ガルニエ宮で観客に興奮を巻き起こしたアレクサンダー・エクマンの『PLAY』。7月、初の海外公演が東京で行われる。
パリとバレエとオペラ座と 2025.02.12
昨年秋頃から、パリ・オペラ座でコンテンポラリー作品に配されることが多いダンサーたちとすれ違うたび、彼らそれぞれから "来年、日本で踊るかも!" と、うれしそうに耳打ちが。そして噂が流れてきた。どうやら『PLAY』の来日公演があるらしいと。その噂は本当だった。7月25日から27日、新国立劇場 オペラパレスで行われる。
パリ・オペラ座が古典作品ではない演目で来日公演を行うのは2008年の『ル・パルク』以来である。これはアンジュラン・プレルジョカージュの作品で、日頃の彼の作品に比べるとクラシック寄りとはいえ、パリ・オペラ座の来日公演で日本の観客が見慣れた豪華絢爛のクラシックとは異なる作品だったせいか、観客の反応は比較的静かなものだった。それから17年。その間にパリで大きく変わったことがある。パリ・オペラ座バレエ団が踊るコンテンポラリー作品が若い観客を劇場に集めるようになったのだ。そのきっかけとなったのが、アレクサンダー・エクマンがパリ・オペラ座バレエ団のために創作した『PLAY』である。

ステージに降り注ぐ6万個の緑のボール
この作品は前芸術監督オーレリー・デュポン(在職2016年2月~22年7月)が就任後、初めて創作を外部の振付家に依頼した作品である。エクマンの既存作品をオペラ座のレパートリーに入れようと考えた彼女が、彼と話を進めるうちに''バレエ団のために新作の創作!''となったという。エクマンは2024年パリ・パラリンピック開会式の演出・振付監督として世界中の注目を集めたが、当時彼の名前を知る人はパリ・オペラ座バレエファンには少なく、一体どんな作品ができるのだろうかといささか好奇の目でその初日が待たれた。そして......数えきれないほどの緑のボールが天井から降り落ち、ガルニエ宮の傾斜のあるステージを転がって。最後はダンサーたちと客席の観客たちが巨大なボールをやりとりする。この2幕を通じて奇想天外な体験型バレエは興奮に満ちた成功を収め、おおいなる話題となったのだ。以来、再演が待たれる作品となり、2021年11月に次ぎ、昨年12月〜今年1月、3度目の公演が行われたところである。もちろん20回の公演は連日満席だった。
創作者アレクサンダー・エクマン、『PLAY』を語る
この作品についてアレクサンダー・エクマンはこう語っている。「私はいつもより多くの人が共感できるテーマを探しています。子どもの頃は遊ぶことが楽しめたのに、大人になるにつれて少しずつ苦手意識が出てくることに疑問を投げかけて、話し合うきっかけとなる作品を作りたかった」と。
第1幕は子ども時代の創造性に満ちた"遊び"。第2幕はそれとは対照的に大人になって"遊び"に対して距離ができてしまった世界を表現している。「"遊び"は時代を超越する不変的な欲求だと確信しました。困難な世の中だからこそ、"遊び"が重要になっていくのです」とエクマン。そんな彼のメッセージが、独創的で生き生きとしたエネルギーにあふれ、鮮やかに彩られたパフォーマンスを介して観客に伝えられる作品である。ジョージ・バーナード・ショーはこう言った。「歳をとると遊びを止めるのではない、遊びを止めるから歳をとるのだ」と。

創作にも参加したイダの『PLAY』体験
「『PLAY』を見ることを心からおすすめします。なぜって、ポワントもあるし、コンテンポラリーダンスもあり、また演劇的要素もあって、喜びにあふれていて......この作品は多くのことが盛り込まれているので若い人も年配の人も子ども連れの家族でも見にくるすべての人々に気に入ってもらえる作品なんですよ。見にきてくださいね。絶対に失望しません!」
こう目を輝かせてアピールするのは、2017年の創作に参加し、昨年末の再演でも大活躍し、そして7月に来日するイダ・ヴィイキンコスキー(スジェ)だ。彼女に体験や裏話を聞いてみることにしよう。
「2017年12月6日が初演でした。その日に向けて作品のクリエイションにはとても長い時間がかけられました。エクマンはものすごい量のアイデアを持ってきて、私たちダンサーとそれを次々と試したんです。その中の一部が作品に生かされているのだけれど、リハーサルスタジオではボールなしの稽古でした。だから初めての舞台稽古で大量のボールを見た時の驚きは忘れられません。子どものような気持ちになって見ていましたね。それに舞台の使い方も舞台裏を取っ払っていつもより広くて、それに上にも高く、真っ白で......わあー、おもしろいって思ったことを覚えています。日頃はミュージシャンの姿はオーケストラピットの中なのであまり見えないけれど、『PLAY』ではステージ上での演奏。これにはエネルギーがもらえるんですよ」
創作から昨年末の再演までの7年間には、カンパニーを去ったダンサー、引退したダンサーがいて、また今回同時に公演があったクラシック作品の『パキータ』に配役されたダンサーがいたことから配役が大きく入れ替わった。そして初演時は30名くらいだったのが最新作では43名に増えて......。イダは第1幕の「キューブに乗る女性」に配役された。これはマリオン・バルボーとシモン・ル・ボルニュが創作ダンサーのパートを務めていたけれど、ふたりともパリ・オペラ座を辞めている。エクマンは新たにイダ、そしてルー・マルコー=ドゥアールを抜擢。ここはふたりの絶妙な掛け合いが見せ場の''遊び''である。

「私がリードし、ルーが私の動きをフォローしますが、あるところで彼が私に追いつこうとする......配役が変わっても、ふたりの掛け合いはマリオンたちに創作されたままの振り付けです。コレオグラフィーを知ってる私たちは、まるでこの先を知らないというように自然にやりとりするという演劇的要素がここでは要求されるんです。キューブの上の私にとっての遊びは、どれだけの間ポワントで立っているか。毎回タイミングを変えていて、いつもよりここは長く、ここは短くというように。ルーはいつ私が足を下ろすかを読もうとする。これが彼の遊びなんですね」
ふたりの阿吽の呼吸を見逃すまいと観客は息を飲んで見守ることになるシーンだ。創作時マリオンとシモンは実生活でもカップルで息の合ったところを見せたのだが、今回踊るイダとルーもカップル。もっともエクマンはそれを知らず、偶然にふたりを選んだそうだ。
さて過去にマリオンに創作されて今回イダが配役されたもう1カ所は、ステージの高いところからダイブして、下で待つ仲間たちに受け止められた後、何度も胴上げされる遊びである。「これもステージリハーサルが初めての体験で、すごく強烈な印象がありました。けっこうな高さがありますからね。下で受けてくれるダンサーたちが確実にキャッチしてくれるって100パーセントの信頼があっても、ちょっと怖かったですね。3回目くらいになったら、あ、おもしろい!ってなって。壇上のミュージシャンにも微笑みかける余裕も。でも観客からは楽しい遊びに見えるかもしれないけれど、これはしっかり身体を引き締めて、とすごく私には集中が必要なシーンなんですよ」
これはステージ全面を埋め尽くすボールの中での移動についても通じることだ。いつものように歩くと足がボールに乗って足首を捻ってしまう可能性があることから、エクマンの考えでダンサーたちのグループはボールがあふれるステージの上を左から右へと、すり足で前進する。「いつもと、まったく違う動きでボールを動かしながら......これって実はかなり疲れるのよ。ボールのひとつひとつはさほど重くないとはいえ、あれだけの量なので......このシーンを終えると疲れで私たち、破裂してしまうの(笑)。動きに徹底的に取り組んで、肉体的強さをキープしつつ......公演が上手くゆくようにしっかりとした熟考を忘れないように、と同時に自発的であることを保つってなかなか難しいんですよ。でも、エクマンがダンサーに求めたのはまさにここなんですね。即興部分も彼が振り付けたグループの部分も、毎回私たちは子どもたちが "あ、これ何? 最高だ!!" という感じに、初めて発見したかのごとくあらねばならないんです。この作品で何がいちばん大変かというと、これですね。とりわけ昨年末から年始にかけて20回も公演があったので......」

『PLAY』は第1幕が子ども時代を彷彿とさせる自然な"遊び"で45分、第2幕が"遊び心"を失い、真面目なルーティンに疲弊する大人の世界で50分という構成である。第1幕のコスチュームは白がメイン、第2幕のコスチュームは黒とグレーがメインでダンサーたちの髪には白いものが。その中で大人の象徴として1幕からグレーのかっちりとしたスーツ姿の女性がいる。子どもと化したダンサーたちがはしゃぎ回ればホイッスルを吹いて「STOP!」と命令し、ステージに転がるボールをひたすら拾い集め続け......。創作時にこの役に抜擢されたのは当時カドリーユだったキャロリーヌ・オスモン(スジェ)で、この作品で自分の個性を自由に発揮できたことで解放があったのか、この作品以降彼女はスジェまで上がり、クラシック作品にも優れているものの、コンテンポラリー作品に不可欠なダンサーのひとりとなっている。作品全幕を通じて彼女は文字通り四角四面に両手を動かし、独創性のない同じ動きを繰り返し、ひとり異質な存在を演じているのだが、これはエクマンのアイデアのもと毎回彼女の即興に任されているそうだ。彼女の動きは印象に残るもので、イダも大人について語る時にその四角四面な動きを自然としてしまうほどだ。
『PLAY』のグレーのコスチュームを着たキャロリーヌ・オスモンが子どもと語り合うビデオをYoutubeで。
「第1幕と第2幕の違いについては、エクマンから多くの指示がありました。創作の時には理解できなかったのだけど、子ども時代は発見があって遊ぶことが楽しい。でも、大人になると規則に満ちた社会では決して反抗的であってはならず、するべきことをするだけで、それを何年も続けて......と。企業に入りその枠からはみ出さず、みんなと同じようにしてないとクビになってしまう。こんな社会の極端なメタファーが2幕なんです。このアイデアから、第1幕の自由に対し、第2幕では背筋をしっかり伸ばした姿勢で、礼儀正しくきちんとしていて、そして自分のすることに集中して、他者とは距離を置く感じで......」

そして最後、そして最後、カリスタ・"キャリー"・デイがステージ上でゴスペルを歌う間、ダンサーたちは観客とボール投げを始めるという、実に珍しい光景が展開する。
「2017年の創作時、エクマンにとってこれは初めてのパリ・オペラ座のための創作だったので、彼にはすごくストレスがあったように感じました。それに引き換え昨年の再演時は、パラリンピック開会式の振り付け、演出でとてもたくさんのダンサーを扱った経験からでしょうか、とてもリラックスしていて。だから全体の雰囲気もとっても寛いでいましたね。彼ってすごく愉快な人。素晴らしいダンサーであり演技者であって。いつもたくさんのアイデアを抱えてるのよ。この観客とのキャッチボールはどう彼が思いついたのかは知らないけれど、振り付けに沿って踊る部分をすべて終えた後なので、仕事の一部とはいえ私たちは完全にリラックスしていて観客とのやりとりを遊ぶの。どんな反応がくるかな、って毎回が楽しみだったわ」

パリ・ガルニエ宮の舞台と劇場空間を使ってクリエイトされた『PLAY』。その舞台が今回初めて海外で上演される。「この作品を新しい劇場で踊ることができるって、とてもエキサイティングなことよ。ガルニエと劇場の作りが違えば、それに適応させるだけ。日本の劇場のスタッフはするべきことがわかっていて準備万端な人たちなので、うまくゆくことは間違いないわ。日本の観客にこの作品を紹介できることに、いまからわくわくしています。来日するのは基本的に最新作に出演したダンサーたち。見慣れたクラシック作品のソリストではないダンサーをこの作品で日本の観客は見ることになりますね。これも発見があって、新鮮な体験になることでしょう」

『PLAY』
会期:2025年7月25日(金)〜27(日)
会場:新国立劇場・オペラパレス
チケット:全席指定 S席¥29,000 A席¥24,000 B席¥14,000 C席¥7,000 車椅子席¥29,000 付添席¥29,000(全席学生割引あり、未就学児入場不可)
2025年2月15日(土)10:00〜 キョードー東京 最速先着先行販売
2025年2月25日(火)10:00〜 各プレイガイド 先行販売
2025年3月22日(土)10:00〜 一般発売
https://www.playoperadeparis.jp
Instagram: @playoperadeparis_japantour
X: @playoperadeparis_japantour
チケット問い合わせ先:
キョードー東京
0570-550-799(平日11:00〜18:00 土日祝10:00〜18:00)
https://tickets.kyodotokyo.com/play25/
editing: Mariko Omura