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ーおとこのて

この部屋は夕方16時40分頃になると
僕が望んでいる以上に夕焼けでいっぱいになる。
その度に僕は違う部屋に居る彼女を呼び写真におさめていた。
彼女は「またあ?」とはにかみながら猫を抱きぺたぺたとやってきた。

真冬だというのに僕のTシャツに僕の半ズボン。
その姿を見るたびに“だからいつも風邪引くんだよ“と思っていたが
だからといってその真夏みたいな彼女の姿が愛おしくて、
本当に愛おしくてしょうがなかった。
リビングの白い壁に彼女が立つと彼女の白い肌が一気にオレンジ色になった。
夕焼けが彼女を包んでいるのではなく彼女が夕焼けを包み込んでいるのだと思った。

猫と彼女、彼女と僕、僕と猫。

これが僕達の日常だった。
息をするのと同じくらいに彼女を写真の中に残した。

レンズの向こうにいる彼女の目は
猫と同じ目をして僕を見つめた。

どこか期待をされていないような気がして
美しいと思いながらもたまに不安になった。
今思えば、彼女は僕を見ていたわけではなく
ただレンズを見つめていたのかもしれない。

今でも僕は猫を撮る。
レンズを向ければ猫はこちらをじっと眺めるが
これも僕が思っているだけで猫にとっては
何も知らないのかもしれない。

“僕が撮っている”

その事実にとてつもなく悲しくなった。
カメラを絨毯に置いて顔を腕の奥までしまい込みたかった。

奥の方にある何かを噛み締めた感覚を感じながらカメラを持ち、猫を撮った。
猫は無意識の癖なのか、それとも僕以上に気を使っているのかしっかりと今日もレンズを見た。撮ることでしかこの悲しさは消えていかず、そして悲しさが消えるわけでもなく形を変えて写真の中に悲しさが残ることにまた悲しさを感じ、この感情は僕の中だけで膨らむばかりだった。

写真の中に入った彼女が大好きだった。
その彼女は僕のことが大好きな顔をしていたからだ。
写真を見るたびいつも声が聞こえてきてしまうほど
写真の中の彼女は確かに生きていた。

「またあ?」

彼女はいつから写真になってしまったんだろう。
彼女はいつから写真になったことに気付いていたんだろう。

今日の夕焼けのせいでまたしても
部屋はオレンジ色でいっぱいになったが、
僕がこの部屋に包まれても意味はなかった。
ましてや、僕がこの部屋を包んでいるとは到底思えない。

男はオレンジ色になった白い壁を何も言わずに撮った。

「私、写真になっちゃったのかな」

二人に残るもの、それは
切り取られてしまった(切り取ってしまった)日常で

それだけが全てで、それだけだった。

それでも僕はこれからも残し続けてしまうんだろう。

それだけが全てで、それだけなんだ。

『撮る男』

ーおとこのて

モデルとしてメディアで活躍する一方、彼女の中から生まれる独自の言葉を作品にし、詩集やエッセイ、写真、音楽、ジュエリーなど、形を変えて“表現”の幅を広げている。@loveli_official

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