Culture 連載
きょうもシネマ日和
フランスの巨匠アラン・レネの最期の贈り物は、とびきりキュートな人生賛歌! 『愛して飲んで歌って』
きょうもシネマ日和

アラン・レネ監督の葬儀がサン・ヴァンサン・ドゥ・ポール教会で行われたのは3月10日。国中がその死を悼み、フランス各紙は追悼特集を捧げたそう。
2014年3月1日、アラン・レネ監督が天国へと旅立った。享年91歳。レネ監督といえば、アウシュヴィッツ収容所でのホロコーストを告発したドキュメンタリー『夜と霧』を思い出す方も多いだろう。私は学生の頃このモノクロ作品を見て、その恐ろしさが若干トラウマになっていた思い出も......。その後もドキュメンタリーだけではなく、数々の作品を発表。『恋するシャンソン』は日本でも大ヒットし、『夜と霧』を知らないニッポンの女子たちをも魅了した。そして、オドレイ・トトゥも出演したとってもお洒落なミュージカル『巴里の恋愛協奏曲』を手がけた時はすでに80代。そのセンスの良さと老いる事のない感性に賞賛の声が集まった。
そんなアラン・レネ監督の遺作となった本作。タイトルは『愛して飲んで歌って』。なんとも魅力的なこのタイトル、一体どんなストーリーなのか。

作品タイトル『愛して飲んで歌って』は、ヨハン・シュトラウス2世のワルツの名曲「酒、女と歌」から来ているのだそう。
◆ ストーリー
舞台はイギリス。登場する3組の夫婦は、長年の友人であるジョルジュが、末期がんで余命わずかと知らされる。残り少ない彼の人生をより良いものにしようと皆で立ち上がるのだが、過去に彼と関係のあった女たちが彼をめぐって火花を散らすことに。そんな妻を抱えて、何かと右往左往する旦那たち。皆で一致団結するはずが、それぞれの夫婦の危機を迎えることに!?
◆ アラン・エイクボーンの戯曲を映画化
登場人物たちの騒動のきっかけとなるジョルジュ自身が出てこないまま、長年連れ添った夫婦や、仲良しの妻同士の歯車が微妙に噛み合わなくなっていくさまがユーモアたっぷりに描かれ、思わず笑わずにはいられない。
原作は、イギリスの有名な戯曲家アラン・エイクボーンの『お気楽な生活』だ。監督は彼の戯曲を気に入っていて、『スモーキング/ノースモーキング』『六つの心』に次いで3作目の映画化となっている。
監督が惚れ込んだストーリーに命を吹き込むキャスト陣は、"レネ組"と言われる実力派たち。公私にわたりパートナーだったサビーヌ・アゼマを始め、数々の映画賞を受賞してきた彼らが絶妙な演技合戦を見せてくれるのも、本作の楽しいところ。
「絶対誰にも内緒だよ」と夫に言われたのに、彼がいなくなった途端、誰かにその秘密を喋ってしまう妻や、妻に気づかれていないだろうと若い女性にうつつを抜かす夫など、何だか身近すぎる(身近でいいのか!?)出来事の裏で、理屈だけじゃ片付けられない気持ちを抱えた男女の悲喜こもごもを味わい深く演じている。

書割のセットについて、監督は「人物がブルッチの書割を出たり入ったりするように、観客も舞台と映画の間を行ったり来たりする。レーモン・クノーの作品のような、ごちゃまぜのラタトゥイユみたいにして舞台と映画の壁を突き破らせ、最後には完全なる自由さを持たせたかった」と説明。91歳にして衰えないクリエイティビティに感服です。
◆ さいごに
もうひとつ、付け加えるべきは、舞台が明らかに"セット"だということ。夫婦が暮らす家や庭などが全て人気バンド・デシネ(フランス漫画家)作家ブルッチによる書割で、『去年マリエンバートで』以降、全てのレネ作品を手がけてきた美術監督ジャック・ソルニエが見事にセットに仕立ててしまった。
セットの中で現実を生きる登場人物たち。その生々しいセリフの連続に、虚構と真実の間にぶら下がった観客の私たちは何とも不思議な体験をすることになる。え!? 一体どういう意味? とイメージできない方は、是非スクリーンで確かめて頂きたい。見た目の楽しさはもちろん、今までにはない新鮮な驚きや感覚を引き出してくれる。
監督は、映画タイトルを原作通りの『お気楽な生活』から変更、他にも随所に舞台とは異なる演出を施している。
厳しい現実に向き合い、生きることを真摯に問い続けたアラン・レネ監督が、91歳にして私たちにとびきり軽やかでキュートで、ラストにはじんわりとした温かさが心に沁みる人生賛歌の物語を贈ってくれた。この素晴らしく素敵なプレゼントを、是非映画館で受け取ってほしい。
『愛して飲んで歌って』
監督:アラン・レネ
出演:サビーヌ・アゼマ、イポリット・ジラルド、カロリーヌ・シオル、ミシェル・ヴュイエルモーズ、サンドリーヌ・キベルラン、アンドレ・デュソリエ
配給:クレストインターナショナル
2015年2月14日(土)から岩波ホールほか全国順次公開
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