シャネルがサポートする、映画作家と映画界。

Culture 2025.01.25

衣装提供にとどまらないシャネルの映画支援。作品製作のサポートや過去の作品のレストア化、映画祭への参画から映画にまつわるアート展まで、シャネルが現在、視野に入れる映画の未来とは?


シャネルの創業者であり20世紀を代表するクリエイターのガブリエル・シャネルは、芸術をこよなく愛し、成功した実業家として多くのアーティストを支援したことでも知られている。映画界との関係も深く、後にイタリアの巨匠となる若き貴族ルキノ・ヴィスコンティを映画界の重鎮ジャン・ルノワールに紹介したのもシャネルだった。ヴィスコンティからフランコ・ゼフィレッリを託されたシャネルは、ブリジット・バルドーやロジェ・ヴァディム監督を紹介、ゼフィレッリがフランス映画界で活躍する足がかりを掴んだことは有名だ。ジャンヌ・モローやデルフィーヌ・セイリグはじめ多くの才能あふれる俳優たちと親交が深く、フランスのみならずハリウッド映画にも衣装を提供してきたが、"第7の芸術"と異名を持つ映画へのシャネルの貢献が、コスチューム制作に限定されないことも強調しておきたい。

衣装提供ではなく、制作という支援の形。

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©Everett Collection/amanaimages

"私の力だけでは決して作れないようなクチュールドレスをアート支援として作り、不可能を可能にしてくれた"

Sofia Coppola

ソフィア・コッポラ シャネルのアンバサダーであり、映画監督・プロデューサー。初の長編監督作『ヴァージン・スーサイズ』(1999年)が大ヒット、ガールズムービーの騎手となる。代表作に『マリー・アントワネット』(2006年)、『The Beguilled/欲望のめざめ』(17年)など。

たとえば長年、メゾンと素晴らしいコラボレーションを続けている映画人といえば、ソフィア・コッポラが挙げられる。10代の頃、カール・ラガーフェルドのクリエイションスタジオでインターンシップを経験したソフィアは、父フランシス・フォード・コッポラが監督した、1989年公開のオムニバス映画『ニューヨーク・ストーリー』の第2話「ライフ・ウィズアウト・ゾイ」に衣装担当として参加し、主人公にシャネルのスーツを着せた。以来ソフィアは、広告キャンペーンやショートフィルムの監督を務めたり、ショーの舞台裏を撮影するなど頻繁にシャネルとコラボレーションしている。ヴェネツィア国際映画祭でプリシラ・プレスリー役のケイリー・スピーニーが女優賞を受賞したソフィアの最新作『プリシラ』では、エルヴィスとの結婚式という重要なシーンで、スピーニーがシャネルが特別に制作したウェディングドレスを着用。このドレスは、1967年の結婚式で実際にプリシラが纏ったドレスを再解釈したもので、シャネルの2020年春夏オートクチュール コレクションから着想を得た。

シャネルは『プリシラ』を製作面でも支援しているが、これはメゾンと親密な関係を築いた映画制作者や俳優のビジョンと芸術的自由を優先し、シャネルが誠実に取り組んでいる多くの例の中のほんのひとつにすぎない。いまをときめく俳優のアンバサダーたちはレッドカーペットでシャネルを華麗に纏う姿が印象的だが、彼女たちが率いるプロジェクトに対してもメゾンとして積極的に支援している。

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©CHANEL
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©Stephanie Branchu
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『ジャンヌ・デュ・バリー 国王最期の愛人』 フランス人俳優マイウェンが監督・主演したルイ15世と愛妾の実話。シャネルは6着の衣装を特別にデザイン。メティエダールのアトリエ、メゾンミッシェルにより帽子が、ゴッサンスからはジュエリーが貸し出された。 ©CHANEL

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創造的ビジョンや価値観が一致する作家主義の監督や作品へのサポートにはもちろん力を入れていて、ヌーヴェルヴァーグの"紅一点"故アニエス・ヴァルダ作品の修復や回顧展の支援、レオス・カラックスやオリヴィエ・アサイヤスといった気鋭監督への製作費支援なども昨今の例だ。何よりも映画の未来において、新しい創造の発信者の登場をサポートするのがシャネルの支援スタイルと言えるだろう。

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アニエス・ヴァルダ 2019年に亡くなったヌーヴェルヴァーグの映画作家のひとり。初期代表作に『幸福』(1965年)、『冬の旅』(85年)。23年10月11日から24年1月28日までシネマテーク・フランセーズで開催された『VIVA VARDA!』展をシャネルがサポートし、『創造物』(66年)、『落穂拾い』(00年)のレストア化もサポート。 ©Capital Pictures/amanaimages
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©L.Urman/Starface/ZUMA Press/amanaimages
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ロザリー・ヴァルダ アニエス・ヴァルダの娘であり、衣装デザイナー、作家、女優でもある。母の仕事をまとめた書籍『アニエスによるヴァルダ』をシャネルのサポートによって再発刊するなどフランス映画の未来に貢献。 ©Abaca Press/Alam/amanaimages
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レオス・カラックス 『ボーイ・ミーツ・ガール』(1983年)、『汚れた血』(86年)のデジタルリマスター化を2022年に、近作『アネット』(21年)ではマリオン・コティヤールの衣装と製作を、シャネルの支援によって行っている。最新作『Cʼestpas Moi』でもタッグを組む。 ©Andia/Alamy/amanaimages
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オリヴィエ・アサイヤス 2014年の作品『アクトレス~女たちの舞台~』で主演女優たちの衣装提供のほか、35ミリカメラの資金援助を受ける。クリステン・スチュワート(写真はドーヴィル・アメリカ映画祭にて)と2度目に組んだ『パーソナル・ショッパー』(16年)は、シャネルの衣装サポートにより映画の主題が際立った。 ©Abaca Press/Alam/amanaimages

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映画祭という才能を発見する場で。

才能あふれる人々を愛し、映画という表現芸術を愛したマドモアゼルシャネルの精神は今日も忠実に受け継がれているが、映画の"創造"と"発信"をサポートするうえで、近年力を入れているのが世界各国で開催される映画祭。映画祭は新しい作家や才能に光を当て、作品が世界中を旅する機会を得る場所。そして、映画愛と感動を共有する人々を結びつける重要なプラットフォームでもある。

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©Motofoto/Alam/amanaimages
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ビアリッツ映画祭 2023年よりビアリッツ映画祭ヌーヴェルヴァーグのスポンサーをシャネルは務めている。24年のグランプリはシュチ・タラティ監督の『Girls Will Be Girls』 ©ZUMA Press/amanaimages

シャネルが初めてブティックを開いた土地で開催されるドーヴィル・アメリカ映画祭(フランス)や、ビアリッツ映画祭(フランス)を始め、マラケシュ国際映画祭(モロッコ)、トロント国際映画祭(カナダ)、ダカール・コート映画祭(セネガル)、FIRST青少年映画祭(中国・西寧)、リュミエール映画祭(フランス)などサポートする映画祭は多いが、特に、映画とコンテンポラリーアートを繋ぐヴィラ・メディチ映画祭(イタリア)や、新進気鋭のインディペンデントな映画人を支援するトライベッカ映画祭(アメリカ)、女性映画人のためのカメリア・アワードを設けている釜山映画祭(韓国)など、シャネルの精神に呼応するコンセプトを掲げた映画祭に、より強く共鳴している。

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©Miro Vrlik Photography/Alam/amanaimages
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トライベッカ映画祭 パートナーシップを組んで19年。Through Her Lens:The Tribeca CHANEL Women's Filmmaker Programは、女性の映画作家支援をする点で創業者の生き方と通じるメゾンのコミットメントを体現したプログラム。 ©Richard Levine/Alamy/amanaimages
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マリー・ルイーズ・コンジ Le Cinéma Club(無料ストリーミングのプラットフォーム)創設者。次世代若手監督たちの発表の場であるここを通じ、新たなオーディエンスを獲得できるようにシャネルがサポート。 ©Jacques BENAROCH/SIPA/amanaimages

さらにシャネルでは映画の保存と継承(名作の修復)、インディペンデント映画の支援(映画機関や映画学校とのパートナーシップ)にも力を入れており、2年前に映画部門を創設した。レストアに関しては、『シェルブールの雨傘』『去年マリエンバートで』『ママと娼婦』『審判』などを手がけてきた。これは、シャネルの長年取り組んできた映画や映画人たちを支援するというポジションをより明確にするものだ。

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日本発信の新しいプログラム。

こうした背景の中、日本でも遂に新プログラム「CHANEL AND CINEMA-TOKYO LIGHTS」が始動する。『万引き家族』で第71回カンヌ国際映画祭のパルムドール(最高賞)を受賞し、名実ともに日本を代表する監督となった是枝裕和監督とともに立ち上げた、新世代の映画作家や若手クリエイターの輩出支援を目的としたプロジェクトである。現役の監督や俳優による実践的かつインタラクティブなマスタークラスを行い、ショートフィルムのコンペティションを開催する。上位3作品の制作のサポートをすることによって、新しい才能を育成するという。是枝監督をはじめ、映画界の第一線で活躍する映画人から直接アドバイスを受ける機会も得られるこの取り組みは、監督の卵たちにとって夢のようなプログラムとなるだろう。

"今回、クリエイターにとって、自分が関わる映画という表現を外側から見つめ直す良い機会になるのではないか"

Hirokazu Koreeda

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是枝裕和 2018年のカンヌ国際映画祭で監督作『万引き家族』がパルムドール受賞。いま最も信頼される日本人映画作家の代表。CHANEL AND CINEMA-TOKYO LIGHTSの中心人物。19年の『真実』はカトリーヌ・ドヌーヴを起用してパリで、『ベイビー・ブローカー』(22年)は韓国で韓国人の俳優たちと撮影。最新作は25年1月9日世界配信開始のNetflix「阿修羅のごとく」。上の写真はカンホン通りのシャネルのアパルトマンにて。 ©CHANEL

この野心的かつユニークなプログラムの始動に当たって是枝監督は、シャネルとの取り組みについてこう語っている。

「今回の若手支援プロジェクトは始めたばかりでまだ手探りの状況です。ただ、『世界に窓が開かれている』ということは、日本の中だけでものづくりをしていると感じることが少ないので、クリエイターにとっては自分が関わる映画の表現を外側から見つめ直す良い機会になるのでは、と思います。それは、参加させていただいている僕自身にも当てはまることですね」(是枝)

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西川美和 ほぼ全作がオリジナル脚本・監督作。文筆家の顔も持つ。『蛇イチゴ』(2003年)で長編映画デビュー。役所広司主演の『すばらしき世界』(21年)が日本アカデミー賞優秀作品賞、シカゴ国際映画祭観客賞を受賞。

是枝監督とともにメンターのひとりとして参加しているのが西川美和監督。役所広司主演の『すばらしき世界』(20年)で第45回日本アカデミー賞優秀作品賞、第56回シカゴ国際映画祭観客賞を受賞するなど、日本を代表する監督のひとりである西川監督は、プロジェクトへの反響に希望を見出しているとコメントする。

「マスタークラスへの参加募集が始まるやいなや、多数の応募が来ていると聞きました。シャネルのように世界的に注目を浴びるトップブランドが映画文化を支援しているというインパクトは大きいと実感するとともに、新しい形の学び方に関心のある映像分野の若い人たちはたくさんいるとも思います。シャネルは数々の映画祭を支援していて、華やかさを添えています。ラグジュアリーメゾンがふだんは身近でなくとも、『観客も作り手も、映画を愛する皆さん、胸を張ってください。ここは最高の舞台です』と言われている気がします。そういう企業から若い作り手が背中を押されれば、自分たちの仕事は価値がある、海を超えた国々との相互理解や文化の交換のために貢献する力がある、と知ることができる。それは、とても重要です」(西川)

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役所広司 日本を代表する演技派俳優。日本映画のみならず、アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督『バベル』(2006年)や、カンヌ国際映画祭で男優賞を受賞したヴィム・ヴェンダース監督『PERFECT DAYS』(23年)も記憶に新しい。安藤サクラ同様、CHANEL AND CINEMA-TOKYO LIGHTSで登壇する。 ©ZUMA Press/amanaimages
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安藤サクラ 『万引き家族』(2018年)、『怪物』(23年)など、是枝監督作にも出演。演技派として注目され、カンヌ国際映画祭ではケイト・ブランシェットからも賛辞を受けた。CHANEL AND CINEMA-TOKYO LIGHTSのマスタークラス登壇者のひとり。 ©Boby for Chanel

今回の日本映画界とのパートナーシップは、英国映画協会フィルムメーカー・アワード、仏映画雑誌『カイエ・デュ・シネマ』のアンドレ・バザン賞、モロッコのアトリエ・ドゥ・アトラス、ヴェネツィアで開催されるビエンナーレ・カレッジ・シネマなど、世界中の若手映画製作者の奨励を目的としてシャネルが支援するほかのイニシアティブと呼応するプロジェクトだというが、生まれたばかりの「CHANEL AND CINEMA-TOKYO LIGHTS」に強力な助っ人が参戦する。シャネルのアンバサダーを務める英国出身の俳優ティルダ・スウィントンである。

"是枝監督とパートナーシップを組んで訪日することは、私の仕事のハイライトになるに違いない"

Tilda Swinton

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ティルダ・スウィントン 1986年、『カラヴァッジオ』で映画デビュー。『エドワードⅡ』(91年)でヴェネツィア国際映画祭女優賞、『フィクサー』(2007年)でアカデミー賞助演女優賞を受賞。09年のベルリン映画祭では審査委員長を務めた。 ©Serge Arnal/ZUMA PRESS/amanaimages

「プロジェクトの核であり、感銘を受けるのは、芸術とそれを生み出すアーティストの人生を奨励し可能にする献身的姿勢です。ガブリエル・シャネル自身が当時、アーティストと親密な交わりを持ち、それに基づくコミットメントが現在も続いている。シャネルが主導するさまざまなプログラムには、シャネル・ネクスト・プライズ、映画クリエイターのためのBFI&Chanelフィルムメーカー・アワード、映画界の女性を称えるカメリア・アワード(釜山国際映画祭)といった賞を通して、新進芸術家たちにスポットライトを当て、その魅力を世に知らしめることを目指しています。映画に関わるクリエイターたちがプロジェクトのための資金を集めるだけでなく、作品を自由に作るための生活支援を見つけることにすら苦労しているいま、シャネルのようなビッグメゾンが大きな力を貸してくれることは重要です。私は、このイニシアティブのグローバルアンバサダーとして貢献できることを誇りに思います」(ティルダ)

俳優として高い評価を受けているティルダだが、実験的な作品に好んで参加する意欲的な姿勢から多くの映画人から敬愛されている。アート映画界の寵児ウェス・アンダーソンをはじめ、イタリアのルカ・グァダニーノ、韓国のポン・ジュノ、メキシコ出身のギレルモ・デル・トロ、そして最近ではタイ出身のアピチャッポン・ウィーラセタクンがコロンビアで撮った『MEMORIA メモリア』や今年のヴェネツィア国際映画祭でワールドプレミアされたスペインの名匠ペドロ・アルモドバル監督の『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』など興味深いコラボが続いている。

「シャネルとともに世界中を旅し、新進気鋭のアーティストと関われるのは光栄ですが、今回、是枝監督とパートナーシップを組んで訪日することは、私の仕事のハイライトになるに違いありません。新しい世代の映画人たちに、私が生きてきた経験を通じて何を提供できるか考えると、映画人として働き始めてから40年近く仲間たちと密接な関係を保ちながら仕事を続けてきたことがくれた"恵み"のように感じます。日本の新しい世代の才能ある映画人たちと、私たちが生きる世界に対する啓蒙的で大胆な考察に基づいた映画の形成に向けて、どのようにお互いサポートするか分かち合うことは、本当に刺激的な時間となるでしょう」(ティルダ)

ラグジュアリーメゾン、日本映画の伝統、グローバルな映画人、若き才能ーー映画という媒介を通して、まったく異質の才能が出会う時、どのようなクリエイティブが生まれるのか。この新しいプロジェクトには期待しかない。

*「フィガロジャポン」2025年1月号より抜粋

text: Atsuko Tatsuta

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