衣装はシャネル! ホフェッシュ・シェクターの『レッドカーペット』、ガルニエ宮とアメリカで。
パリとバレエとオペラ座と 2025.06.25
シーズン2024/25を締めくくるのは、パリ・オペラ座バレエ団のためのホフェッシュ・シェクターによる創作『Red Carpet(レッド・カーペット)』だ。6月10日の初日を待たず、10月にサンフランシスコとニューヨークでも踊られることが発表された。パリ・オペラ座バレエ団のツアーというとクラシック作品が多いのだが、今年7月はアレクサンダー・エクマン創作『プレイ』での来日公演が行われる。これが女性20名、男性23名の大部隊なのに対して、アメリカで『レッド・カーペット』を踊るのは女性6名と男性7名の合計13名の創作ダンサーと小規模だ。ちなみに、『プレイ』で来日し、さらに『レッド・カーペット』で渡米するダンサーは10名。彼らはパリ・オペラ座のコンテンポラリー作品に不可欠な存在といっていいだろう。
『レッド・カーペット』より。この作品の13名の創作ダンサー中、アントワーヌ・キルシェール(プルミエ・ダンスール)、クレマンス・グロス(スジェ)、ユーゴ・ヴィリオッティを除く全員が来日公演『プレイ』に参加する予定だ。キャロリーヌ・オスモン(スジェ)、イダ・ヴィイキンコスキー(スジェ)、ロレーヌ・レヴィ(コリフェ )、アデル・ベレム(カドリーユ)、マリオン・ゴティエ=ドゥ=シャルナッセ(カドリーユ)、アレクサンドル・ガス(スジェ)、ミカエル・ラフォン(スジェ)、ユーゴ・ヴィリオティ(コリフェ )、ジュリアン・ギュイマール(カドリー)、ルー・マルコー=ドゥルアール(カドリーユ)の10名だ。photography: Julien Benhamou / OnP
日本でも公開されたセドリック・クラピッシュ監督の映画『ダンサー イン Paris』に振付家として出演しているので、シェクターの名前は日本のダンスファンには未知ではないはずだ。オペラ座で初めて踊られた彼の作品は、女性ダンサー8名による『The Art of Not Looking Back』。2008年のことで、公演に際して客席で耳栓が配られたため、これは彼の名前について回るエピソードとなっている。その後、『Uprising』『In Your Rooms』が2022年にレパートリー入りを果たした。これらはどれも彼のカンパニーのため創作された作品であるのに対し、それに対して『レッド・カーペット』は彼が自分のカンパニー以外のために初めて創作した作品である。彼が選んだ13名は過去の3作品で知り合い、関係を深めたダンサーたちだ。この作品の開演に向けて、5月19日にはオペラ・バスティーユの地下ホールにて彼と芸術監督ジョゼ・マルティネスとのトークショーも開催された。なお、シェクターにカンパニーのための創作を依頼したのは前芸術監督のオーレリー・デュポンである。
巨大なシャンデリア、レッドカーテンの後方に設けられたカルテットのためのステージなど、ガルニエ宮のステージに誂えられた舞台装飾。アメリカのツアーではどのように? photography: Julien Benhamou / OnP
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『レッド・カーペット』は約60分の作品。これまでの彼のすべての作品同様に、振り付けだけでなく音楽も彼自身で担当している。常に音楽が振り付けより先にあるそうだ。『レッド・カーペット』もなかなかの音量だが、ガルニエ宮の音響装置が変わったのか......音の炸裂は今回炸裂してもさほど耳には負担にならない。ちなみに音楽はオーケストラ・ピットはぽかんと空っぽで、録音とステージ上の4名のミュージシャンによるライブ演奏。チェロ、コントラバス、吹奏楽器、ドラムという編成で、ときにエスニック調だったりジャムセッションのようだったり。
20時開幕。劇場内が暗転し、舞台には真っ赤なカーテンが。その色がくすみ、そしてモノクロへと変化してゆく。シェクターがプログラムに寄せたテキストのタイトルは「グラムールとグロテスクの間で」とあり、"グラムール(うっとりさせる魅力)というのは、その中に何があるのか覗きたくなる封筒やカバーのようなもの"と語っている。そしてタイムラインの項目を読むと、"紀元前458年に書かれたギリシャ悲劇、アイスキュロスの『アガメムノーン』において赤い絨毯は悲劇の重要な要素として使われていた"と記載されている。踊るダンサーは13名。『レッド・カーペット』といっても、このバレエは映画祭で繰り広げられる華麗な雰囲気ばかりというわけではないことが、こうしたことから察せられるだろう。
シャネルがデザインしたコスチュームでグラマラスに装った男女13名がエネルギーを爆発させる。時間が進むにつれ、衣装をとりスキンスーツへと。photography: Julien Benhamou / OnP
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さてタイトルはレッドカーペットだけれど、作品60分を通して舞台装置として活躍するのはカーテン(幕)だ。半開きし、閉じ、上がり、下がり、とステージのディメンションに変化をつけ、この幕の動きに合わせて天井から吊り下げられた巨大なシャンデリアが上下して......。そんな空間にシーンごとの雰囲気を作り上げているのが照明である。担当したのはトム・ヴィッサー。彼はパリ・オペラ座ではアレクサンダー・エクマンの『Play』、クリスタル・パイトの『The Seasons' Canon』『Body and Soul』でも照明を手がけているので、ガルニエのステージを熟知している。上からの強い照明が遮断幕の役を果たし音楽家たちの存在を消したり、放射状の光でミラーボールがあるような錯覚を起こさせたり、教会にいるような薄暗い光がステージ上を移ろい、スモークが焚かれたように空間全体をぼやけた光で包めば、踊るダンサーたちのモノクロームのシルエットが浮かび上がるのだ。照明が変わるごとに目の前で繰り広げられる光景の中で踊るグループの姿はどれも力強く美しく、なんとなく映画を見ているような気にもなる。
コスチュームはもちろんのこと、赤い幕、シャンデリア、照明が作り上げるイメージも60分間の見どころだ。photography: Julien Benhamou / OnP
右のアデル・ベレムのブレスレットや、その上のジュリアン・ギュイマールや左下のユーゴ・ヴィリオッティの胸元のカメリアといったディテールにも注目を。
踊る13名は途中交代はあるものの、ほぼ全員が60分間踊りっぱなし。映画『ひとりぼっちの青春』(1969年)の有名なダンスマラソンをふと想起させなくもない。果てしなく繰り返される動きや、男女ともに爪先立ちで踊り回る姿はエネルギーがあふれているものの、どこか不安を掻き立てるのも照明のなせる技だろうか。時間の経過とともにひとりが衣装を脱ぎ、最後には全員がヌードスーツに。それで13名が背を丸めて踊れば、まるでクロマニヨン人の行進でプリミティヴなイメージが展開する。時にダンサーのソロが混じり、『Play』でも即興ダンスで観客の目を引くルー・マルコー=ドゥルアールはここでも身体をうねらせ、くねらせてと"ルー節"を披露。クラシック作品で活躍するアントワーヌ・キルシェールはモーリス・ベジャールの『さすらう若者の歌』やマッツ・エクの『アパルトマン』などでも輝いていたが、この作品で心の中に鬱屈たるものを抱えているかのごとく一心不乱に踊る彼は秀逸で印象深いものがあり目を奪われる。
前列は左からタケル・コスト、マリオン・ゴティエ=ドゥ=シャルナッセ、ルー・マルコー=ドゥルアール、キャロリーヌ・オスモン、アントワーヌ・キルシェール。photography: Julien Benhamou / OnP
スピリチュアルとも言えるこの作品をどう見るか、どう感じるかは観客それぞれに任されている。シェクターがプログラムに記した言葉を引用しよう。
「バレエを見ることに慣れている劇場では、物語や出来事があることを期待します。でも、ガルニエ宮はコンサートホールでもあるのです。コンサートに行く時、まずはそのエネルギーを感じ取ります。『レッド・カーペット』には、解読して、理解したくなる要素やイメージが存在します。しかし僕が思うに、ダンスの世界に浸る最高の方法は、身をまかせること。経験を生きることなのです。コンサートのように、ダンスを体験してみてください」。彼のこの言葉は『レッド・カーペット』をガルニエ宮に行く前の心構えとして大きなカギとなるのでは? バレエを観に行く、と思わず、クラブに遊びに行くと言った感じに出かけてみるのもいいだろう。
創作したのはロンドンをベースに活動するホフェッシュ・シェクター。イスラエル人でオハッド・ナハリンのカンパニー出身だ。photography: Juien Benhamou / OnP
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暗い空間で踊られる作品に大きな輝きを与えている創作ダンサー13名のためのコスチュームをオペラ座のクチュール・アトリエをパートナーにデザインしたのは、パリ・オペラ座のグランドメセナを務めるシャネルだ。実り多く、ポジティブで興味深いものだとこのコラボレーションについて語るシェクターは、プログラムの中で「ふたつの世界の出合いです。シャネルはグラムールを体現していて、この作品にその色彩をもたらすことでしょう」とも。お祭り騒ぎの夜の世界にインスピレーションを得たコスチュームはスモーキング、カクテルジャケット、蝶ネクタイ、ラメが輝くロングドレス......ビスチェドレスにロンググローブがコーディネートされていたり、大ぶりのイヤリングをつけて踊るダンサーもいれば、男性ダンサーのジャケットにカメリアのコサージュが、というように、まさにレッド・カーペットを連想させるグラマラスな衣装だ。それでいてダンサーたちの激しい動きを妨げない作り! オペラ座とシャネルの2つのメゾンのサヴォワールフェールの巧みに感心させられずにはいられない。後半のスキンカラーのヌードスーツは薄明かりの中、観客席からはダンサーが裸体のように見えるのだが、実際は13体それぞれ異なるドレープが入った凝った作りである。シャネルはこのプロジェクトに参加することで、いまの時代のクリエイションを支援するという意思を表明。バレエは映像化され、POPで視聴可能となるという。パリにゆかずとも、アメリカにゆかずとも『レッド・カーペット』を日本で見ることができるというのは朗報だ。
パリ・オペラ座クチュール部門とシャネルのふたつのメゾンのサヴォワールフェールが生み出したコスチューム。©Chanel
左:鮮やかな赤のスパンコール・ロングドレス。キャロリーヌ・オスモンの激しい踊りにも体に寄り添う見事な作りだ。 右:カメリアの浮き彫りモチーフの布で。©Chanel
男性用ジャケット。©Chanel
照明が明るいカーテンコールの時に、スキンスーツに施された仕事の細かさを見ることができる。photography: Mariko Omura
公演:~7月14日
Palais Garnier
Place de l'Opéra, 75009 Paris
料)10~140ユーロ
https://www.operadeparis.fr/
@balletoperadeparis
editing: Mariko Omura