「日本では恥より不正義の方がまし」伊藤詩織のレイプ告発をめぐるドキュメンタリー、フランスではどのように報道された?
Society & Business 2025.03.12
ジャーナリストの伊藤詩織が自分の性被害を克明に描写した『ブラック・ボックス・ダイアリーズ』。性犯罪がなかったことにされる古色蒼然たる日本社会を告発したドキュメンタリー作品だ。

名誉が重んじられる日本の文化では、恥とされる事態が生じると「沈黙は金」となる。とりわけ保守的な家父長制が残るこの国で、「二流」市民とみなされる女性にとっては。レイプの被害者である伊藤詩織は、著書『Black Box-ブラックボックス』(文藝春秋)でそんな沈黙の掟を破り、さらに背筋も凍るような衝撃ドキュメンタリー映画『ブラック・ボックス・ダイアリーズ』も発表した。
2015年4月の伊藤詩織は25歳のジャーナリストの卵で、海外での働き口を探していた。そんな折、日本のTV局のひとつ、TBSのワシントン支局長であり、影響力のあるジャーナリストの山口敬之からディナーに誘われた。米国での仕事があるかもしれないとのことだった。会食中、彼女は不可解なめまいに襲われると気を失った。その後の記憶はない。ホテルの一室で悪夢のような目覚めをするまでは。
会食相手から彼女はレイプされていた。あざだらけになりながらもようやくその場を逃げ出した彼女は5日後、被害届を出そうと警察へ向かう。警察は色々な理由をつけて被害届の受理を拒んだ。捜査が難航することが多いこと、女性のキャリアが台無しになる恐れがあること等々。しかし、何よりも警察は性暴力を問題視していなかったと彼女は言う。日本社会からの拒絶を受け、彼女は自ら事件を調べようと決意し、関係当局や証人との会話を録音し始める。そうしなければ生き延びられなかった、自分を保つためにこの事件を外からの視点で見る必要があった、再びトラウマに苦しめられないためには真実を知る必要があったと本人は語っている。
性被害を受けた晩、ホテルの防犯カメラに映った彼女がもうろう状態であったことやタクシー運転手への聞き取り調査、伊藤詩織自身の証言により、いよいよ相手を逮捕という段階で待ったがかかる。山口敬之は当時の安倍晋三首相と近い存在で、山口が執筆した首相の伝記もまもなく出版されることになっていた。逮捕はその本にとって致命的だ。「権力者を保護する日本の司法制度がいかに大きな欠陥を抱えているのかに気づきました。一方で、この問題は偏在しています。ドナルド・トランプは性的暴行の告発があっても再選されました」と伊藤詩織は語る。
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事件を公表
2017年5月29日、伊藤詩織は記者会見を開き、名前を出して事件を公表した。公の場で話すことがどれほど大変なことかは分かっていたものの、沈黙することも、匿名とすることも潔しとしなかった。自分は何も悪いことはしていない。恥をさらしてでも事態を変えたかったと彼女は思いを語る。だが世論は冷たかった。シャツの襟が開いていただけで避難されたり、日本批判だ、家族の名誉を傷つけたと言われたり。
「日本では、恥より不正義の方がましとみなされます。誰も、とりわけ女性は語ろうとしません。性被害の96%は闇に葬られ、被害者の4%しか被害届を出さないのです。被害届を出す場合は"完璧な被害者"でなければなりません。最初、警察が私の話を信じなかったのは私があまり泣いていなかったから。弱々しくなかったからです」と彼女は語っている。
事件公表後は仕事も外出もできなくなり、脅迫を受け、本の執筆のためにやむなく日本を脱出した。彼女がしたかったのはこの事件を見つめ直し、加害者側が奪おうとした声を取り戻すこと。しかもそれが出来るのは本人だけだった。マスコミはこの事件を取り上げたがらなかった。本を出してほどなく、彼女の弁護士から電話があった。医学的・物理的証拠がないことが加害者を守る方向に働き、刑事事件が不起訴となったのだ。
「薬物を飲まされたことを証明できませんでした。10年前の日本の警察には、私を検査する科学的手段がありませんでしたし、薬物で屈服させることの害はまだ認識されていませんでした。マザン強姦事件はこの点で転機となりました。加害者によって私の身体と記憶を一晩だけでも支配されたことは耐え難いことでした。まだ苦しんでいます。ジゼル・ペリコがこの裁判を通じてどれだけの強さと勇気を要したか、私には想像を絶します。彼女は勇気ある女性です」。伊藤詩織の目から涙があふれた。しばらくして落ち着くと両親との関係について語った。「本を渡しましたが、両親が読んだかは知りません。映画も見に来ていません。両親との関係は落ち着きましたが、この事件は決して口にしません。父は私が結婚して普通の暮らしをして子どもを作ることを望んでいました」
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MeToo運動
伊藤詩織の本が出版された後、世界中で#MeToo運動が広がった。「日本では運動にすらならず、一瞬で終わりました」。伊藤詩織を支持する人もわずかながら現れてきた。自殺まで考えた苦しい時期を経て、彼女は民事訴訟で加害者との闘いを続ける。2019年12月、判決は彼女が 「無意識の状態で無防備な性行為を強要された 」と認定する。ホテルの従業員や最初の捜査員が匿名のまま証言したことが決め手となった。「組織や社会にあらがってくださった方々に敬意を表します。これをきっかけに、同じように証言や介入する勇気を持つ男性が出てくることを願っています」。損害賠償を支払うよう命じられた山口敬之はとんでもないことに記者会見を開き、「残念な出来事ではあったが、違法なことはしていない」と強弁した。彼は今も職を失っていない。一方、伊藤詩織は再び海外へ行かざるを得なかった。「日本ではもう記者としての仕事は見つからないし、いずれにせよ身の危険を感じ、新たに出発したいと思いました」
彼女はパリかロンドンへ行き、ドキュメンタリーやフィクションの映画製作を続けようと考えていた。だが実際はこの1年間、彼女の映画は57カ国で配給され、世界中を巡ることになった。ただし日本では上映されていない。第97回アカデミー賞のドキュメンタリー部門にノミネートという、日本初の快挙を果たしたにもかかわらずだ。「この作品が私の国で上映され、人々が自由に議論するようになることが私の夢です」と彼女は語る。とは言え、この事件と勇気ある率直な発言はひとつの影響を与え、2017年に刑法の性犯罪規定が改正された。
100年前に成立した規定で強姦罪の対象となる行為は膣性交のみだった。女性から訴えづらく、男性が被害者の場合も同様だった。「2023年には、性交同意年齢も13歳から16歳に引き上げられました。これはひとつの前進ですが、実効性を持たせるには日本の性教育も改善し、性交同意とは何かを教えるべきです。日本が性暴力に目を開くまで、どれだけの人生が台無しにされなければならないのでしょうか。どれだけの悲劇が避けられたはずでしょう。私にはひどいことが起きてしまいましたが、言葉と映像の力を信じています。私の話が女性1人でも救えるのであれば、自分の経験は無駄ではなかったと思います」
伊藤詩織『ブラック・ボックス・ダイアリーズ』仏公開は3月12日。
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From madameFIGARO.fr
text: Marilyne Letertre(madame.lefigaro.fr)