『空白の絵本』から、先人の絵と言葉が語りかけてくる。

Culture 2020.10.17

死者たちの声に耳を傾け、その声を伝え続ける凄み。

『空白の絵本 ー語り部の少年たちー』

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司 修著 鳥影社刊 ¥1,870

子どもの頃、私が眠る枕元に置かれていた『ふたりのイーダ』。松谷みよ子さんのその本の表紙には司修さんの絵があった。その絵を見るたびに、不思議と私の心には恐しさと美しさと尊さが渦巻いたのを、いまでもはっきりと記憶している。

この本は司修さんが、30年前に書いた「幽霊戸籍」にまつわるNHKスペシャルドラマ(主演は樹木希林さんと深津絵里さんだったそう!)のシナリオを、いま小説として書いた作品だ。小説では、母、母の育ての親であり夫でもある「おじさん」、娘の空子。「おじさん」の遺灰を流しに行くために、母と空子は広島県の三次を訪れるところから物語は始まる。そこには、実際に広島の原爆投下を生き抜いた子どもたちの詩や言葉、民話「瓜子姫」や数々の小説からの引用が、縦横無尽にちりばめられる。私はこの捉え難くも圧倒的な語りに、あの絵とともにあったあの感情がよみがえった。

「死者の声」の章では、大江健三郎『ヒロシマ・ノート』からの一文が引用されている。「この死者たちのことを、僕は聖者と呼ぶべきかもしれない」。それから最後に全文が引かれている。「生きのこる者たちが、かれらの悲惨な死を克服するための手がかりに、自分の死そのものを役だてることへの信頼がなければならない。そのようにして死者は、あとにのこる生者の生命の一部として生きのびることができる」。

私たちは先人たちが残した絵や言葉を、描かれ、語られ、あるいは描かれず、語られなかった言葉までを、いったいどうしたら捉えることができるのか。生きのびさせることができるのか。ここにあるのはそこに対するどこまでも誠実でまっすぐな司さん自身の返答だ。

文/小林エリカ 作家、マンガ家

1978年、東京都生まれ。初長編小説『マダム・キュリーと朝食を』(集英社刊)で三島由紀夫賞、芥川龍之介賞候補に。近著に『トリニティ、トリニティ、トリニティ』(集英社刊)など。

*「フィガロジャポン」2020年10月号より抜粋

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