自分の手で届けたい」という思いだ。理想のあり方を「銀座の空也の最中」のようだと表現したように、目の届く規模で、美意識を貫きながら続けていくこと。WONKでの活動やミュージシャン仲間との演奏、映画音楽やソロツアーまで。そのすべてを横断しながら彼が探しているのは “自分だけの音” 。そこから広がる新たな地平にも期待していたい。

『江﨑文武2026 JAPAN TOUR』情報はコチラ→https://ayatake.co/#live

*To Be Continued

伊藤 なつみ

音楽&映画ジャーナリスト/編集者

これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。