【シンガポール旅】映画監督アンソニー・チェンのクリエイティビティを刺激する、おすすめスポット。
シンガポール出身の映画監督として、自国を舞台に市井の暮らしを描いてきたアンソニー・チェン。作品のインスピレーション源と、この国を訪れる旅人に見てもらいたい景色やアドレスを案内してもらった。

1984年生まれ。2013年『イロイロ ぬくもりの記憶』で長編監督デビュー、カンヌ国際映画祭新人監督賞受賞。『熱帯雨』(19年)のほか、中国・延吉が舞台の作品『国境ナイトクルージング』(23年)が日本で公開され、高い評価を得た。
取材の前日、アンソニー・チェン監督の新作『We Are All Strangers』(原題)がシンガポール映画として初めてベルリン国際映画祭のコンペティション部門のファイナル上映にノミネートされたニュースが国内を駆け巡った。
自身の少年時代を重ねながら制作した初の長編映画『イロイロ ぬくもりの記憶』(2013年)がカンヌ国際映画祭で新人監督賞を受賞し、28歳にして国際舞台へと躍り出たチェン監督。新作はシンガポール建国60周年にあたる、2025年が舞台となっている。

エキサイティングなタイミングで監督から指定された取材の場は、郊外の住宅地の一角、ローカル色あふれる長閑な食堂だった。
「新作撮影のために構えたオフィスがこのエリアだったのです。それで見つけたこのコーヒーショップ(シンガポールの庶民的な食堂の総称)が気に入り、撮影させてもらうことになりました。映画は料理シーンから始まります。多民族国家の豊かな多様性を持つシンガポールの“食”は文化を繋ぐキーポイントだと思っています」
ロンドンに16年間住み、この3年は香港を拠点にしながらシンガポールと行ったり来たりするチェン監督。ロンドン時代は毎晩していたというほどの料理好きを自認するだけあって、食文化から見えてくる自身のルーツが映画づくりのインスピレーションにもなっているようだ。
新作は13年の『イロイロ』、19年の『熱帯雨』に続く、シンガポールが舞台の3作目であり完結編。「同じ俳優が主演していて、彼が成長していく姿が描かれていますが、自分と社会も変化を遂げている様子が反映されていると思います」と、現在42歳、父親となった監督自身の成長と、国の変遷の記録でもあると語る。

「映画の舞台になったような公共住宅で育ち、ブルジョアとはほど遠い幼少時代を過ごしました。親とは英語で話す環境でしたが、中国語に興味を持ち、8歳の頃からチャイニーズシアターサークルに入っていました」
中国系シンガポール人であるアイデンティティを強く持ちながら、技術やものづくりは大学院時代から暮らした欧米から吸収したと話す。自国を外から見た経験があるからこそ、洞察的な視点で作品を組み立てることができるとも加えた。
「シンガポールは、“グリーンでクリーン”であることや、マリーナベイ・サンズやガーデンズ・バイ・ザ・ベイのようなモニュメンタルなものが強調されがちですが、この国のリアルな日常は、自分の映画に出てくるようなものです。新作では公共交通機関でたくさん撮影しました。真のシンガポール文化や社会に触れるために、あえてバスや地下鉄で、不便なところにも足を運んでほしいですね」

【トン・ビー コーヒー・ショップ】
ローカルに愛される、ヌードル自慢の店。

都心部から離れた長閑な空気が流れる住宅地の一角にある、昔ながらのコーヒーショップ。1960年代から続く店で現在は2代目が切り盛りする。地元住民や界隈の工場労働者のための食堂という家族的な雰囲気がなんとも良い。ローカル色ある魚のつみれスープや挽き肉麺などが人気だが、チェン監督のいち押しは「シンガポールいちおいしい!」というラクサ。ランチタイム後には料理が売り切れて早めに閉まってしまうので、朝の時間帯に行くのがおすすめ。

Tong Bee Coffee Shop
トン・ビー コーヒー・ショップ
92 Jalan Senang, 418464
tel:9362-8578
Ⓜ︎KEMBANGAN
営)6:30~15:00 ※売り切れ次第終了
休)日
@boonkeekwayteownoodle
【ナショナル・ギャラリー・シンガポール】
東南アジアの作品が一堂に! 国が誇る一大アートスポット。

かつての市庁舎&最高裁判所が国内最大級のアート施設に。旧市庁舎サイドの建物にはシンガポール出身の画家の作品が、旧裁判所サイドには東南アジア全体のアート作品が展示され、その数およそ8000点。「ここまでアイコニックなアートの公共施設があるというのは素晴らしいし、誇らしい」と、チェン監督も絶賛。館内には法律図書館を改装した美術関連の本が並ぶ図書館や、アート教育施設も充実。シンガポールのみならず、東南アジア全般のアートを浴びられる。
National Gallery Singapore
ナショナル・ギャラリー・シンガポール
1 Saint Andrewʼs Road, 178957
tel:6271-7000
Ⓜ︎CITY HALL
開)10:00~18:30 最終入場
無休
料一般20Sドル
https://www.nationalgallery.sg/
【トア・パヨ公共住宅】
集合住宅を通して見る、市井の暮らし。

限られた土地で暮らすシンガポール国民は、8割以上が公共住宅住まい。『We Ar e All Strangers』に登場したトア・パヨに限らず、中心地を少し離れると似たような建物が多数見られる。ほとんどの住宅にはバルコニーがないので、窓から伸ばした物干し竿がちょっとした名物だ。「庶民のリアルな生活文化を知るには、ハートランドと呼ばれる公共住宅が立ち並ぶ地域にも足を運んでみて」
HDB Toa Payoh
トア・パヨ公共住宅
68 Lorong 5 Toa Payoh, 310068
Ⓜ︎TOA PAYOH
【マリーナ・コースタル】
映画のロケ地から国の変遷を俯瞰。

マリーナベイ・サンズから徒歩圏内ながら、観光客にも地元民にもあまり知られていない広場。チェン監督は「この野原から見晴らすCBD(セントラル・ビジネス地区)に、進化し続けるシンガポールの変遷を俯瞰できる」と推薦してくれた。『熱帯雨』で鍵となるラストシーンのロケ地でもあり、上の場面写真と比べても、ビルの数など景色の変化が見てとれる。
Marina Coastal
マリーナ・コースタル
30 Marina Coastal Drive, 018945
Ⓜ︎MARINA SOUTH PIER
●1シンガポールドル(Sドル)=約125円(2026年7月現在)
●日本から電話をかける場合、シンガポールの国番号65の後、掲載表記どおりかけてください。シンガポール国内では掲載表記どおりかけてください。
●各紹介アドレスのデータ部分のⓂ︎は地下鉄の駅、Ⓢはセントーサ・エクスプレスの駅を示しています。
●掲載店の営業時間、定休日、商品・料理・サービスの価格、掲載施設の開館時間など、取材時から変更になる可能性もあります。店や施設によって、別途サービス料等がかかる場合があります。ご了承ください。
- photography: Joel Chua, Aya Kawachi
- text: Reiko Kasai
- collaboration: Singapore Tourism Board
*「フィガロジャポン」2026年6月号より抜粋