Culture 連載

Dance & Dancers

森山開次『曼荼羅の宇宙』―"言葉にならない、景色"を
森山・高木 両氏の対談にさぐる。

Dance & Dancers

新国立劇場・現代ダンスの今シーズンのオープニングを飾るのは、
森山開次振付・新作、『曼荼羅の宇宙』。
一部が、5人の男性ダンサーらによる作品で、
二部は森山氏のソロダンス、という構成。
そしてどちらも音楽を手掛けるのは、高木正勝氏。

静謐でありながら、マグマの様な情熱を奥底に秘めた森山開次の身体の表情に、
不思議な質量を持つ高木正勝の音の世界が出会い、
どんな化学反応を起こし、そこにどんな"景色"が表れるのか―。

7月のある日、新国立劇場のリハーサル室では、
森山氏が5人のダンサーに振付ける様子をじっと見つめながら、クロッキー帳にイメージ画を走り書きしている高木氏がいた。
覗き込んでみると、風が波を飲み込もうとしているような景色が、そこに描かれていた。

どんな作品になりそうなのか、ふたりの対談にそのヒントをさぐってみたい。


いままで"ニアミス"続きだったふたり。

―今回、高木さんとコラボレーションするに至った経緯は? 森山さんは以前から高木さんの作品に関心があったのでしょうか。

森山(以下M) :僕が出演した映画の音楽を担当されていたり、CDを聞いていたり...。直接お会いしたり、意識したりすることは無かったにせよ、いろんなところで"ニアミス"はしていました。
一番面白いと思うのは、以前渋谷のチャコットのスクールで教えていた時、高木さんの音楽を使っていたこと。クラスの内容に変化を取り入れたいと思う時、音楽に頼るのですが、気に入って使っていたのが、高木さんの音楽でした。

―改めて高木さんの音楽を聞いて、あれ?この人のことずいぶん前から知っているような気がする、って? 身体で覚えてる、みたいな?

M:そう。そういえばマネージャーも"高木さん、高木さん"って言ってたなぁ、って(笑)。
でも、高木さんの音は僕にとって踊りやすかったんですね。振付をするときに僕の動き、身体の筆跡が入りやすかった。隙間があるというか...うまく言えませんけれど。

―高木さんは、以前からダンスに興味があったのですか?

高木(以下T) :以前にNoismの金森さんの作品とか、欧米のダンサーの作品などに接する機会があり、興味は持っていました。ダンサーには、ミュージシャンが行っていることとはものすごく違う感覚があるんだろうな、と。
それまで、何か淡々と音を追っていたのですが、ダンサーの身体性に出会ってからは、もっと身体と向き合いたいと思うようになったんですね。そこで、ピアノ一台でコンサートをやるというのに挑戦したのがちょうど2年前でした。
例えば、指が最速で動くとき"超える"っていう瞬間がどう現れるのか、それを5分間の中で試す。身体の重心をうんと下に降ろしたら、あ、指が二倍動く。身体をこう動かす(とひねりながら、)と音がよじれる、って気づくんですよ。誰かに教えてはもらえない自分だけの感覚というものが、現れる。音を動かすのではなく、身体を動かすことで、同じ曲が変わる。弾くのではなく、演じるような感じ。自分が"漕ぎ手"になったような感じ。そのときはじめて、きちんと身体と向かい合うことの興奮を知りました。

M:ダンスをしていても、それが"ダンスをしている風に見えない"人というのがいますよね。そこは何かやはり、奏でている感覚、というものがあるのだと思います。

dance_120820_No_0278.jpg新国立劇場公演『狂ひそうろふ』Photo:Takashi Shikama

dance_120820_001.jpg高木正勝


夜叉、から、翁、へ。新しい流れの中を生きる今、表現できること。

T:森山さんは何を意識しているんですか、踊るとき。

M:模様を描く...。空気と遊んだり、切ったり、なんかそういう感じがあって。

T:ここ数日、このリハーサル室で僕が見ていた印象ですけど、森山さんは振付の中で、ダンサーたちが与えられた役柄とか現象とかをやるかどうかということより、実際にそうしたものになれているかどうかをとても気にされている感じがしたんです。例えば、波の様に見える動きがあった時、形としての波ではなく、波としてのエネルギーが見えたときにはじめて納得している。演じると言うよりは憑依していくような、そんな感じを求められているのかなと。

―高木さんは今まで森山さんに対して、どんなイメージをお持ちだったのですか?

T:今まではね、夜叉とか、座敷童とか、なんだか妖精的な存在。けれども今回リハーサルを拝見していてふと、"翁"のイメージが湧いてきたんですよ。日本昔話の中の花咲か爺さんのような。それも、ぱーっと何かを撒いている絵本の中の花咲か爺さんではなく、枯れ木に花を咲かすと言う素敵な行為を行っている花咲か爺さん。だからそこをどうにか、そのまろやかさのようなものを、音で表現してみたいですね。

M:嬉しいです。以前は、ダンス=闘いだったんです。21歳でダンスをはじめたときから。身体が硬い自分、一緒に舞台に立つ人たちとの競争、舞台に立つ不安、振付師との考えの違い、仕事を貰えるか貰えないか、生活との戦い、もう必死で駆けてきた。それで、髪も風貌も名前までも、闘うために変えて、なんとかかっこよく見えるよう演じてきた。見られる・魅せる、という闘い。
でも最近は素の自分みたいなところが、ぽろっと出ちゃってる。今までは強力にブロックしていたんですが。

―弱い自分を出せるようになったんですね。その分、表現もより開放的になっているのかも知れませんね。

M:今までは、最初にはったりかましておいて、後からボロが出ないよう自分をたたいてきたという感じです。でも、はったりかましてまで自分を良く見せなくてもいい、そういう勇気が持てるようになった。少し自信がついてきたのかも知れません。それは、いろんな出会いが、僕の中に新しい流れを作ってくれたからなんでしょうね。

T:(うんうん、とうなづきながら、)わかります。森山さんより年下の自分が言うのも何ですが...、自分を良く見せなくては、かっこいい自分でいなければ、と力んでしまう、そういう時期ってありますよね。

振付家として、"受け容れる"ことの楽しさを味わう

―それにしても、今回は個性的なダンサー達を揃えましたよね。今までソロで踊ることがほとんどだった森山さんが、これだけ、独自の世界を持っているメンバーに振付し、ひとつの世界を作っていくというのは、新鮮であり大変でもあると思うのですが。

M:その通りです。でも、今回は僕が振付をする、という以上に、彼らがそれをどのように変換してくれるのかというのが、楽しみでもあるんです。自分のスタイルを持ち踊ってきた彼らが今、自分の経験を出し惜しみせず、僕の作品の中に放出してくれている。普通、ダンサーって"振付まだですか"って待ってるんですが、彼らはそうじゃない。ひとつテーマを投げかけると、そこにどんどん自分のアイディアを重ねはじめる。そういう、変化させていくプロセスがいま、面白いんですね。
でもこういう状況を楽しめるようになったのはやはり、闘わなくなってきたからかも知れない。

―さっき高木さんに指摘されたように"夜叉"から"翁"になりつつあるのかな。

M:そうかも知れないですね。それぞれの身体と、僕の身体の感覚は違う。だから、僕の感覚を押し付けても彼らを動かすことはできない。彼らを受け容れることが大切です。
コンテンポラリー・ダンスって作品性が絶対的なものと思われがちですが、どういうダンスであれ、"その人を活かす"ということが根底では大切なのではないかと思います。今回、5人の男たちに振付けているわけですが、彼らは動き方、目線、意識、すべてが違う。それぞれ体得してきているものが違って、その違いには意味も理由もあり、それが振付家としては新たな発見だし、その発見を通して自分の価値観にも改めて気づくことができる。
ちょっと前だったら、苦しかったかも知れないのですが、今はそれが楽しく感じられる。振付の魅力ってこういう部分にあるのではないかとさえ感じます。

舞台に描く、「書」。丸っこい音のイメージ。

―5人のダンサーたちに振付けている第一部のテーマは「書」だと伺っています。5人の男たちは、どんな景色、あるいは文字を、舞台に描くのでしょうか。

M:彼らは筆と言えば筆だし、彼ら自体が筆跡だと言えばそうだとも思います。

T:見ていると、両手が揃って10本の腕が、一本の筆になったりもしていますね。

M:ただ、書いている、描いているのは僕です。彼らにはそれをたどってもらいたい。ひとりひとりの、ひとつの動きをちゃんと見せたいんです。ユニゾンにしたりして動きを組み合わせたら簡単に厚みは出ると思うのですが、ひとつひとつの身体の流れを、大事にしたい。
それは、僕がソロダンスでやってきたからだと思います。ひとつの身体として観客の視線を受けとめてきた、そのこだわりですね。

―音楽はどうでしょう。高木さんの音楽っていつも"景色"を感じるのですが、踊りに高木さんの音楽の景色が加わって、作品の持つ状況とか物語性とか、そうしたものがより立体的に立ち上がってくる予感がします。

T:何というか、柔らかい水で描いた、丸っこい音の世界をイメージしています。それがどこまであの男どもに合うのか(笑)。
この数日間で感じたものを確かめに、勉強しに、旅行に行こうと思ってます。和歌山あたりかな。

―和歌山に、何か作品に通じるイメージや、風景が、あるんですか?

T:同じ光と影、風でも、どういう風に落ちてくるかとか、上を流れているのか下から吹き上げるのか。音も同じで、ただ出すのではなく、どこからどんな目線で捉えている音なのか、それが自分の中ではっきりしないと進まないんです。今回は、和歌山のある風景の中に、ヒントがありそうな気がしていて。
夏の間、いろいろもがくんだと思います。わざと今までやったことのないようなことを試みて、へこんだり立ち止まったりもしそうです。で、最後に、素直にやればいいや、というところに行きつきそうな気がしています。ただ、一度無限に広げてみるのもいいと思っています。何が出てくるかわからないですけれど。

―広げた中で見つけたこと、拾ってきたことを使うか、使わないかは別として。

T:そう。自分の知らないものがポンポンと出てきて、それらを自分なりに咀嚼してみるって、得じゃないですか。いい勉強の機会になる。森山さんと仕事をすることで試せるんだから。変なことをしたり、ダメだったら、(森山さんに)ストップかけてもらえるんだから、自分は思い切り試してみるチャンスなんですよ。それはダンサーの方たちも同じ気持ちだと思いますよ。

M:高木さんは、そういう意味では6人目のダンサーですよね。

dance_120820_No_0435.jpg新国立劇場公演『狂ひそうろふ』 Photo:Takashi Shikama


登山中の森山開次、下山中の高木正勝

―ところで、振付と音楽を同時進行で創っていく、というのはわくわくする一方で、難しい側面もあるのではないですか。

M:音楽に合わせて踊りを作っていく良さも窮屈さも知っているし、振付先行でこれに合わせて音をください、というやり方も経験してきました。だからこそ今回、スタート地点を一緒にとれたのがよかった。作品を創るということを考えたら、ゼロから大きな流れを共有したい。ただ振付けるだけでなく、音楽との関係性の中で生まれてくるものをも、模索したいですし。
最終的には、舞台空間で音が踊っていてくれればいいですね。

―一方で、二部は、ピアノとダンスのコラボレーション、つまり森山開次×高木正勝の世界、となるわけですよね。こちらのテーマが、曼荼羅。

M:口で説明するのは難しいのですが...。ここ数年、仏教、空海、そういう世界に漠然と興味を持っていました。詳しく勉強しているわけではないのですが、積極的に接するようになっていた。

T:曼荼羅の図みたいに、沢山の"扉"をこの作品のために準備して臨む、それがこの曼荼羅、というテーマに対する僕のイメージです。これから本番までの日々、一日に3つくらい、その扉を見つけるつもりでやって行こうと。
実は、今回の仕事に出会えて、山から出てくるような気持ちなんです。震災以降僕は、"自分の記憶"という山中に籠って、これまでの作品を分析し整理したり、自分との対話に時間を充てていた。けれども結局、今まで自分が積み重ねてきたものでやるしかない、自分の"外"でも"内"でも無い、そういうポジションを見つけたいと思うようになった。そこで、(創作を)やれるようになったらいいと。...今回に関しては、皆さんの期待している感じじゃないモノが出てきそうです。大きい振れ幅の中で音を創っていくことになりそうです。でもそれが、曼荼羅なんだだなぁって。

M:奏でて、踊る。互いに呼びかけ合い、返し合う、そういう関係を見せたいですね。響き合うような。
...僕は反対に登山中なんです。なので、違う視点から作品にかかわってもらい、助けられているんだなって思います。

T:舞台の上で完成されていく、そんなぞくっとする瞬間に出会いたい気もします。

M:今回のメンバーは、ひとりを除き全員が30代です。30代って、ダンサーにとってひとつの大きな山、重要な時期です。高木さんをはじめ、そういう時期にある個性の強いメンバーと共に、ひとつの作品に向かっていけるのは、とても貴重な時間です。


●森山開次/Moriyama Kaiji
ダンサー/振付家。2005年、ソロ作品『KATANA』にて国内外で評価され、2007年ベネチアビエンナーレ招聘。映画・演劇・テレビなどで幅広く活動、主な出演作品に映画『茶のあじ』『たまたま』、テレビ『からだであそぼ』『トップランナー』『情熱大陸』『旅のチカラ』など多数。
●高木正勝/Takagi Masakatsu
映像作家/音楽家。CDやDVDのリリース、美術館での展覧会や世界各国でのコンサートなど、分野を限定しない幅広い活動を展開。デヴイット・シルビアンのワールドツアーへの参加、Audi,NOKIAとの共同制作などコラボレーション作品も多数。Newsweek日本版で「世界が尊敬する日本人100人」のひとりに選ばれるなど、世界が注目するアーティスト。

●曼荼羅の宇宙
2012年10月17、18、19、20日(以上19時開演)
20、21日(15時開演)
・出演 森山開次、柳本雅寛,佐藤洋介、龍美、東海林靖志、三浦勇太
・会場 新国立劇場 小劇場
・料金 A席5,250円、B席3,150円、Z席1,500円
一般発売 9月4日 10時~
問 新国立劇場ボックスオフィス ℡03-5352-9999
http://www.nntt.jac.go.jp/dance/

dance_120820_mandara.jpgPhoto:Bishin Jumonji


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