エンターテインメントの力に鼓舞された、現代の活人画。
プシュパマラ・N/アーティスト
1956年、インド生まれ。バンガロール(現・ベンガルール)を拠点に彫刻家として活動、90年代半ばから自ら役柄に扮し物語を作り上げるフォトパフォーマンスやステージドフォトの創作に着手。MoMA、テート・モダン、KYOTOGRAPHIE 2025など、世界的に展示多数。
インド・バンガロールを拠点とするアーティスト、プシュパマラ・N。彫刻家として開始したその創作活動はやがて写真や映画へと移行し、1990年代には彼女自身がさまざまな役柄に扮して物語を織り上げるフォトパフォーマンスやステージドフォトに着手する。春のKYOTOGRAPHIEに続き、銀座シャネル・ネクサス・ホールで開催される彼女の個展では3つのシリーズを展示する。
フィルムノワール時代の映画的描写をパロディ化した冒険譚「ファントム レディ」シリーズでは、彼女は怪傑ゾロにインスパイアされた仮面のヒロインに扮し、1930年代から40年代にかけて俳優やスタントパーソンとして活躍した女性にオマージュを捧げている。
「ファントム レディはパワフルですが無敵ではなく、時には悲劇の結末を迎えることもあります。本作では深層心理を描写するフィルムノワールの美学を取り入れながら、既存のヒロインの原型を解体しミックスアップすることで、それらの意味をより多面的なナラティブとして再解釈しています」
一方、インド写真史を探求するプロジェクト「ナヴァラサ スイート」は、インド映画黄金時代に活躍した著名な俳優でもある写真家J・H・タッカーのフォトスタジオで3年かけて制作された。現代も伝統舞踊などに応用されるインド美学の9つの感情、ラサ(恋情、驚き、ユーモア、恐怖、嫌悪、悲しみ、怒り、勇敢、寂静)をもとに、緻密な演出が組まれたセルフポートレートの連作だ。
「タッカーのスタジオは素晴らしくアイコニックな肖像写真を長年にわたり撮影してきました。現在も伝統衣装とモダンなジーンズといった洋服を持ち込んでお見合い写真を撮影する女性たちが絶えません。時を経てスタイルは変わっても、ポーズや表情の演出にラサ理論は生きています。インド文化を象徴するこの美学の純粋性を創作に参照するだけでなく、可視化しなければと思ったのです」
プシュパマラの作品世界は濃密で力強い視覚言語とナラティブの魅力を通して、母国インドの歴史の綾を解きほぐし、文化的・国家的記憶がどのように形成されてきたかを鋭く考察してきた。さらに自らの身体を投じて、歴史的・文化的なイメージを再解釈し、その本質を問いかける。魅惑的なイメージや精緻な細部とともに、既視感のある親しみやすさが説得性を生み、観客を惹きつける。
「映画のノウハウを生かして、自由なDIYスタイルで物語を紡ぐことを楽しんでいます」とプシュパマラ。美術史上で軽視されがちな演出力やエンターテインメント性が果たす役割を強く意識させてくれる作家である。

6月27日から8月17日まで、シャネル・ネクサス・ホール(銀座)にて『Dressing Up: Pushpamala N』が開催予定。KYOTOGRAPHIE 2025での展示に続き、京都とは異なる3シリーズが出展され、作品・テーマをより近くで体験できる機会となる。入場無料・予約不要。
https://nexushall.chanel.com/
© Pushpamala N
*「フィガロジャポン」2025年8月号より抜粋
photography: Takeshi Asano text: Chie Sumiyoshi