スクリーンから匂い立つような情感......劇場で観たい映画3選！

少年と老人の道中を彩る、匂やかな情感と寛ぎ。

『クライ・マッチョ』

遊び人の母から逃げ、「マッチョ」と名付けた闘鶏用のニワトリを友として、メキシコシティで路上暮らしする強がりの少年。彼の父の牧場主に借りがあり、イーストウッド演じる老カウボーイは少年を故郷テキサスに連れ帰る責務を負う。実は、この父にも欲深い打算があって。ともに孤立無援な境遇の旅は、代理父の役を担った老人が国境越えの岐路へ少年を導く、試練と継承の道となる。自分をマッチョと強がる奴ほど、無知無能な身のほどを知って気付いた時はもう手遅れ、と老人は少年に告げる。その述懐の場や、白い荒馬の鼻を撫で、乗り方を指南するシーンなど、悠然たる名演出。老いの自省から滲む情味が身に沁みてくる。

---fadeinpager---

眠っていた恋愛の記憶を、新型恋人が刺激すると？

『アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド』

ベルリンの博物館に勤めるアルマは研究費援助の見返りとして、AIメーカーの実証実験に臨む。恋人仕様のアンドロイドと3週間を過ごす約束。やって来たのは、彼女を幸せにする目的のアルゴリズムを内蔵した碧眼の美青年だ。よくあるSFロマンスとたかを括るなかれ。相手に気疲れさせない口説きや奉仕を学者肌のアルマは疑い、突き放す。けれど、彼は学習を重ね、人間ならではの複雑怪奇な心の襞にもこたえ始める。ままならぬ恋、叶わぬ恋の秘密を女性から探り出す細やかさ。都会派知的恋愛コメディのひねりや洒落っ気に拍手したい。アルマ役のマレン・エッゲルトがベルリン国際映画祭で銀熊賞(主演俳優賞)を受賞。

---fadeinpager---

理想の形を求めてもがく、ロンドンっ子の愛と生活。

『夜空に星のあるように』

未熟なまま結婚して子を産んだジョイは、粗野な夫の逮捕を糸口に、旧知のデイヴとねんごろになる。テレンス・スタンプ演じるデイヴがジョイと逢うときめきを、1960年代英国フォークロックの旗手ドノヴァンの佳曲に託して弾き語りする室内シーン。子連れのジョイがデイヴと川遊びのキャンプに出て、白昼夢のように滝の中で愛し合う野外シーン。作劇は荒削りだが、ワーキングプアの日常のハレとケに帰らざる日々の愛しさが募り、胸が潰れそうになる。毎夜パブで生活費を稼ぎ、夢と現実の落差に喘ぐジョイという女性目線の独白体も効いている。英国が誇る現役バリバリの至宝、ケン・ローチの半世紀前のデビュー作。

＊「フィガロジャポン」2022年2月号より抜粋