マルセイユからパームビーチまで、ケネディ家の秘密の料理人が歩んだ数奇な人生。
アメリカ人シェフのキャスリーン・クラリティは、フランス人料理人アンドレ・アンベールの失われたレシピ帳の復元に取り組んだ。アンベールは、アメリカで数奇な人生を歩んだ料理人だった。それは、彼女が敬愛する料理人の秘められた味の記憶をよみがえらせるための、まるで考古学者のような作業だった。

すべては、ある運命的な出会いから始まった物語である……。2024年、フランス在住のアメリカ人シェフで料理コンサルタントでもあるキャスリーン・クラリティは、ヴァレリー・パチュロー著のベストセラー『La Cuisinière des Kennedy(ケネディ家の料理人)』(Les Escales刊)を読み、アンドレ・アンベールの人生を知ることになる。これまで広く知られることのなかったこの女性に、すっかり魅了された。そして、その人生をより多くの人に伝えたいと考えるようになる。そこで彼女は、ふたりを結ぶ縁を、一冊の本という形で残すことを決意する。
ソラール社から刊行するために、アンドレ・アンベールのレシピ帳を復元するという取り組みだった。1907年に生まれたアンドレ・アンベールは、マルセイユの教会の前に置き去りにされていたところを発見された。当時、降り積もった雪にちなみ『ルフロワ』という名を与えられた彼女は、その後、ケネディ家の人々をはじめ多くの著名人に料理を振る舞う料理人としてアメリカでその名を知られるようになり、1999年に亡くなった。
キャスリーン・クラリティはこうして、60品のレシピをまとめ、調整を加えた。このレシピは、ドローム地方からフロリダ州パームビーチまで、波乱に満ちた人生を歩んだこの「国家の保護を受けた孤児」の美食の軌跡を物語っている。これは、第二の故郷フランスの郷土料理に40年もの間情熱を注いできた彼女にとって、「夢のようなプロジェクト」だった。
アンドレ・アンベールの人生について、以前から知っていましたか?
まったく知りませんでした! 彼女を知ったのは、一晩で夢中になって読み終えた小説がきっかけです。私は彼女の中に、自分と少し重なるものを感じました。私たちが生きた時代は異なりますが、歩んできた道には通じるものがあります。
彼女と同じように、私も偶然、料理の世界に足を踏み入れ、海外へ移住しました。子どもが生まれた後、そしてマーケティング分野での最初のキャリアを経て、フランス料理への情熱から、料理の道へ転身することを決めたのです。私は料理学校のフェランディに入学し、その後、エレーヌ・ダローズやシリル・リニャックのもとで働きました。そして現在は、料理本の執筆に専念しています。私は、勇敢な女性だったアンドレ・アンベールの、深く人間味あふれる視点にとても惹かれています。
彼女は、パパラッチの厳しい追跡やプレッシャーにさらされていたブリジット・バルドーがきちんと食事を取れるよう気遣い、結核を患っていたアルベール・カミュにも食事を作っていました……。しかも、それはその土地の風土や伝統に根ざした、家庭的な料理だったのです。
彼女の料理は、人生とともにどのように変化していったのでしょうか?
ドローム地方からリヨン、コート・ダジュール、そしてアメリカへ―彼女は、歩んできたそれぞれの土地での経験を糧に、伝統料理の基盤をさらに豊かなものにしていきました。彼女は、ガリアの都リヨンにある星付きのビストロ「マダム・レア」のもとで、バターを使った料理の奥深さを学びました。また、フロリダ州パームビーチでは、クネルに伊勢エビを取り入れるなど、伝統の味に新たな風を吹き込みました。さらにケネディ家では、選挙キャンペーンの際に、山のようなサンドイッチを即興で作ることもありました。彼女にとって、一皿一皿の料理は、場所と時代を超えた旅の記憶そのものだったのです。
彼女のレシピはどのようにして復元したのですか?
アンドレは書簡の中で自分のレシピについて触れていましたが、詳しい手順を記録することはありませんでした。そこで、調査を重ねる必要がありました。ある友人が、プロヴァンス料理のバイブルともいえる料理人のジャン=バティスト・ルブールの著書『La cuisinière provençale(原題)』を貸してくれました(初版は1897年)。さまざまな資料を照合し、食材が持つ地域性を手がかりにしながら、私は筋の通った料理の基礎を再構築していきました。また、現代に合わせた調整も必要でした。例えば、ローストしたツグミ料理のように、現在では狩猟が禁止され、もはや作ることのできないレシピもあったからです。気の遠くなるような作業でしたが、とても情熱をかき立てられる仕事でもありました。
再現するにあたって、ある程度ご自身の創意工夫を加えた部分もあったのでしょうか?
はい。私は、このドローム地方の料理にアレンジを加えたり、戦時中の物資不足の影響で質素になっていたこの郷土料理に、素材の豊かさやたっぷりとした味わいを加えたりしました。何よりも、多くのことを学びました。特に、バチケル(甘い揚げ菓子)、マタファン(プロヴァンス地方の大きなクレープ)、そしてパナ(かぼちゃのタルトで、パンプキンパイの原型ともいえるもの)など、地域に伝わる名物料理を知ることができたのは大きな発見でした……。ただし、サンクスギビングの料理は私自身のレシピです。七面鳥にオリーブを詰めるなんて、私にはどうしてもできませんでした!
『La Cuisinière des Kennedy, le carnet de recettes』
キャスリーン・クラリティ著
Éditions Solar刊、184ページ、29.95ユーロ
From madameFIGARO.fr
※この記事は、フランスの新聞社「Le Figaro」グループが発行する「madame.lefigaro.fr」で掲載されたものの翻訳版です。データや研究結果はすべてオリジナル記事によるものです。
- text: Alexandra Marchand (madame.lefigaro.fr)
- translation: Hanae Yamaguchi