写真・文/甲斐美也子(在香港ジャーナリスト、編集者、コーディネーター)
香港と言えば、摩天楼きらめく大都会や、賑やかな雑踏の印象が強いかもしれないが、実際に暮らしてみると、全土の40%が自然公園と聞いて納得が行くほど、自然が豊かだ。ギュッと狭い範囲に、海も山も都会もすべて揃っている香港は、世にも希な利便性が高いアウトドア天国と呼んでもいい。
山、都会、海、都会、そして山と、ダイナミックにさまざまな要素が視界に入るのが香港の魅力。龍が9匹横たわっているように見えることから「九龍」という地名が生まれたように、山の起伏も見事だ。
たとえば香港を代表する観光地であるピーク。有名なピークトラムの山頂駅周辺は、海抜552mある太平山の中腹で、都心から舗装されたコースを歩きながら40分ほどで登ることができる。平均寿命が世界最長の地域だけあって、週末には孫や子どもたちと楽しそうにハイキングする、元気な老人の姿をあちこち見かけるのも微笑ましい。
早朝にピークまで歩いて登る際に見かけたのは、とても手際よく働く老人ばかりの清掃グループ。健康維持にも良さそうな老後の仕事かもしれない。
Dragon’s Backという有名なハイキングコースでは、パラグライダーを楽しむ人を通りがかりのハイカーが一斉に撮影していた。
ケーブルカーの山頂駅や展望台の周辺を起点にして、1時間ほどで1周できる2800mの平坦なトレイルもある。香港を東西南北にわたって見下ろしながら、あっと息を飲むような絶景にもたびたび出合えるのに加えて、夜であれば野生のヤマアラシやイノシシにばったり出くわすことも珍しくない。郊外に遊びに行けば、野生の水牛に出会うのは当たり前。香港は思いのほかワイルドなのだ。
夜にピークへのハイキングを楽しんだ後、遭遇した野生のイノシシ。まるで前を行くカップルの飼い犬のように歩いていたので、すれ違ってびっくり。
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一方、より本格的でハードなトレッキングを楽しみたいなら、いくらでも選択肢がある。香港の中心部である香港島の中だけでも、雄大な風景を楽しめる5カ所の自然公園を繋ぐ50kmのトレイルがあり、郊外の新界地区や空港のあるランタオ島に行けば、さらに本格的なトレイルが縦横無尽に存在する。
そしてランタオ島には美しく静かなビーチが多数あり、野生の水牛たちが夕涼みに訪れる。子どもたちは川の途中にある岩場の天然プールにジャンプして遊んだりもする。
ランタオ島は手つかずの自然に囲まれた密かなオアシス。
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ハイキングは、もともと人気が高いアクティビティだったものの、新型コロナウイルスが猛威を振るって飲食店も娯楽施設も閉鎖になり、営業規制がかかっていた2020年秋冬には他に娯楽がない状態になったこと、より健康的な生活を送りたいと考える人が増えたこともあって、人気が沸騰。週末には老若男女問わず、誰もが山に向かうような日々が続き、ハイキングコースが渋滞することさえあった。
コロナ禍以降、かつて一流ファッションブランド店だった場所にスポーツ店が入居するようになるなど、アウトドア志向の高まりがうかがえる。
確かに香港は狭いけれども、その狭さもメリットになることがある。とにかく何もかもが近くにあるので、思いきり自然の中で汗を流したあと、すぐに地元の名店でおいしいものが食べられるなど、短い時間でいろいろなことが楽しめてしまう。
香港一高い大帽山(海抜957m)はハイキングの名所。山の中腹にある有名飲茶店には、下山途中に立ち寄る人も多い。
しばらく週末の人気アクティビティの首位に君臨していたハイキングだが、5月には連日30℃超え、湿度90%以上の日々が続き、コロナ禍による規制も緩んできたため、小型船をレンタルして海を楽しむジャンクボート(小型船)がその座にとって変わりつつある。
国際観光都市として名を馳せている香港だが、在住者でないと触れる機会がない魅力にも溢れており、海外に遊びに行けないいま、改めてそう実感している。
photography & text: Miyako Kai