フィガロが選ぶ、今月のシネマ5選[2016.08.05~]

Culture 2016.08.05

「フィガロジャポン」9月号に掲載したカルチャー情報を、madame FIGARO.jpでもお届け。現在上映中、近日公開予定の注目映画5作品と、その見どころをご紹介!

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周囲の現実から切断された私たちを関係づけ、収斂(しゅうれん)させる一点。

『イレブン・ミニッツ』

文/小野正嗣(作家)
『にぎやかな湾に背負われた船』(朝日文庫)、『獅子渡り鼻』(講談社文庫)ほか、今世紀の旺盛な作家活動と並行して2005年、パリ第8大学文学博士に。15年、『九年前の祈り』(講談社刊)で芥川賞受賞。

 現代社会においては、知識や技能が高度に細分化・断片化し、ネットであらゆるところとつながっているようでスマホの画面を覗く私は周囲の現実から切断され、世界と自己との関係のありようを俯瞰することは困難になる一方だ。

 無意識のうちに、その困難さにあらがい俯瞰図を得たいという欲望に駆られているのか、『イレブン・ミニッツ』の登場人物たちは空を見上げる。いや実際に、より高い地点へと向かいさえする。
 無意識? なるほど、人物たちは確かに己の行動に動機と意味を見出しているようだ。顔にアザを作った男は、好色な映画監督から美しい妻を守るべく、ホテルのスイートを目指す。バイク便の男が高層ビルを登るのは、そこが届け先だからだし、救急車に乗った女医は患者を救うため古いアパートの階段を登らなければならない。ホテルの部屋で恋人との逢瀬を楽しむ男は、ビルの窓ふき作業員なのだから、休憩が終われば宙吊りのゴンドラに戻るのは当然だろう。
 だが、ホットドッグ売りの男が、切迫した感じの若者が、年老いた日曜画家が、空を見上げるのは、爆音を響かせる飛行機が低空で飛んでいるからだけではない。何を見ているのか? いや見させられているのか? 
 シェパード犬の視線に据えられたカメラが強調するように、見上げるという仕草は我々に重力の呪縛を意識させる。そして「重力は殺す」。そのことに気づくとき、見上げ、登る人たちをつなぐ線―いや、〈点〉の所在が明らかになる。それは、あなたと私を結びつけながら世界を織りなす無数の関係が収斂する一点なのかもしれない。

『イレブン・ミニッツ』

監督・脚本/イエジー・スコリモフスキ

出演/リチャード・ドーマー、ヴォイチェフ・メツファルドフスキ、パウリナ・ハプコ

2015年、ポーランド・アイルランド映画 81分

配給/コピアポア・フィルム

8月20日より、ヒューマントラストシネマ

有楽町ほか全国にて公開

 

*「フィガロジャポン」2016年9月号より抜粋

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アイルランドの才能が紡ぐ、ケルト神話の豊穣な物語空間。

『ソング・オブ・ザ・シー海のうた』

古代ケルト文化の渦巻き文様や20世紀のパウル・クレーらに通じる色面構成を、2Dアニメーションならではの童話的様式美に結晶させた快作。崖上の家で娘シアーシャを産んで母が姿を消し、因縁の妹を兄のベンは邪険にしてきた。が、やがて兄妹は海と森に分け入る旅へ。アザラシの誘導、巻き貝の妙なる響き。石化した妖精群を解き放つシアーシャの不思議な力を得て、人間と妖精の波打ち際に広がるアイルランドの神話世界が渦を巻く

ソング・オブ・ザ・シー海のうた』

監督/トム・ムーア
2014年、アイルランド・ルクセンブルク・ベルギー・フランス・デンマーク映画 93
配給/チャイルド・フィルム、ミラクルヴォイス
820日より、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国にて公開

 

*「フィガロジャポン」2016年9月号より抜粋

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名物ニュース番組の剛毅さと、誤報一斉バッシングの震撼。

『ニュースの真相』

CBS放送「60ミニッツ」「同・」は、名アンカーマンのダン・ラザーらを番組の顔として、独自の調査報道と高視聴率で一時代を築いた。時は2004年。ジョージ・ブッシュ大統領再選前の軍歴詐称疑惑スクープが、証拠文書「偽造」論争からダン(ロバート・レッドフォード)解任へと綻びてゆく過程を、ダンとは父娘的な絆で繋がった、ケイト・ブランシェットの若手プロデューサーの奔走を軸に描き出す。TV報道番組が勇猛果敢だった米メディアの転換点を写し、「対岸の火事」では終わらない現在形の訴求力がある。

『ニュースの真相』
監督・脚本/ジェームズ・ヴァンダービルト
2015年、アメリカ・オーストラリア映画 125
配給/キノフィルムズ
85日より、TOHOシネマズ シャンテほか全国にて公開

 

*「フィガロジャポン」2016年9月号より抜粋

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チベットに根づいた巡礼を、身も心もなじむように描破。

『ラサへの歩き方祈りの2400km

『こころの湯』の俊才チャン・ヤンが中国チベット自治区に根を下ろす聖地巡礼に着眼。現地の村に入り、実際に巡礼を悲願しつつ生活事情から叶わずにいた老人ヤンペルを起点に、近親・近所の人々をキャスティングする。水浸しの道の五体投地、荷台の陣痛、未知の旅人との邂逅、旅の途上での往生と鳥葬。演者たちの長い巡礼=映画作りの旅が高山の光や風や雪を受け、緩やかなリズムを刻んで実人生と分かち難い形で浄化へ向かう。旅に備えた導入部の生活スケッチも秀逸。

『ラサへの歩き方祈りの2400km

監督・脚本/チャン・ヤン
2015年、中国映画 118分
配給/ムヴィオラ
7月23日より、シアター・イメージフォーラムほか全国にて順次公開

 

*「フィガロジャポン」2016年9月号より抜粋

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感傷を排し、簡潔にして清冽、「朗読劇」の新たな里程標。

『いしぶみ』

スタジオに女優・綾瀬はるかがひとり。セットは箱馬を黒子が並べ替え、道や川や碑に見立ててゆく簡素さだ。原爆投下の朝、勤労動員に駆り出された広島二中の1年生321人の足跡を、近親者らの綿密な証言記録として綾瀬の声がたどる。おびただしい死者の数に埋もれがちな、固有の「最期の時間」を各々刻みつけながら。綾瀬の朗読は姿勢ともども、朴訥にして凛冽。技巧を感じさせない感銘がある。1969年に反響を呼んだTVドキュメンタリー「碑」のリメイクだが、是枝監督は図らずも生き残った者の胸中にも踏み込み、いまと通い合う回路を作品に穿つ。

『いしぶみ』

監督/是枝裕和
2016年、日本映画 85
配給/広島テレビ
ポレポレ東
中野ほか全国にて順次公開中

 

*「フィガロジャポン」2016年9月号より抜粋

réalisation : TAKASHI GOTO

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