音楽が物語を決定づける映画『ハムネット』と『嵐が丘』。
Music Sketch 2026.04.10
最近公開された英文学の名作をベースにした映画『嵐が丘』と『ハムネット』について、音楽から捉えてみたい。
『ハムネット』のラストシーンを決定づけた1曲
まずは10日に公開されたクロエ・ジャオ監督作品『ハムネット』から。ウィリアム・シェイクスピアの妻アグネス(ジェシー・バックリー)の視点を通して、シェイクスピア(ポール・メスカル)が「いかにして不朽の名戯曲『ハムレット』を完成させたか」が描かれている。とにかくラストが圧巻で、それまでシェイクスピアに対してロンドンへ単身赴任しているかのような状況に抱いていたモヤモヤが一気に消え去り、強い高揚感へと転じる。それはその場に流れるマックス・リヒターの楽曲「On the Nature of Daylight」(2004年)による部分も大きい。実際、監督は映画のラストシーンを思い描く際にこの楽曲に助けられたといい、撮影終盤の数日間は、現場で繰り返し流されていたという。
原作となる『ハムネット』(20年)は、イギリス女性小説賞、全米批評家協会賞を受賞し、世界から喝采を浴びたマギー・オファーレルの小説。一方、ジャオ監督は『ノマドランド』(21年)で、第93回アカデミー賞作品賞と監督賞を受賞している。そのふたりが共同で脚本を執筆し、女性目線を重視して描かれたことに応えるように、熱演のジェシー・バックリーは第98回アカデミー賞で主演女優賞を受賞した。『ウーマン・トーキング 私たちの選択』(22年)での演技も良かったが、一瞬たりとも目が離せなくなるほど本当に素晴らしい演技なのだ。
---fadeinpager---
古楽器から生み出す「魔女的なエネルギー」
そして、このスクリーンに欠かせないマックス・リヒターの音楽にも言及したい。リヒターは「対話が多い作品」なので、「音楽は演技や心理を邪魔せず、むしろ際立たせるために"透明であるべき"」と考えたという。
その音楽で注目すべき点は3点ある。1つは、『ハムネット』のスコアにおいて、メインとなる色彩化した「声」。リヒターはエリザベス朝の音楽を参照しつつも、伝統的な合唱曲や抽象的なコーラスのモチーフも取り入れ、「羊水のような空間」を作ろうとしたという。つまり、音楽が物語を包み込み、守り、生命を育むような役割を果たそうとする、リヒターらしい詩的な表現といえる。
ふたつめは、16世紀頃に使われていた古楽器(ヴィオールやニッケルハルパ、ハーディ・ガーディなど)を、アクセントとして使用したこと。なかでも監督は主人公アグネスの「大地の女神」のようなキャラクターに「魔女的なエネルギー」(自然と共生し、薬草や直感を操る神秘的な性質)が宿っていると考えていたこともあり、これを表現するために、古楽器の音を電子的に加工するなどして、現代的かつ呪術的な響きを作ったという。また、シェイクスピアがオルフェウスの物語を語るシーンでは、オルフェウスが竪琴の名手であるためハープを使用。曲自体は当時の伝統的な歌ながら、魔術的なフォークの伝統と結びつけるためにハープ用に編曲し、そのメロディはエンドロールの曲「Of the undiscovered country」で再び流れてくる。
リヒターの想いを込めた「他者を理解する」ための音楽
3つめは最大の見せ場に流れる「On the Nature of Daylight」だ。リヒターによれば、撮影終了の3日前までは他の曲が使われていたという。しかし、監督がジェシーからこの曲を聴かせてもらったことで閃きが生まれ、そこからこの曲を繰り返しながら撮影することに。結果、「この曲なしではラストは成立しない」と判断され、そのまま使用が決まった。
この曲は、元々はイラク戦争へと突き進んでいく状況の中で書いたという。リヒターの「他者を理解し、悲しみを受け入れ、争いを避ける」という想いから、変ロ短調の不安や悲しみが強く伝わってくるような旋律を、弦楽五重奏とシンセサイザーで演奏。反戦の意を込めたプロテストアルバム『The Blue Notebooks』(04年)に収録されている。これまでも映画に使われることが多く、『主人公は僕だった(Stranger Than Fiction)』(06年)や『シャッター アイランド』(10年)、特に反戦の意味も込められた映画でもある『メッセージ』(17年)では冒頭とラストで流れていたが、『ハムネット』では、この曲がこの作品全てを包み込んでいくと言っても過言ではないほどの存在感だ。
余談ながら、舞台上のハムネット役(ノア・ジュープ)に子ども時代のハムネット役の面影があると思ったら、ふたりは実の兄弟だった。そういった隅々まで配慮された丁寧な作りにも魅せられた。
---fadeinpager---
『嵐が丘』で感情をかき乱す音楽体験を
ひと足早く公開されたエメラルド・フェネル監督による『嵐が丘』は、エミリー・ブロンテ原作のロマンスに新たな解釈を加えて再構築した作品。主演マーゴット・ロビー、主題歌チャーリーxcxということで早くから話題になっていたが、伏線はフェネル監督のデビュー作であり、第93回アカデミー賞脚本賞を受賞するなど、傑作と評価された『プロミシング・ヤング・ウーマン』(20年)にあった。音楽に関していえば、監督はチャーリーxcxの大ファンを公言し、この映画の冒頭に使われたチャーリーの曲「BOYS」は、最初から脚本に書き込んでいたというほど。そのため「嵐が丘」に向けて1曲書いてほしいと自らチャーリーにメッセージを送ったところ、「アルバムを作ってもいい?」と本人から電話があり、即決したという。
フェネル監督にとって音楽は、「特に身体的な反応を引き起こしたい時や、人に何かを感じさせたい時にとても重要な要素」であるという。「チャーリーはツアー中にもかかわらず、新しくて、セクシーで、感情を強く揺さぶる、信じられないほど素晴らしい音楽を次々と送ってきてくれたの。だからこそ、原作を知っているかどうかに関わらず、映画を観た人たちにも、心をかき乱され、方向感覚を失うような体験をしてほしい」と、インタビューで語っている。
チャーリーxcxによる「優雅さと残忍さ」という音楽設計
代表的な曲は、美しい令嬢キャサリンと屋敷に引き取られた孤児ヒースクリフの複雑な心情を表現するような、多層的なストリングスが絡み合う楽曲「Wall of Sound」だろう。このサウンドのアイデアは、チャーリーがトッド・ヘインズ監督によるドキュメンタリー『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド』(21年)を観たことから。ジョン・ケイルがヴェルヴェット・アンダーグラウンドのストリングスを録音する時に「優雅さと残忍さも必要だ」と話していたことを知り、『嵐が丘』の脚本を読んだ時に感じた「恐ろしいような愛のストーリー」に匹敵するように「優雅さと残忍さ」を音楽のキーワードに決めたという。そして念願が叶い、冒頭に流れる「House featuring John Cale」でジョン・ケールと共演を果たした。
劇中ではアルバムの曲が全て使われているわけではない。しかしアルバムを聴いているだけでキャサリンの心情に寄り添えるような気持ちになれることも、このサウンドトラックの魅力だろう。
現代的な視点が加えられた『嵐が丘』
フェネル監督はキャサリンとヒースクリフの年齢を原作より引き上げ、マーゴットが演じる約6年のなかで、「結婚しなければならない」というキャサリンの社会的プレッシャーを強調。そしてエドガー・リントンと結婚したことが「人生最大の過ち」だったことが証明されていく。
そしてこの作品のおもしろさはキャサリンとヒースクリフに論点を集中させるだけではなく、現代という時代性を意識していること。ラブストーリーと復讐譚に加え、当時から論じられてきた「ヒースクリフは黒人か?」といった人種問題より、家父長制やLGBTQ+を問うようなキャラクター設定をし、それぞれを鋭くも丁寧に描いている点も特筆すべき点だろう。また、イザベラが兄のエドガーにロミオとジュリエットの手紙について話している伏線も絶妙だし、そして、なによりロケーションがとにかく素晴らしい。
『プロミシング・ヤング・ウーマン』にはマーゴット・ロビーがプロデューサーとして参加していたし、『バービー』(23年)では、女優でもあるフェネル監督はマーゴットと共演、チャーリーも楽曲で参加していた。それゆえ彼女たちにとって3作目となる『嵐が丘』は、熱き友情を感じさせるような濃厚な作品にも感じられるのだ。
そして、『ハムネット』の音楽と『嵐が丘』の音楽は対照的ながら、映画の意味が決定づけられる"その瞬間"を、それぞれが鮮やかに捉えている。
●監督/クロエ・ジャオ
●原作/マギー・オファーレル『ハムネット』
●出演/ジェシー・バックリー、ポール・メスカル、エミリー・ワトソン、ジョー・アルウィン ほか
●126分 ●2025年、イギリス映画
●配給/パルコ ユニバーサル映画
©2025 FOCUS FEATURES LLC.
4/10から全国で公開中
https://hamnet-movie.jp/
●監督/エメラルド・フェネル
●原作/エミリー・ブロンテ『嵐が丘』
●出演/マーゴット・ロビー、ジェイコブ・エロルディ、ホン・チャウ ほか
●137分 ●2026年、アメリカ映画
●配給/東和ピクチャーズ・東宝
©2026 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.
https://wutheringheights-movie.jp/
*To Be Continued

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
X:@natsumiitoh





