本の売り上げが全体的に落ち込むアメリカの出版市場で、近年継続的な急成長を続けているのがロマンス小説のジャンルだ。従来ハーレクインなどがなじみの恋愛小説は、トラッシー(クズ同然)で文学的価値のない軽薄な商品と言われながらも、空港の売店やスーパーのレジ近くの棚でも売られる出版界の影の主力だった。根強い人気ながら隠れてこっそり読む読者が多かったロマンス小説だが、コロナ禍で恋愛小説人気に火がつき、業界紙では恋愛小説の売り上げが2020年の1800万部から2023年に3900万部に増加、ベストセラーの半数以上がロマンス小説などの統計が続出し、現在では米国内の書籍売り上げの約4分の1が恋愛小説と言われるほどだ。

ロマンス小説がなぜいま堂々と人気なのか、その背景論議もおもしろい。恋愛小説ジャンルの多様化によりLGBTQ+の登場人物やストーリーが多種多彩になり、より幅広い読者にアピールしている、SNSでのロマンス小説書評がバイラルし多くのフォロワーを獲得している、性や性の平等話題が民主化し、特に若者世代でセックスポジティブ風潮が支持されている、中年女性が主流だった読者層がZ世代ファンの増加により変化している、eBookの普及でプライベートな読書がしやすくなっているなど。そして何より時代的背景としてコロナ禍で不安や退屈が募る最中に社交から隔離されて持て余した時間に、熱く、官能的な恋愛小説が安全で心地よい現実逃避になったことはロマンス小説ファン増加の大きな理由だ。女性読者が主流のジャンルだが、男性読者も増えている。
ロマンス小説ブームに連動して、ロマンス小説専門書店も全国的に増え、2020年には全米で2店舗しか存在しなかった専門書店は2024年夏には20店舗以上になった。その先駆者が2016年に「北半球初のロマンス小説専門店」としてロサンゼルスにオープンした「Ripped Bodice」だ。ロマンス小説ファンの姉妹がクラウドファンディングで夢を実現した実店舗が、来る大ブームを先行することになる。ロサンゼルス・タイムズ紙が例年開催し、15万人以上の本好きが参加するブックイベントFestival of Booksでも同店のブース前は毎年行列で盛況だ。安心して恋愛小説探しに没頭したり、女性やLGBTQ+コミュニティを応援する書店でのイベントに参加したりと、読者コミュニティの場としても支持され、2023年にはNYファン待望のブルックリン店をオープンした。店名のripped bodiceはボディス(コルセットやビスチェなどとほぼ同意義)を引き裂くの意味で、恋愛小説のジャンルでもある。


かつての単身・隠れ読みとは相反して、最近は堂々とコミュニティとしてもエンジョイできる地位を獲得しているロマンス小説。楽しみ方としては、実店舗でのイベントのほか合意して決めた同じロマンス小説を読み語り合うブッククラブや、一気読みしやすい本を交換し合うブックエクスチェンジなどもある。どんな物語に遭遇できるか、一冊手に取ってみる?



photography: Madeline Derujinsky

稲石千奈美
在LAカルチャーコレスポンデント。多様性みなぎる都会とゆるりとした自然が当然のように日常で交差するシティ・オブ・エンジェルスがたまらなく好き。アーティストのアトリエからNASA研究室まで、ジャーナリストの特権ありきで見聞するストーリーをエディトリアルやドキュメンタリーで共有できることを幸せと思い続けている。