写真家、ヴィヴィアン・サッセンがとらえた30年。

Culture 2024.10.09

モデルとして撮られ、写真家として撮る側へ―フェミニストであり、ファッションラバーから敬愛されるヴィヴィアン・サッセン。女性として存在し、第一線で活躍する原動力について尋ねた。


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"Thank you girrrls!"というパワフルな締めくくりでインタビューを終えた、オランダ出身フォトグラファーのヴィヴィアン・サッセン。今年の春に国際的な写真フェスティバル『KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭2024』で30年余りにわたるキャリアの集大成とも言える大規模回顧展を開催したことは記憶に新しいが、いままでに数々のファッションブランドのキャンペーンを手がけ、フランスのヨーロッパ写真美術館やロンドンのThe Photographers' Galleryをはじめ、世界各国で個展開催とともに作品集を刊行するなど精力的に作品を発表してきた。いわば国際的な評価を受けているファッションフォトグラファーであり、そして、唯一無二のアーティストだ。

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彼女の作品のルーツには、まず幼少期に父の仕事の関係で暮らすことになったアフリカ・ケニアでの体験がある。現地の強い太陽光に照らされて見える景色は、後に作品集『Flamboya』や『Umbra』から見て取れるように、独自の表現である強いコントラストとビビッドカラーを生み出すきっかけとなった。もうひとつのルーツが、女性としての自身の体験。フォトグラファーになる前、20代の頃にモデルとして活動していた彼女がセルフポートレートした写真群は、彼女の初期の作品シリーズとして知られている。30年前の写真業界といえば、男性フォトグラファーがまだまだ多かった時代。一概に男性フォトグラファー全員がそうだったわけではないが、Male Gaze(男性のまなざし)は近年の#MeToo運動によって写真、映画業界内部からの告発により、改善されるべき問題として扱われている。ヴィヴィアン・サッセンもまた、当時モデルとして感じていた男性フォトグラファーから受けるまなざしから解放される術として、セルフポートレートを始めたのだと言う。

「モデルとして仕事をするなかで、男性フォトグラファーが自分に向けるまなざしになんとなく違和感を覚えていました。若くて未熟で世間知らずだったこともあり、彼らが『恋人を見るようにカメラを見て!』という色気を求めるポーズの指示に居心地の悪さを感じてしまって。モデルとしての経験値があれば、自分と切り離して仕事として演技をすることで、私自身を守ることもできたのかもしれない。だから、自分でシャッターを切ることは、まるでコントロールされていた自分のイメージや身体を取り戻すような行為でした。もちろんほかにも自分を撮る理由はいくつかあって、単純に被写体を見つけるより楽だったこともあります。当時まだ大学生で学生寮に住んでいたので、よく夜な夜ないろいろと実験的に撮影していました。そうやって写真を通して自分の身体やセクシュアリティを探求していくことで、私の中にあるさまざまな自分を知っていこうとしていたんだと思います」

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時が経ち、2023年にセルフポートレートを集めた作品集『Self Portraits 1989-1999』を刊行。「もう出版した頃にはセルフポートレートに興味がなくなってしまっていたんですけどね(笑)」と、いまや当時の葛藤を笑いながら振り返ることができるようになった彼女だが、見られる側/見る側の視点を持っていることはフォトグラファーとして活動するうえで大切な経験になっていると続ける。

「常にモデルには無理をさせないようにしています。フォトグラファーによっては追い込むことで良い絵が撮れると思っている人もいるみたいですが。私の場合は、大丈夫? と声をかけて居心地のいい撮影環境を作れるように心がけてますね」

そうした撮影現場の環境の変化は、彼女の30年続くキャリアの中でも肌で感じていることのひとつだという。

「写真を学ぶ学生の女性の比率が増えてきているので、これからさらに環境は変わっていくと思います。これはモデルとフォトグラファーだけの問題ではなく、社会全体の問題としても話せること。決断権を持つポジションにまだまだ男性がついているケースが多い中で、私も写真を始めたばかりの頃はコマーシャルな仕事の際、もうひとりの女性フォトグラファーとデュオを組んでいたことで、かなり救われた部分はありました。ふたりでいることで強くなれる、というか。いま52歳になって歳を重ねた分、経験値も知識も増えたおかげで、たとえクライアントが自分より年齢が上でも、何が正しい判断なのか自信を持って言えるようになりました」

2024年に発表されたジェンダーギャップ指数で、日本の順位は146カ国のうち118位とG7としては最下位に位置している。日本でもまったく変化が起きていないかというとそうではないが、ジェンダーバランスに加えて年功序列を大切にする慣習も相まって、仕事で男性から求められる女性のポジションというのは優しく従順であることもしばしばあるのではないだろうか? 筆者の体験を交えながらそんな悩みを吐露すると、彼女らしく優しくも心強い言葉が返ってきた。

「基本的に男性は強い女性を怖がってる。だから、急に自分の意思を発言する女性に出会うと、怖くてポジションから外したりするもの。でも女性が自身の中にある強さに気付き、勇気を出して挑戦し続けることは、とても健康的なことだから大丈夫」

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彼女がセルフポートレートを経て、女性としての自身の体験に再度向き合ったのは、作品集『Of Mud and Lotus』。女性が持つエネルギーに着目したこのシリーズでは、タイトルの「泥なきところに蓮華は咲かぬ(泥中の蓮)」ということわざからインスピレーションを得て、女性性という原始的な概念が持つさまざまな"豊かさ"をテーマに有機的な戯れを表現。写真をコラージュしたり、自身の手で彩色することで元の造形から発展し、新たな生命が宿ったようなアブストラクトかつ躍動感のあるビジュアルが並ぶ。フォトグラファーとして精力的な活躍を見せる時期に、ひとりの女性として出産し子育てをするタイミング迎えることは、どのような体験だったのだろうか?

「実は若い頃は将来、母親になるとしたら少なくとも2〜3人は出産して仕事も辞めて子育てに専念するものだ、と思ってたんです。でも蓋を開けてみたら逆で、出産後、すぐに仕事を再開できました。それはパートナーのおかげ。幸いにも彼自身がすごくフェミニストで家事の大半をやってくれることで、私も作品制作が続けられていると思っています。いまや息子も16歳なので、ひとりで留守番できますが、まだ小さかった頃は出張の撮影がある時に、パートナーが自営業なこともあって家で仕事も育児もしてくれて。逆に彼が外で仕事がある時は、私が家にいたり、お互いにいいバランスをとって子育てできています。そうやって社会でも男女ともに平等なライフバランスを取ることが当たり前になってほしいですよね。社会全体がいまを生きる若年層から学ぶべきことはあって、女性として将来の自分のためにも立ち上がることはたくさんあると思うんです」

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自身がモデルとしてもフォトグラファーとしても、そしてひとりの人間としても感じてきたことを積み重ね、作品へと昇華しながらも常に時代の変化に柔軟に対応する。そして、次の世代に向けた社会・環境作りも考える。そんな彼女の前向きな姿勢が、絶えず制作発表し続けられる原動力にもなっているのかもしれない。

「2025年1月12日までアムステルダムのFoam Photography Museumで、KYOTOGRAPHIEでも開いた回顧展『PHOSPHOR: Art & Fashion』を巡回展示します。そこでは、KYOTOGRAPHIEの際に訪日して感じた日本の自然風景を収録した映像作品も何点か追加して展示予定です。アムステルダムの後はトルコでも展示を予定していて、それが落ち着いたら、またアフリカに行きたいなと考えています」

ヴィヴィアン・サッセン
1972年、オランダ・アムステルダム生まれ。ファッションデザインを学んだ後、ユトレヒト芸術大学とアトリエ・アーネムで写真を学ぶ。2017年にはオーストリア、ドイツ、アメリカで大規模個展を開催。ハイブランドの広告も多数手がけ、写真や出版物で受賞経験も多数。
『PHOSPHOR: Art & Fashion』
会期:開催中〜2025/1/12 
会場:Foam Photography Museum(オランダ・アムステルダム)
開)10:00〜18:00(月~水、土、日)
10:00〜21:00(木、金)
料)一般16ユーロ
https://www.foam.org/events/viviane-sassen/

*「フィガロジャポン」2024年11月号より抜粋

photography: © VIviane Sassen, courtesy Stevenson, S-A text: Yoshiko Kurata

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