ドロテ・ジルベール、裸足でアデューの2日後に新たなる旅立ち。

Paris

パリ・オペラ座の配信プラットフォーム「POP」でライブ配信が行われることが急遽決定した、10月15日のドロテ・ジルベールの異例のアデュー公演。それでも19時30分の開演前にはオペラ・ガルニエのチケット売り場に、諦めきれずに当日券を求める長い行列が。劇場内は彼女の最後のステージを見逃せないという人々で、最上階まで一席も残さず埋め尽くされて幕が上がる前から熱気が空間に漂っていた。当夜の『マノン』は彼女がこの作品とともに一緒に成長したというパートナーのユーゴ・マルシャンと。仕事に同じ姿勢で向き合っているというふたりの舞台はこの晩に限らずつねに完成度の高いものなのだが、それでもやはり最後の公演は特別なものだった。踊るふたりの心が語り合っていたからだろうか、ともに、つねに高みを目指し、精進してきた年月の結果をはっきりと見せた感動あふれるステージ。至高のアルケミーに、観客は圧倒されるしかない。まさに有終の美を飾って彼女はパリ・オペラ座のステージに別れを告げたのだ。

『マノン』第1幕、出会いのパ・ド・ドゥ。photography: Maria Helena Buckley/ OnP
最新男性エトワールのトマ・ドキール(左)がマノンの兄レスコー役で好演した。photography: Maria Helena Buckley/ OnP
第2幕ではマノンの道徳観念のなさを見事に演じてみせたドロテ。photography: Maria Helena Buckley/ OnP
第3幕、沼地でのマノンの最期にデ・グリュー役のユーゴの悲痛な叫びが聞こえてくるようだった。photography: Maria Helena Buckley/ OnP

公演後の通常のカーテンコールに続き、いよいよゴールドの星が降り注ぐ別れの儀式。踊り終えた直後は涙を見せたドロテだったが、この時にはいつもの笑い上戸に戻り、『マノン』に出演したダンサーたちと観客席の間を両手でハートマークを作って何往復も。いつの間にかステージ前方にはピンクのバラの絨毯が演出され、それを避けながら歩く彼女。最初に花束を持ってステージに現れたのは芸術監督で現役時代はドロテのパートナーのひとりでもあったジョゼ・マルティネスだ。その後、ニコラ・ル・リッシュ、マニュエル・ルグリ、アレッシオ・カルボーネ、マチュー・ガニオ、カール・パケット、ギヨーム・ディオップといった過去・現在のパートナーたち、それにアニエス・ルテステュ、クレールマリ・オスタ、リュドミラ・パリエロ、アマンディーヌ・アルビッソンといった女性エトワールたちも登場し、19年間エトワールを務め上げたドロテを抱きしめた。

最上階の天井桟敷の観客も忘れず、劇場を埋める総立ちの観客に笑顔で感謝の気持ちを表し続けた彼女。その晩履いていたトゥシューズを観客席に片足ずつ投げるというサプライズを行い、会場を沸きに沸かせた。ステージの後方中央には、カメラを抱えたドロテの夫ジェームズ・ボルトの姿が。彼女のアデューまでの1年のドキュメンタリーを彼は制作中で、それは来年ディズニー・チャンネルで放映されるという。

観客席に向かい、何度もハートマークで感謝を伝えたドロテ。photography: Julien Benhamou/ OnP
上から降り注ぐゴールドの星。そのひとつが彼女の背中にも。photography: Julien Benhamou/ OnP
ジョゼ・マルティネス芸術監督が花束を抱えて登場。photography: Julien Benhamou/ OnP


ユーゴのコーチでトゥシューズを投げ終わった後、コスチュームの肩紐に手をかけてそれも投げそうになるポーズをとった彼女に会場は大笑い。video:Mariko Omura

左:トゥシューズを観客席に投げた後、裸足となったドロテ。夫ジェームス・ボルトが後方で撮影を続ける。 右:パートナー、ユーゴ・マルシャンと最後の別れ。photography: Mariko Omura
満席の会場、明るい別れの儀式は30分続いた。photography: Julien Benhamou/ OnP

30分の観客とのやりとりに幕が降り、その後、舞台裏でドロテが団員たちに向けて簡単なスピーチを行った様子がインスタグラムで紹介されていた。トゥールーズ出身のドロテは1994年に4エム・ディヴィジョンからパリ・オペラ座バレエ学校で学び始め、カンパニーに入団したのは2000年(ちなみにこれはギヨーム・ディオップが生まれた年である)。2002年にコリフェ、2004年にスジェ、2005年にプルミエール・ダンスーズに昇級し、そして、2007年にエトワールに任命された。その間、仕事に対する努力を惜しまず、自分の踊りを向上させることに専心し、それは最後の日まで変わることがなかった。若いダンサーたちにとって、素晴らしい模範的存在のドロテ。“大変な仕事だけど、大勢の観客を喜ばせる素晴らしい仕事をしているのを忘れないように”と団員たちに言葉を残したのだ。

グラン・フォワイエでのセレモニーではジョゼもドロテもスピーチで語ったのは彼女の両親についてである。トゥールーズで経営していた会社を畳んで、バレエ学校で学ぶドロテとともにパリに引っ越してきた彼らのサポートがどれほどドロテに貴重だったか。この晩、レジオン・ドヌール勲章を受け取ったドロテ。壇上でドロテの胸に勲章を授けたのは、ブリジット・ルフェーヴル前芸術監督だった。

左:アデュー公演に先立って、髪をカットしたドロテ。レジオン・ドヌール勲章を胸につけて、セレモニーでスピーチ。 右:クチュール部門から彼女へのギフトは、『椿姫』第3幕の衣装。photography: Mariko Omura

セレモニーの終了は10月15日の零時を大きく回っていた。16日のオペラ・ガルニエでのミックスプログラム『Paysages intérieurs』はデフィレから始まったが、当然ながらドロテの姿はなく。女性エトワールの最後に行進するのは、今後5年間アマンディーヌ・アルビッソンだ。オペラ座の舞台を去ったドロテはというと、17日の早朝、彼女は南米のフランス領ギアナに向かう機上に。この地でのパリ・オペラ座のアカデミーのプログラムは2026/27が最終シーズンで、今季2つのプログラムの最初が首都カイエンヌで10月21、22、23日に開催された『ダンスの宵』。この公演でドロテはマチュー・ガニオと『マノン』第3幕のパ・ド・ドゥ、キャロリーヌ・カールソンの『シーニュ』を踊った。ともに参加したアリス・ルナヴァンとステファン・ブリヨンはシモン・ヴァラストロの『Elsewhere』とアンジュラン・プレルジョカージュの『ル・パルク』を。この公演にはオペラ座バレエ団を退団したダンサーであるアワ・ジョアネとマリオン・ゴティエ・ドゥ・シャルナッセも参加し、コンテンポラリー作品を披露。ピアノ演奏もあり、ギアナの子どもたちにとって素晴らしい内容のプログラムだった。

まっさらなキャンバスが前に広がっているよう。アデュー前に10月15日以降のイメージをこう語っていたドロテ。白いキャンバスを埋めてゆく新しい章をギアナで彼女はスタートしたのだ。

左からアリル・ルナヴァン、ステファン・ビュリオン、ドロテ・ジルベール、マチュー・ガニオ、アワ・ジョアネ、マリオン・ゴティエ・ドゥ・シャルナッセ。右はピアニストのアントワンヌ・デュテリ。photography: VincentLappartientStudioJadorecequevousfaites/ OnP

大村 真理子

madameFIGARO.jpコントリビューティング・エディター

東京の出版社で女性誌の編集に携わった後、1990年に渡仏。2006年から「フィガロジャポン」パリ支局長を務めた後、フリーエディター活動を再開。主な著書は『とっておきパリ左岸ガイド』(玉村豊男氏と共著/中央公論社刊)、『パリ・オペラ座バレエ物語』(CCCメディアハウス刊)。