緑色の服はNG? パリ・オペラ座のコーラス、舞台美術家、楽員に聞いた伝統、迷信、マイルール。
Paris 2025.06.11
今年、創立150周年を迎えたオペラ座ガルニエ宮。この劇場で活躍するエトワールや舞台監督、衣装、コーラス、楽員、舞台美術家にインタビュー。彼らにとってのオペラ座とは?
Les Artistes de Choeur
[ コーラス ]
大勢でひとつの歌声を作り上げる。
コンスタンス・マルタ=ベイ
Constance Malta-Bey
ブリュッセル王立音楽院で歌を学ぶ。7年間医学を学んだ後、2024年3月にオペラ座に。
【仕事について】
私はソプラノ2として合唱団にいます。ソプラノよりも少し低音で少し暗めの肉厚な音色です。オペラ座に入るため、コンクール参加の準備をしていましたが、試験がとても難しく、選抜が3回もあって必死でした。
【私にとってのガルニエ宮】
音楽とダンス、アートの神髄です。フランスを代表する場所でもあり、パリ観光といえばエッフェル塔とオペラ座ガルニエ宮でしょう!
【好きな場所】
『ラ・ボエーム』に出てくるカフェと同じ、モミュスという名のカフェテリア。19世紀風の家具がいかにもパリのカフェという感じで。中庭を眺めながら、みんなと仲良くわいわい過ごしています。
【継承について】
合唱はひとりでは学べません。グループで声をひとつに合わせて表現しなくてはならない仕事。それぞれ人格も個性も違う大勢の人が、まるでひとりであるかのようにふるまうことが求められます。
【印象的な出来事】
ドニゼッティ作曲のオペラ『連隊の娘』。それまでDVDで聴いていたので、舞台上で歌った時に3Dの世界に入り込んだ気がしました。ソプラノ歌手のフェリシティ・ロットと同じ舞台に立ててうれしかったです。
【最高の思い出】
バレエ作品の『ジゼル』。同僚たちが踊っているのを見て感動のあまり泣きました。
【オペラ座の迷信】
緑のジャケットは着ない。先日、演出家の助手の女性が着ているのを見ましたが。
【プレミア公演の日のマイルール】
「トイ!トイ!」と唱えます。
【直近の作品】
1月24日のガルニエ宮150周年記念ガラで上演した、ベッリーニの『清教徒』、ヴェルディの『ドン・カルロ』、マスネの『マノン』を担当。
フレデリック・ギウ
Frédéric Guieu
ピアノや音楽学を学んだ後、22歳頃に歌をスタート。2000年にオペラ座に入り、03年バリトン(テノールとバスの中間の音域)のコンクールに合格。
【仕事について】
合唱団の一員として、作曲家が書いた楽曲を歌います。合唱団には100人ほどが在籍しています。群衆を表現したり、登場人物の行動について語ったりと、戯曲において重要な役割を果たします。
【私にとってのガルニエ宮】
パリに初めて来た時、最初に訪れた場所。その時は『椿姫』を観ました。ガルニエ宮は文化の歴史そのもの。マリア・カラスら多くの歌手がこの地を経験しました。
【好きな場所】
舞台裏のホワイエ・ドゥ・ラ・ダンス。ガルニエ宮の中の、小さなガルニエ宮という感じがします。
【継承について】
伝えるべきは情熱。ここで働くのは喜びであり、とても幸運なことです。
【印象的な出来事】
『リゴレット』にレオ・ヌッチという大好きなバリトンが出ていました。まだ正団員になっていなかった私に目をかけてくれて、「よく見て、俺から技を盗むんだよ」と言ってくれました。
【最高の思い出】
パトリス・シェロー演出による『コジ・ファン・トゥッテ』を担当した時。演出が素晴らしく、人と人が触れ合う熱気が感じられました。
【オペラ座の迷信】
とりあえず緑は着ないかな。
【プレミア公演の日のマイルール】
「トイ!トイ!」と心の中で唱えます。
【直近の作品】
2月6日から上演していたローラン・ペリー演出のベッリーニの『清教徒』。
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Les Ateliers
[ 舞台美術家 ]
背景や美術で世界観を演出。
フランク・モロー
Franck Moreau
ヴァンデ県のレ・サーブル゠ドロンヌにある、オープンカーや小型車専門の会社で製造を担当。1991年より、オペラ座勤務。
【自身の仕事について】
アトリエチーフを担当。アトリエには5名所属していて、彫刻担当も兼ねています。ポリスチレン製の彫刻をグラスファイバーや樹脂で覆ったり、舞台で使う動物の模型を製作します。イリュージョンを創りだしているのです!
【私にとってのガルニエ宮】
オリジンであり母体であり歴史そのものです。ナポレオン3世が常に頭に浮かびます。
【好きな場所】
舞台裏にワクワクします。巨大なオペラ・バスティーユの舞台裏に比べるとガルニエ宮は小さいですが。あちらでは飛行機が一機すっぽり入るくらい大きいと噂になっています。
【継承について】
この仕事は現場で学ぶもの。私たちは昔ながらのやり方を若い人に伝えます。そして若い人たちはプロセスをよりよく改良してくれます。お互いさまですね。
【印象的な出来事】
バレエ作品『ラ・バヤデール』の舞台背景は印象的でした。
【最高の思い出】
マスネのオペラ『サンドリヨン』をガルニエ宮で上演した時、舞台背景は複合材のみを使用しました。
【オペラ座の迷信】
ちょっとしたことですが、縄をcordeとは呼びません。
【プレミア公演の日のマイルール】
「うまくいきますように」と心で願います。舞台背景はとても精密なんです。
【直近の作品】
ヘンデルのオペラ『アリオダンテ』は2年前にロバート・カーセンの新演出によってガルニエ宮で上演されました。そのニューヨークバージョンを手がけました。
アラリック・アスティエ
Alaric Astier
2年間、語学の勉強をした後、パリ・オペラ座アカデミーの職人部門を経て2000年にオペラ座へ。21年に正社員となる。
【仕事について】
背景の制作担当。正式な肩書は「複合材による舞台背景コンセプター」です。さまざまな素材を組み合わせて背景を作り出します。よく使う素材はグラスファイバーです。
【私にとってのガルニエ宮】
フランスの文化遺産であり、素晴らしい建物。
【好きな場所】
威厳を感じる大階段。床下部分や吊物部分など、観客には見えない部分も好きです。
【継承について】
アトリエに入ってからは先輩のフランクがいちから教えてくれました。彼しかできない熱成形の技術も教わりました。自分から同僚や後輩へは、もっと環境に優しい新素材や3Dプリンターの知識を伝えています。
【印象的な出来事】
オペラ『サンドリヨン』で王女たちを造形したことです。この舞台は複合材を多用し、我々のアトリエが深く関わって舞台背景のアイデアを出したので思い出に残っています。
【最高の思い出】
2023年、トマ・ジョリー演出の『ロミオとジュリエット』を上演した際に、ガルニエ宮の大階段を原寸大で舞台上に再現しました。
【オペラ座の迷信】
舞台では火事が厳禁。特定の色や言葉が避けられています。口笛を吹いて叱られたことがあります。
【プレミア公演の日のマイルール】
とにかくお客さまの評判が気になってしまいます。作業が大変な舞台もありますが、どんなふうに見えるのか、気に入ってもらえるのか心配です。
【直近の作品】
1月末からスタートしたカリスト・ビエイト演出によるワーグナーの『ラインの黄金』を担当しました。
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Les Musiciennes
[ 楽員 ]
重層的な響きで観客を魅了。
タチアナ・ユド
Tatjana Uhde
フランス国立高等音楽院を卒業した後、スイスに渡り音楽を学ぶ。2008年にトゥッティ奏者としてオペラ座に参加。10年、コンクールに合格、第2ソリストに昇格する。
【仕事について】
オーケストラの団員。全部で174人いますが、私はチェロ奏者で、第2奏者や首席奏者を務めることもあります。主にオペラやバレエ作品を演奏し、時にはオーケストラコンサートや室内楽コンサートをすることもあります。
【私にとってのガルニエ宮】
夢のような場所! 来るたびに感動します。特に木でできたオーケストラピットの音響は温かみがあって好きです。
【好きな場所】
楽団員の楽屋。ちょっと古風な巨大な部屋で、テーブルや鏡があります。
【継承について】
常に意識しているのは同僚を励ますこと。特にソロに選ばれると辛い思いをすることもあるので。若い団員を支えていきたいと思っています。
【印象的な出来事】
コロナ禍にフィリップ・ジョルダンが手がけたワーグナー作曲の『ニーベルングの指輪』。無観客でラジオ放送されました。私はドイツ人なので、とにもかくにもワーグナーが好きで。10年前から夏はバイロイト音楽祭で過ごしています。
【最高の思い出】
『眠れる森の美女』や『白鳥の湖』を弾く時はいつも幸せな気持ちになります。とても素敵なチェロ旋律があるんです。
【日課】
きっちり練習した後、できるだけ早く出社して昼寝をする。
【プレミア公演の日のマイルール】
独奏が成功した時、足をこすります。楽団員たちの拍手代わりの静かな風習です。
【直近の作品】
1月29日から上演したカリスト・ビエイト演出によるワーグナーの『ラインの黄金』
クララ・ディエトラン
Clara Dietlin
フランス国立高等音楽院を卒業後、20歳でオペラ座に入り、3年後にチェロのソロ奏者に。幼い頃からの夢は『白鳥の湖』のソロを弾くこと。
【仕事について】
舞台にいる歌手やダンサーの伴奏をすることです。舞台下のオーケストラピットにいるので、舞台を自分たちが支えているともいえますね。ソリストは首席奏者に従い、ほかの人にその指示を伝えます。
【私にとってのガルニエ宮】
父もここでダンサーのコレペティトール(伴奏・指導をするピアニスト)として働いていたので、子どもの頃から思い出の場所です。
【好きな場所】
コレペティトールの部屋。ピアノが置いてあり、子どもの頃は毎週水曜日と土曜日をここで過ごしました。
【継承について】
コンクールに合格してすぐ、同僚のタチアナに「ソロ奏者に合格しちゃったんだけどどうすればいいかな」って相談しました。結果的にシャンパーニュでお祝いしましたが!
【印象的な出来事】
初めてワーグナーを弾いた時。楽譜が膨大なんです。オペラミュージシャンとして成し遂げるべきことのひとつです。
【最高の思い出】
ベネズエラの指揮者、グスターボ・ドゥダメルによるワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』を聴いた時、衝撃を受けました。自分がなぜこの職業を選んだかの理由を悟った気がします。
【オペラ座の迷信】
一度緑のズボンをはいてきてしまったことがあって、舞台監督から厳しく指摘されてしまいました!
【プレミア公演の日のマイルール】
頑張るのみ!
【直近の作品】
2月1日まで上演されていたアンドレ・アンジェル演出のレオシュ・ヤナーチェクの『利口な女狐の物語』を担当していました。
アールドゥヴィーヴルへの招待
2025年、創刊35周年を迎えたフィガロジャポン。モード、カルチャー、ライフスタイルを軸に、 豊かに自由に人生を謳歌するパリジェンヌたちの 知恵と工夫を伝え続けてきました。 その結晶ともいえるフランスの美学を、さまざまな視点からお届けします。
*「フィガロジャポン」2025年6月号より抜粋
photography: Laura Stevens (Madame Figaro) text: Lætitia Cénac (Madame Figaro)