フィガロが選ぶ、今月の5冊 「臆病」な若手女性詩人、文月悠光による初のエッセイ。

Culture 2018.06.17

臆病な人が飛び立とうとする、まぶしい瞬間。

『臆病な詩人、街へ出る。』

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文月悠光著 立東舎刊 ¥1,728

“臆病な詩人”と自分を呼ぶ女性のエッセイ集について書くことになって、私はいつになく物怖じしている。私がこの本について書いていいのだろうか。もっとふさわしい人がいるのでは? 著者のメッセージを間違えて伝えてしまったらどうしよう。そんな風に思ってしまうのは、文月悠光がそれくらい他人に対して、新しく向き合う世界に対して、ものすごく気を使う人だということがこのエッセイから伝わってくるからだ。すごく真面目。でも、そんな風に張り詰めている自分を彼女は“臆病”だという。レンタルDVD ショップも、八百屋も、それについて何も知らない自分が試されている場所のようで恐い。極端なようだが、彼女が感じているような躊躇は、実際には誰の心にもある。

では、臆病な人とそうでない人を分けるものは何なのだろう。自分は臆病だ、このままではいけないという思いなのではないだろうか。だから彼女は冒険する。恐怖心を捨てて、前に出るのではない。傷つきやすい自分のままで、世界と対峙しようとするのだ。その冒険が、それこそ初めての初詣といったささやかなものであっても、彼女がそこから持ち帰るものは大きい。

そんな小さなものから、テレビに出演する、アイドルのオーディションにエントリーする、といった大きなものまで。このエッセイ集にはさまざまな彼女の冒険の記録が収められている。彼女が前に出ようとすると、臆病な心がそれを押しとどめる。ふたつの相反する力が作用して、派手に転ぶ時もある。

そんな風に転ぶ彼女がうらやましいと言ったら、怒られるだろうか。転んだ時に負う傷の痛さを知らないと言われるだろうか。それでも言おう、臆病な人だけが持つ翼があるのだと。その羽を広げ、飛び立とうとするまぶしい瞬間がこの本にあるのだと。

文/山崎まどか コラムニスト

著書に『オリーブ少女ライフ』、訳書にレナ・ダナム著『ありがちな女じゃない』(ともに河出書房新社刊)など。最新刊は、文庫本『断髪女中ー獅子文六短篇集 モダンガール篇』(筑摩書房刊)。

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*「フィガロジャポン」2018年6月号より抜粋

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