シャイで愛にあふれた、噛み合ない父と娘の物語。

Culture 2017.07.25

ゾッとするほど不気味なのに、シャイで愛にあふれた父親の変装術。
『ありがとう、トニ・エルドマン』

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新興国で要職に就く娘を慰労すべく、ドイツから父が来訪。悲喜劇的な騒動の末、胸を衝く名場面が現出する。カンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞受賞。 

 恋人のような父娘。そんな表現をよく見聞きするが、はて、私のまわりにはそんな親子は見当たらず。「厳格な父」という日本ならではの言い方があるように、そもそも日本の男って照れ屋ですよね?
 父親になったところで突如わが子に豊かな愛情表現をできるはずがない。まして子どもが成長し自立してしまうと、どう接していいやら。少なくとも私たち昭和生まれ世代の父親は、シャイボーイ多し、だと思う。だが、私の父は仕事と睡眠以外はずっと、しゃべるか食べるか怒るか歌うかの賑やかな人。ただ、長年親子をしてきて、父の賑やかさはもしかすると照れ隠しではと、つまり父もやっぱりシャイボーイなのだと、そんな気がする。
 『ありがとう、トニ・エルドマン』はドイツ・オーストリアの合作映画だが、日本人の感覚にとても近い父娘の関係が描かれている。仕事に追われ疲弊していく娘を、父は心配する。それは父親としてはごく普通の感情なのだが、心配の仕方がなんとも不可解で、ある意味シャイ。モサモサのヅラに汚い入れ歯、不気味な変装で仕事場に現れたり、友人や恋人の前でコーチングやコンサルタントを名乗り作り話をする。娘は何度か父にキレる。その度に父はショボくれ丸い背中をより丸める。娘は後悔する。次は優しくしようと。なのに父はまた懲りずに……。父娘の愛憎の繰り返しに笑いながらも、自分だったらと想像しゾッとする。
 父の最後の変装はホラーにも劣らぬ不気味の極み。なのになぜだか愛であふれている。不思議だ。シャイボーイな父親を持つ人なら、その愛をきっと、受け取れるはず。

文/呉 美保(映画監督)

2006年、自作脚本を映画化した『酒井家のしあわせ』で長編監督デビュー。14年、『そこのみにて光輝く』が国内外の賞を受賞する。最新作は中脇初枝原作の『きみはいい子』(15年)。
『ありがとう、トニ・エルドマン』
監督・脚本/マーレン・アデ
出演/ぺーター・ジモニシェック、ザンドラ・ヒュラー
2016年、ドイツ・オーストリア映画 162分
配給/ビターズ・エンド
シネスイッチ銀座ほか全国にて公開中
www.bitters.co.jp/tonierdmann

*「フィガロジャポン」2017年8月号より抜粋

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