日本は恵まれている? 生理休暇が欧米で普及しない理由。
Beauty 2021.08.02
文/岩澤里美(スイス在住ジャーナリスト)
男性上司から理解が得られないと、生理痛ではなく胃腸炎と言う女性も。写真はイメージ。photo: iStock
女性を弱者として見なし差別を助長するとの声も。
昨年11月、英スコットランド議会で生理用品をすべての人に無料提供する法案が可決された。適切な生理用品の購入が難しい状況、いわゆる「生理の貧困」に向けた対策だ。これを皮切りに、ニュージーランドやフランス、そして日本でも一部の自治体や企業が無料提供を実践し始めた。このムーブメントがどこまで広がっていくのかわからないが、月経への社会的関心は、ここにきて、にわかに高まっている。
意外に思う方も多いかもしれないが、ヨーロッパには生理休暇の政策がない。生理についての社会的理解は日本の方が進んでおり、ヨーロッパでは「日本には生理休暇制度があるのに、ヨーロッパではまだだ」と報道されている。生理痛が重い人はヨーロッパにもいる。ヨーロッパでも生理休暇があってもよさそうなのに、なぜ進展が見えないのだろう。
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日本の政策は好イメージ、一部では実態も報道。
日本では、生理痛のために働くことが難しい労働者は休暇を取得できると法で定めている。有給か無給かは事業者が決めており、厚生労働省の調査では、2015年3月時点で無給の事業所は74%だ。生理休暇を請求した女性は、同月で0.9%だった。生理休暇取得のピークは1965年で26.2%もいたが、以後、減少し続けている。
民間の調査を見ると、取得率は5%(2600人を対象)から7%(1000人を対象)といった割合だから、やはり、生理痛で休暇を取っている人は少ないと考えられる。
一方、ヨーロッパでは、2017年にイタリアで、医師の診断書があれば毎月3日間の有給生理休暇を与えるという法案が議論されたが、制定には至らなかった。イギリスでは、女性社員が多くを占めるコエグジスト社が2016年から生理休暇制度を設けており、本制度を導入したイギリス初の企業ということで話題になり、その後もよく引き合いに出されている。
日本の生理休暇制度は、欧米でも例に挙がることが多い。もっとも、英紙ガーディアンや米CNNでは、日本には制度があっても、上司や同僚に生理期間だと知られたくない人もいて実際は日本の女性たちはあまり利用していない状況だと伝えている。
ただ、このように詳しい実態を報じず、「日本には、すでに生理休暇制度があるんですよ!」という単にポジティブな意味合いで述べている記事が多い印象を受ける。
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生理休暇制度に賛成の人たちの声。
生理期間であることを他人に知られたくない女性は欧米にもいる。女友だち同士でさえ、生理痛がなかったり、ごく軽い人もいるので、重い症状の人にとっては話しにくい(相手に理解してもらいにくい)と感じるだろうし、生理期間であることをわざわざ話のネタにしなくてもいいと思う人もいる。
筆者自身も、仲のいいヨーロッパ人の女友だちであっても生理期間や生理痛を話題にすることはほぼ皆無だ。タブー視しているという意識はないのだが、結局は無意識のうちにこの話題を避けているのかもしれない。
ヨーロッパにも生理休暇制度があったらいいのにと思う女性はいる。英紙インディペンデントでは、経済と女性の権利に詳しいフリーライターのレイチェル・レーヴェースさんが、毎月の生理の間、休日を1日取れたらいいのにと述べている。
女性の生理期間は平均4~8日間だが、自分が求める生理休暇はたった1日なのだから無理な要求ではないはず、将来、企業の雰囲気が柔軟になればそれは無理ではなくなると主張している。ちなみに、レーヴェースさんはその記事をコロナ禍のテレワークのなかで書いており、生理痛があっても家で仕事ができることはとてもいいと感じている。
筆者のスイス人の友人Lさんも生理休暇制度に賛成だ。40代のLさんは12歳で月経が始まって以来、重い生理痛を抱えている。7年前には子宮内膜症の手術を受けたそうで、その後も生理痛のひどさは変わらない。以前は鎮痛剤が手放せなかった。いまは横になったり熱いお風呂に入ったりすると少し楽になるので、鎮痛剤は緊急時にしか飲まないという。約10年間フリーランスとして働いてきて、どうしてもつらい日は働かないと決めている。
「フリーになる前、会社員だったころは男性上司から理解が得られないと思って、生理痛ではなく、いつも胃腸炎のためだと言って休んでいました。振り返ると、馬鹿だったと思います。女性の生理は現実のことだし、生理痛だと言わなければ偏見や無理解は変わらないですから。生理はもうタブー視すべきでないです。みんなが、生理は恥ずかしいことだと感じなくなるといいですね」
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生理休暇は不要、議論で収拾がつかなくなる。
他方、スイス人の友人Cさん(40代)は、生理休暇制度は逆効果だという意見だ。Cさんも思春期に月経を迎えてからずっと重い生理痛を抱え、出産前に子宮内膜症の治療をし、出産後にホルモン治療を受けてからは痛みが少し改善したという。子どものころは、毎回痛みに加え、精神が非常に不安定になって泣いたり自殺したいと思ったりもしたそうだ。大学時代まで鎮痛剤で生理痛を抑えて通学し、就職してからも鎮痛剤で乗り切り、生理痛で休んだことはない。
大企業でフルタイムで(一時は80%で)働いてきたCさんは、腰痛などの慢性的な痛みも抱えている。生理痛以外の痛みや病気を抱えている人もたくさんいるし、生理痛が軽い人もいるため、すべての女性に生理休暇の選択肢を与える必要はないと言う。
「一律の休暇を導入することは無意味でしょう。男女間の争いを増やすだけで、むしろ逆効果だと思います。今後、スイスでこのテーマが議論されることは恐らくないでしょう。たとえ関心が高まったとしても、あちこちで議論が起きるだけで、良い解決策は見つからないと思います」
Cさんと同じ意見をもつのは、ドイツ・ベルリンに住む雇用法専門弁護士イルカ・シュミットさんだ。ドイツでは一般平等取扱法 (AGG)により、性別による雇用上の差別が禁止されており、シュミットさんはここが争点になり得ると言う。事業者が生理休暇制度を導入するなら、男性の被雇用者が同様の休暇を要求する可能性があるからだ(ドイツのメディアグループRND)。
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また、男性からだけでなく、女性からの理解が得られないことも指摘されている。たとえばドイツでは、生理休暇制度は女性を弱者として見なすことになり、社会の中で男女の差を際立たせるから、かえって性差別を助長してしまう、つまり「女性雇用者は頼りにならないと受け取られるのでは」と恐れる女性たちがいるという。
さらにはフェミニストの中でも、議論は起きている。「生理という本来健康的な現象を病気休暇の範囲に入れるのは女性をゲットー化することになる」という声がある一方、「生理休暇を取得することは生理用品を無料でもらうことと同様の権利だ」という主張もある。
さらに「生理休暇の恩恵を受けるのはごく一部の女性に過ぎず、女性の誰もが利用できる休暇でなければ意味がないので、それよりも、体調不良全般に関する政策を整えるべきだ」と考えるフェミニストもいる。
PMS(月経前症候群)や非常に不快な生理痛を経験している筆者としては、鎮痛剤に依存したくない女性の気持ちはよくわかる。女性特有の生物学的現象を弱さの象徴と解釈するのは違う気がするので、生理休暇制度はあってもよいと思う。利用の仕方は個人が考えればよいのではないか。もしくは、雇用者や同僚たちの理解が深まるまで休暇ではなく、コロナ禍で一般的になったテレワークという選択肢を与えることもできると思うのだが。
岩澤里美
スイス在住ジャーナリスト。上智大学で修士号取得(教育学)後、教育・心理系雑誌の編集に携わる。イギリスの大学院博士課程留学を経て2001年よりチューリヒ(ドイツ語圏)へ。共同通信の通信員として従事したのち、フリーランスで執筆を開始。スイスを中心にヨーロッパ各地での取材も続けている。得意分野は社会現象、ユニークな新ビジネス、文化で、執筆多数。数々のニュース系サイトほか、JAL国際線ファーストクラス機内誌『AGORA』、季刊『環境ビジネス』など雑誌にも寄稿。東京都認定のNPO 法人「在外ジャーナリスト協会(Global Press)」監事として、世界に住む日本人フリーランスジャーナリスト・ライターを支援している。www.satomi-iwasawa.com
text: Satomi iwasawa