ガブリエル・シャネルと映画。
Culture 2025.01.26
スクリーンに投影されるガブリエル・シャネルの精神。彼女は映画を愛し、そして愛された。シャネルと映画の親密な関係を、多くの作品やアンバサダーの女優たち、映画界への支援を通して紐解いてみよう。
シャネルの歴史は映画と女優の歴史。ガブリエル・シャネルの時代から100年近く親密な関係を築いてきた。女性の身体を解き放ち、軽やかに動き、自由に生きるためのスタイルを掲げるシャネルにとって、"アクション"する映画は自分の考える新しい女性像を映し出せる場所だったのだろう。クチュリエとして20世紀モードを革新しただけでなく、バレエや舞台などさまざまな芸術において進歩的なコラボレーターだった彼女が、次の時代を予感させる映画という表現方法に着目したのは当然かもしれない。「映画には、その時代のファッションを伝える力がある」と語っていたシャネルが本格的に映画の世界と関係を結んだのは1931年のこと。ハリウッドの大物プロデューサー、サミュエル・ゴールドウィンに招かれて、ユナイテッドアーティスツスタジオで活躍する女優の衣装や私服のデザインを担当することになる。グロリア・スワンソン主演の『今宵ひととき』を筆頭に数本の映画に携わるが、彼女とハリウッドの関係は長くは続かなかった。ゴールドウィンが求めた旧態依然としたグラマラスな女性像とシャネルの 考えるエレガンスは相容れないものだったのだろう。役柄を超越するような女優の存在感をどう引き出すのか。シャネルの答えはシンプリシティにあったが、それが理解されるのはもう少し先になる。
彼女の挑戦はハリウッド後も続く。フランス映画界には彼女のエレガンスを必要とする友人たちが待っていた。演劇、バレエに次いで、ジャン・コクトーは初監督映画『詩人の血』の、ジャン・ルノワールは代表作のひとつとなる『ゲームの規則』の衣装を彼女に一任した。デザインこそしなかったものの、シャネルはひとつの作品で、彼女のシンプリシティがスクリーンに魔法をかけることを証明してみせた。マルセル・カルネ監督の『霧の波止場』でミシェル・モルガンが登場するシーン。彼女が考案した透明なトレンチコートにベレー帽というスタイルが、モルガンの女優としての存在感を際立たせる。「この映画にドレスは必要ないわ」とシンプルなコートを薦めたシャネルは、誰よりもこの詩的なストーリーの映像表現をわかっていたに違いない。
古い規範に囚われないことが共通点。ガブリエル・シャネルが14年間の空白の末に復帰した頃、映画界にも新しい波が生まれようとしていた。ヌーヴェルヴァーグの時代、カメラは街に飛び出して、女優たちの姿を追いかける。彼女たちは快適で自由な動きを与えてくれる服をシャネルに求めた。代名詞となったスーツで雨に濡れながら夜のパリを彷徨う『死刑台のエレベーター』のジャンヌ・モロー。同じルイ・マル監督の『恋人たち』やロジェ・ヴァディムの『危険な関係』など多くの作品で彼女は自分のためにアイコニックなシャネルのスタイルを纏う。スクリーンの外でもシャネルを愛用する彼女をガブリエル・シャネルも友人として迎えた。自分のエレガンスを体現してくれる女優として彼女を認めていたのだろう。ともに自由に生きる、新しい女性でもあった。
もうひとり、その体現者としてスクリーンに登場したのが『去年マリエンバートで』のデルフィーヌ・セイリグだ。アラン・レネ監督が見いだしたセイリグはこの作品が映画初出演とは思えない優雅さでシャネルの集大成ともいえるスタイルを着こなす。風になびくシフォンのドレス、繊細なレースのリトルブラックドレス、バイカラーのシューズ。ガブリエル・シャネル自身が手がけたモダンでクラシックな衣装によってセイリグは永遠の美の化身となった。世界一難解ともいわれる名作のなかで、彼女は60年以上たったいまも変わらないエレガンスを湛えている。
往年のシャネルのメイクやヘアスタイルを研究したというこの映画のセイリグは、ガブリエル・シャネル自身の投影。シャネルは映画に美をもたらす協力者であっただけでなく、彼女自身が映画のような存在だった。その眼差しや仕草、隙のない着こなし、生きる作法、すべてが映画の源となった。ジャン・コクトーが台詞を担当したロベール・ブレッソンの1944年の『ブローニュの森の貴婦人たち』でマリア・カザレスが演じたエレーヌも彼女を着創源に創作されたのでは、と言われている。強い意志を表す弓形の細い眉、漆黒の髪、黒のドレスにパールのネックレスを纏った姿はシャネルを彷彿とさせる。10代からシャネルを慕い、彼女の紹介でジャン・ルノワールの助監督となり、映画の道を歩んだルキノ・ヴィスコンティは、シャネルの人生を映画にしようと企画していた。それは幻に終わってしまったが、彼は自分の映画に彼女と生きた時代の記憶を忍ばせている気がする。
ふたりの繋がりは、彼の助監督だったフランコ・ゼフィレッリとメゾンのアーティスティック ディレクターとなったカール・ラガーフェルドに引き継がれる。2002年のゼフィレッリによる監督作『永遠のマリア・カラス』では、ファニー・アルダンが演じる世紀の歌姫の衣装をラガーフェルドが制作した。
人と人とのこうした絆が、映画とシャネルを結びつけてきた。だから、その関係は終わらない。100年先も続いているはずだ。
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