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タクシーの中で言ったあの冗談について、いまでもたまに謝りたいと思う。さすがにあれは言いすぎたって。家に到着するまで君は黙り込んだまま、怒ることも話すこともやめて、僕はその動こうとしない空気を肌で吸い込むことしかできなかった。

おとこのて

丁度あの頃の僕達は出会って半年くらいになっていた。今日は君の誕生日で僕は昨日が誕生日だった。ドイツからの帰り道の飛行機、そのまま君が先に泊まっている宿へ向かう。

飛行機に乗った直後、まだ走り出すこともなさそうだったので僕は四角形の紙を黒髪の貝みたいな髪型をした搭乗員から数枚もらった。そして僕はその紙に「お誕生日おめでとう。少し待っててね」と汚い文字で走り書き、すぐさま走り出す前に宿の人にこの紙を印刷してテーブルに置いてほしいと、お願いをした。

慣れもしないことをしたもんだなぁ。と急に恥ずかしくなり見知らぬ隣の叔父さんと目を合わせてしまった。彼女が泊まっている宿に着くのはおそらく22時頃で彼女の誕生日は残り2時間になる。

着いて早々、彼女の声は奥の方から聞こえた。
「おかえりーおめでとー」と繰り返し聞こえるその先へ向かうと彼女は露天の中でぷかぷかと身体を浮かせていた。恥ずかしがることもなく、ぷかぷかと。

そして彼女と一緒にぷかぷか浮いた。
長時間座りっぱなしの身体がほぐれていく。
その夜は、もう遅すぎてディナーというディナーは食べることができなかった。夜食として出されていた塩むすびと、少しの昆布。瓜の漬物。
彼女のリクエストで買ったスーパーのお寿司10巻。

彼女は何ひとつ怒ることなく、
「ふたり共おめでとうだねー。」と言って
次から次へとお寿司を口の中へ入れていった。

その後彼女は僕よりも先にプレゼントをくれた。
古いフィルムカメラだった。Big miniと書かれてあるそのコンパクトなフィルムカメラだ。
彼女は渡すなり僕からカメラを取り上げて僕の写真を一枚撮った。なんでもいい写真、どうでもいい写真。これが僕たちにとって日常である。

その後は館内の探検をした。変わらず彼女は僕にくれたはずのカメラを使い、僕を撮りまくっている。

彼女は疲れたのか館内での遊び終えて部屋に戻るとすぐに4人でも眠れそうな広いベッドで眠りについた。

僕は彼女が残した表面の乾いたお寿司を食べて
君の最後の誕生日を10分ほどだけ、ひとりで過ごしていた。

 

そして今日は僕の誕生日で明日は君の誕生日だ。
君と過ごした半年間はもう2年前のことだ。
僕は君ではない彼女と今日を過ごしている。

彼女は君からもらったカメラで
僕の写真を一枚撮った。

「おめでとう」
「ありがとう」

そう言って僕達は軽いキスをして、
いつもの部屋で寝そべってNetflixを開こうとしている。彼女は味気もなく「私今日シャイニング観たい」と言い始めていた。

少しだけ、ほんの少しだけ
ドイツから帰ってきて疲れた身体の重さの感覚と
君に会える宿までの47分間を瞬間的に思い出していた。

来年も僕の誕生日があって
君は明日が誕生日だ。

おとこのて

モデルとしてメディアで活躍する一方、彼女の中から生まれる独自の言葉を作品にし、詩集やエッセイ、写真、音楽、ジュエリーなど、形を変えて“表現”の幅を広げている。@loveli_official

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