マリア・グラツィア・キウリ、ディオールを離れる──詩的で力強さに満ちた9年間に幕。

Fashion 2025.05.30

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イタリア人デザイナー、マリア・グラツィア・キウリが、9年間にわたってウィメンズコレクションのアーティスティック・ディレクターを務めたディオールを退任する。彼女の確かなまなざしと揺るぎないフェミニズムの姿勢は、感性と知性を兼ね備えた女性像として、鮮烈なイメージを私たちに刻んだ。

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マリア・グラツィア・キウリ、最後のディオールのショーに登場。2025年5月27日、ローマで発表された2026年クルーズ・コレクションにて。photography: WWD / WWD via Getty Images

火曜の夜、マリア・グラツィア・キウリがディオールのために故郷ローマで披露した壮麗なクルーズコレクションは、モンテーニュ通りに本拠を構えるディオールでの最後のショーとなった。舞台となったのは、18世紀に建てられた美しいヴィラ・アルバーニ・トルロニア。1930年、ローマの伯爵夫人であり芸術のパトロンでもあったミミ・ペッチ=ブラントがパリで開催した「ル・バル・ブラン(白い舞踏会)」から着想を得たコレクションは、荘厳なフィナーレを飾った。その一方で、彼女の退任については何も発表されておらず、渦巻く噂をよそに、すべては謎に包まれたままだった。そしてついに、その噂は現実となった。5月29日(木)、ディオールはウィメンズコレクションのアーティスティック・ディレクターを9年間務めたマリア・グラツィア・キウリの退任を発表した。彼女は、ディオールの創設者クリスチャン・ディオールの後を継いできた歴代アーティスティック・ディレクターの中で、唯一の女性という存在だった。彼女が残したフェミニンな存在感は、ファッションの歴史とディオールの歩みに深く刻まれるだろう。

成功が約束されていたわけではなかった。2016年、マリア・グラツィア・キウリがディオールのウィメンズコレクションのアーティスティック・ディレクターに就任したとき、彼女はファッション界の2大天才、ラフ・シモンズ(2012〜2015年)とジョン・ガリアーノ(1996〜2011年)の後を継ぐことを自覚していた。それ以前も、メゾンの歴史を築いてきたのは名だたる男性クリエイターばかりだった。創業者クリスチャン・ディオールに始まり、イヴ・サンローラン、マルク・ボアン、ジャンフランコ・フェレらが名を連ねる。だが、イタリア出身の彼女は揺るぎない個性を持ち、そのキャリアは先人たちに決して見劣りしなかった。1964年生まれ。ローマのヨーロッパ・デザイン学院で研鑽を積み、フェンディでキャリアをスタートさせた。2008年から2016年までは、ピエールパオロ・ピッチョーリと共にヴァレンティノのアーティスティック・ディレクターを務め、確固たる地位を築いていた。

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マリア・グラツィア・キウリが初めて手がけた2017年春夏ディオールのショー。photography: Penske Media / Penske Media via Getty Images

「私たちはみんなフェミニストであるべき」

2016年9月30日、彼女はモンテーニュ通りのディオールで初となる2017年春夏プレタポルテコレクションを発表した。そこで披露されたのは、ディオールらしいモダンで洗練され、繊細さとスポーティさを兼ね備えた新たな女性像。観客を沸かせる内容だった。「本当に伝えたいのは、『女性はひとつの型には収まらない』ということ」と語り、彼女は強さと官能性を併せ持つフェンシング選手たちをランウェイに登場させた。なかでも特に注目を集めたのは、白いTシャツだった。胸元には、ナイジェリアの作家チママンダ・ンゴズィ・アディーチェの言葉を引用した「私たちはみんなフェミニストであるべき」の文字が大胆にプリントされている。このメッセージは瞬く間に話題となり、その象徴的な一着はInstagramを席巻した。

女性の視点、ただそれだけ

彼女とともに、「女性らしさ」という概念が再びモードの中心に戻ってきた。女性である彼女は、服に対して女性ならではの視点を強く主張する。つまり、単なる創作の幻想を追うのではなく(時にその「わかりやすさ」を批判されることもあるが)、シックでありながら快適さも兼ね備えたリアルな服作りを目指しているのだ。女性の体に寄り添う服であり、体を服に合わせるのではなく、服が体にフィットすることを追求する。彼女は毎シーズン、たっぷりのチュールスカートを大きなキュロットの上に重ねたり、伝統的な"バー"ジャケットをモダンに再解釈したり、グラフィカルでありながらグラマラスなアシンメトリーの白シャツを提案したりする。さらに、日常使いもできるパーティドレスにハードな印象のブーツを合わせるなど、型にはまらない自由なスタイルを打ち出している。アクセサリーにおいても、見た目の魅力だけでなく実用性も大切にしている。彼女のベストセラーには、スリングバックパンプス「J'Adior」、世界中でコピーされている刺繍入りのトートバッグ「ブックトート」、そしてリデザインされたバッグ「サドル」などがある。

マリア・グラツィア・キウリによるディオールの最高傑作

ディオール 2025年春夏コレクション。(パリ、2024年9月24日)
photography: Peter White / Getty Images
ディオール 2017年春夏オートクチュールコレクション。(パリ、2017年1月23日)
photography: Catwalking / Getty Images
ディオール 2018年春夏コレクション。(パリ、2017年9月26日)
photography: Victor VIRGILE / Gamma-Rapho via Getty Images
ディオール 2018年春夏オートクチュールコレクション。(パリ、2018年1月22日)
photography: Victor VIRGILE / Gamma-Rapho via Getty Images
ディオール 2018-2019年秋冬オートクチュールコレクション。(パリ、2018年7月2日)
photography: Victor VIRGILE / Gamma-Rapho via Getty Images
ディオール 2020年春夏コレクション。(パリ、2019年9月24日)
photography: Victor VIRGILE / Gamma-Rapho via Getty Images
ディオール 2020年春夏オートクチュールコレクション。(パリ、2020年1月17日)
photography: Estrop / Getty Images
ディオール 2020-2021年秋冬コレクション。(パリ、2020年2月25日)
photography: Victor VIRGILE / Gamma-Rapho via Getty Images
ディオール 2021年春夏コレクション。(パリ、2020年9月29日)
photography: Stephane Cardinale - Corbis / Corbis via Getty Images
ディオール 2021-2022年秋冬オートクチュールコレクション。(パリ、2021年7月5日)
photography: Stephane Cardinale - Corbis / Corbis via Getty Images
ディオール 2021-2022年秋冬オートクチュールコレクション。(パリ、2021年7月5日)
photography: Victor VIRGILE / Gamma-Rapho via Getty Images
ディオール 2022年春夏コレクション。(パリ、2021年9月28日)
photography: Victor VIRGILE / Gamma-Rapho via Getty Images
ディオール 2023年クルーズコレクション。(セビリア、2022年6月16日)
photography: Stephane Cardinale - Corbis / Corbis via Getty Images
ディオール 2023年クルーズコレクション。(セビリア、2022年6月16日)
photography: Stephane Cardinale - Corbis / Corbis via Getty Images
ディオール 2023年クルーズコレクション。(セビリア、2022年6月16日)
photography: Stephane Cardinale - Corbis / Corbis via Getty Images
ディオール 2022-2023年秋冬オートクチュールコレクション。(パリ、2022年7月4日)
photography: Victor VIRGILE / Gamma-Rapho via Getty Images
ディオール 2022-2023年秋冬オートクチュールコレクション。(パリ、2022年7月4日)
photography: Victor VIRGILE / Gamma-Rapho via Getty Images
ディオール 2023年春夏コレクション。(パリ、2022年9月27日)
photography: Stephane Cardinale - Corbis / Corbis via Getty Images
ディオール 2023-2024年秋冬コレクション。(パリ、2023年2月28日)
photography: Stephane Cardinale - Corbis / Corbis via Getty Images
ディオール 2024年春夏コレクション。(パリ、2023年9月26日)
photography: Estrop / Getty Images
ディオール 2024年春夏コレクション。(パリ、2023年9月26日)
photography: Estrop / Getty Images
ディオール 2024-2025年秋冬コレクション。(パリ、2024年2月27日)
photography: Peter White / Getty Images
ディオール 2024-2025年秋冬コレクション。(パリ、2024年2月27日)
photography: Peter White / Getty Images

アーティストとの親和性

マリア・グラツィア・キウリは、すべてのショーの舞台演出やセットデザインにおいて一貫した方針を掲げている。それは、「アーティスト、ビジュアルアーティスト、写真家、作家、振付師など、すべて女性と必ずコラボレーションする」ということ。その中でも特に記憶に残るのは、2020年春夏のディオール・オートクチュールショーで披露された、アメリカの活動家ジュディ・シカゴによる巨大な母なる女神の彫刻や、2021-2022年秋冬のディオール・オートクチュールショーでムンバイのチャーナキヤ工房とチャーナキヤ工芸高校によって刺繍された、造形作家エヴァ・ジョスパンの作品『Chambre de soie(シルクの部屋)』の豪華な壁掛けパネルなどがある。また、2020-2021年秋冬コレクションでは、クレール・フォンテーヌというコレクティブ(集団)が考案した、ネオンの点滅するショッキングなメッセージ「私たちはみなクリトリスの持ち主」や「家父長制は愛を殺す」といったフレーズも記憶に刻まれている。

世界を巡って

カリフォルニアの砂漠に佇むシャーマンのようなカウガールたち。シャンティイ城の馬小屋で、繊細なレースのスカートを翻すメキシコの騎馬女性たち。セビリアでは情熱的なフラメンコダンサー、アテネのスタジアムには女神の風格をまとうアスリートたち……。マリア・グラツィア・キウリが世界各地で描き出したクルーズコレクションのスタイルは、詩的でありながら力強く、彼女の名とともに記憶に刻まれるビジュアルの数々となっている。

メキシコでは気高く昇華されたフリーダ・カーロ、スコットランドの城の庭園では物語のようなスコットランド女王のメアリー・スチュアート。彼女たち、つまりマリア・グラツィア・キウリが描く力強いヒロインたちは、ディオールのフランス的エレガンスを昇華させるだけでなく、選ばれた各地のローカルな職人技をも際立たせる。アイコニックなディオールのアイテムを再解釈する、美しいクラフツマンシップとの協業がそこにはある。中でも際立つアーティスティックな融合として語り継がれるのは、2020年、イスラム建築の宝石、マラケシュのエル バディ宮殿で発表されたクルーズコレクションだ。この壮麗なコレクションのテーマとなったのは、アフリカの伝統文化。その中心となるのが、トワル・ド・ジュイ風のモチーフやタロットカードの図柄があしらわれたワックスプリント。コットンはアフリカで栽培・紡績・プリントされ、コートジボワールのデザインスタジオ兼工場「Uniwax(ユニワックス)」によって制作されたものである。

オートクチュールのフェアリーテイル

ディオールに宿る魔法のような世界観、マリア・グラツィア・キウリは、それをオートクチュールのショーごとに余すことなく体現してきた。新型コロナウイルスによるパンデミックという困難な時期でさえ、彼女は夢と希望を届けようと試みた。2021年春夏コレクションでは、映画『僕はキャプテン』で知られるイタリア人映画監督マッテオ・ガローネにショートフィルムの演出を依頼。この作品は、ディオールの歴史ともゆかりの深い「タロット」という占術をテーマに、幻想的な物語としてコレクションを映像化した。そして、その「魔法の世界」は、2025年春夏オートクチュールコレクションにまで続いた。そこに登場するのは、黒い羽根を逆立てたようなヘアスタイルをまとった、パンクな魅力の可憐なプリンセスたち。彼女たちは、マリア・グラツィア・キウリが新たに描いた「不思議の国のアリス」。インスピレーション源には、ルイス・キャロルの幻想的な傑作の世界があった。

女性同士の連帯感を胸に抱いて

彼女の強い女性像へのビジョンとフェミニズム活動は、MeToo革命に彩られた時代において大きな強みとなった。「私は生まれながらのフェミニストだと思う」と彼女はインタビューで何度も語っている。その言葉は単にファッションショーの舞台だけにとどまらない。

例えば2023年3月、彼女はディオールの2023年プレフォールコレクションをムンバイで発表することを選んだ。これはインドの刺繍の魂とも言えるカリシュマ・スワリという女性の仕事を後押しするためだ。彼女は伝統的に男性の手に限られてきたこの古来の技術を、インドの女性たちに守り継いでもらうべく尽力している。インスピレーションを与える闘いの物語と女性の連帯、これはマリア・グラツィア・キウリがファッション界で体現するふたつの根幹的な価値であり、この歩みはまだ終わらない。今や、彼女の物語の次なる章を共に描くため、どの名門メゾンが彼女を迎え入れるのか注目が集まっている。

From madameFIGARO.fr

text: Marion Dupuis (madame.lefigaro.fr) translation: Hanae Yamaguchi

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