N°5は魔法の数字。シャネルの香りをめぐる展覧会へ。
Beauty 2022.12.25
©︎ CHANEL
1921年に生まれたシャネル N°5。101年前から世界中の女性たちを酔わせ続け、時代を感じさせることもなくいまも魅力的というのは魔法としか言いようがない! 1月9日までパリのグラン・パレ・エフェメールで開催されているお祭り気分あふれるインタラクティブな展覧会『LE GRAND NUMÉRO DE CHANEL』(入場無料・要予約)では、このN°5を含むシャネルのフレグランスが一堂に会し、シャネルについて詳しくない人も、香水に詳しくない人も体験して、発見して、芳しい旅時間を過ごすことができる。
この開催にあたって、トマ・デュ=プレ=ドゥ=サン=モー(フレグランス&ビューティ/ウォッチ&ファインジュエリー グローバル クリエイティブ リソース ディレクター)はこう語っている。「シャネルの香りづくりには、明確な目的があります。ル グラン ヌメロ ドゥ シャネルは、エモーショナルな旅。香りのもつさまざまな魅力や、その役割を発見する機会となることでしょう」
楽隊に迎えられるエントランスホールから、N°5のボトルの中へと。photos:(左)Mariko Omura、(右)©︎ CHANEL
6000㎡という広い会場。黒でトリミングされた白い香水のパッケージを拡大した壁の前で陽気な音楽を奏でる楽隊に迎えられ、さあ、幕をくぐって黒と白とゴールドが織りなす眩いセンタースペースへ。サーカスのテントのような丸い会場に象はいないけれど、巨大な獅子がいて、道化師や玉乗りの代わりに、男女のダンサーが鏡のピストの上でダンスを続けている。この丸いスペースに面して、N°5、チャンス、ブルー ドゥ シャネル、レ ゼクスクルジフ ドゥ シャネル、ココ マドモアゼルと5つの入り口が並んでいるので、好きな順に巡ってみよう。
白と黒とゴールドでまとめられた会場内、鏡がその魅力を倍増している。photo:Mariko Omura
香りの部屋への出発点はこの広場から。photos:(左・中)Mariko Omura、(右)©︎ CHANEL
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N°5 香りの革命、時空を駆け巡る旅
伝説の香りN°5には最大のスペースが捧げられ、創作された1920年代の雰囲気の中で名香のすべてが展開されている。当時主流だったバラやスズランといった特定の花の香りではなく、「女性そのものを感じさせる、女性のための香り」を求めたガブリエル・シャネルに調香師エルネスト・ボーが提案したのは合成香料アルデヒドをふんだんに用いて、花の名前が特定できないミステリアスでモダンな香りだったことは有名なストーリー。
N°5のスペースはさまざまなバージョンが楽しめるプロジェクションマッピングから。photos:Mariko Omura
いまもそれは不変であることは、会場に置かれた2021ml入りの大きなボトルからの1滴によって確認ができる。この数字はもちろん100周年の2021年に由来し、合計55ボトルが存在するのだそうだ。ちなみに会場のものは33/55ボトルである。試作番号から取った数字の5が香りの名前に付けられたことは、当時の香水業界で革命的なことだったが、さらにシンプル極まりないボトルのデザインも革命的だった。
ガブリエル・シャネルのポートレートと2021ml入りのボトルの部屋で。photos:©︎ CHANEL
会場では、ボトルを密閉する“ボー ド リュシャージュ”と呼ばれる自然素材の半透明のフィルムを装着し、黒い糸を巻いて、ロゴのCCの封蝋を施す実演が行われている。フランスでシャネルだけが雇い、しかもたった数名しか存在しないという“ボードゥリュシューズ”は1時間に100フラコンの作業をこなす技の持ち主たちだ。2名の職人が丁寧に説明しながら、手際よくボトルを密閉する技に目を奪われる。
左: 香水が蒸発しないように栓と瓶の繋ぎ目に薄い膜を巻き付け、それをパールコットンと呼ばれる糸で巻き付け最後に樹脂で固定する。 右: 乾燥したフィルムは高い密閉度を持つ。photos:Mariko Omura
N°5の会場の中央を占めているのは、キャンペーンフィルムの映像とニコール・キッドマンやマリオン・コティヤールなど主演女性が着た衣装の展示。その裏手には1937年にアメリカの雑誌のためのN°5広告キャンペーンにガブリエル・シャネルが自らモデルとなった写真に始まり、キャロル・ブーケ、ジゼル・ブンチェン……現在にいたるまで時代順にキャンペーン写真を辿れる。若い世代には新鮮、年齢の高い層には懐かしいビジュアルの数々だ。
左: スクリーンに映し出される名作キャンペーンフィルムとそのコスチュームの展示。 右: 1937年からいまにいたる広告写真を時代を追って。photos:(左)Mariko Omura、(右)©︎ CHANEL
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香水がテーマの展覧会としてユニークなのは「数字のアート」と題された部屋だろう。これはN°5がこの世に登場してから2019年の間に制作された31点のアートピースを集めたミニギャラリー。この世に国際的に有名なフレグランスがいくつかあるかはさておいて、アーティストにインスピレーションを与えてやまないのは数字を香水名につけたシンプルなボトルという画期的な発想から生まれたN°5だけだろう。展示作品の中で、最初に数字の5が目を引くのはバウハウスで教鞭をとっていた時代に芸術家オスカー・シュレンマーがテキスタイル工房を率いていたグンタ・シュテルツルの1925年3月5日の誕生日にプレゼントしたコラージュだ。コラージュといえば、1920~30年代のガブリエル・シャネルとその交友関係を写真で見せている部屋に展示されているコラージュ5点のシリーズにも注目したい。これまであまり世間の目に触れることはなかったが、これはガブリエル・シャネルが友人のミシア・セールと一緒にセルジュ・リファールにプレゼントしたというN°5にまつわる5枚のコラージュである。数字と文字をあしらったダダ的なコラージュはいまでも広告として通用しそうな現代性にあふれているので見逃さないように。
31作品を展示するL’Art du numéro。なじみのないアーティストの仕事に触れられる機会でもある。右はローリー・シモンズの『Walking Perfume Bottle』(2005年)。photo:©︎ CHANEL
ガブリエル・シャネルがセルジュ・リファールにプレゼントした5点のダダ・スタイルのコラージュ。これはギャラリーではなく別の部屋での展示だ。photo:Mariko Omura
ミュージアムスペースに戻ろう。ガブリエル・シャネルと1930年代から親交を築き、彼女の南仏の別荘ラ・パウザに滞在中に仕上げた作品もあるというサルバドール・ダリによるデッサンも見逃せない。1937年、ニューヨークを訪問したダリはデッサンの『Chanel Grand Central Powder Room』を制作。この作品はアンディ・ウォーホルが所有していて、彼の没後のオークションを経て現在はシャネルの所蔵品となったそうだ。このデッサン中、グランド・セントラル・ステーションの外観がブロードウェイの劇場に仕立てられ、N°5のボトルが屋根の中央に。ダリはまた、発表当時は不成功に終わったという写真集『Moustache』のために、フォトモンタージュで自分の顔をN°5のボトルに納めた『The essence of Dali』という作品も残している。N°5を愛し、自らもつけていたというアンディ・ウォーホル。“The Most Treasured Name in Perfume.”というスローガンとともに、米国雑誌の広告に用いられたボトルを描いたセリグラフィー「ADS」(1985年)の6点がここで鑑賞できるとは!!
L’Art du numéroより。photos:(左)Mariko Omura、(右)©︎ CHANEL
香りのバックグランドとして、グラースのジャスミンと5月のバラというN°5の原料を嗅ぐ装置を配した、少々フューチャリスティックな空間がコースの最後に設けられている。調香、ボトル、ネーミングなどあらゆる点で革命的だった香りのすべてを知った後は、チャンス、ブルー ドゥ シャネル、レ ゼクスクルジフ ドゥ シャネル、ココ マドモアゼルの4つの香りの部屋へ。こちらは文字要素はなく、それぞれの香りのエスプリを遊びながら体感し、発見するというつくりである。
展覧会場の最後は香りのブティック。セレクションに迷ったら、三者選択ゲームで自分好みの香りがわかる一角が用意されているので試してみては? 通常購入できるフレグランスに加え、香りにまつわるジグソーパズルや刺繍のキットなどエクスクルーシブな品も販売されている。コレクターズアイテムの宝庫かも……。
魅力いっぱいのブティック。photos:Mariko Omura
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CHANCE(チャンス)
パッケージの色に合わせて、チャンスの部屋はピンク色の空間にまとめられている。ジャン=ポール・グードが手がけた広告撮影のバックステージというイメージで、メイクアップが楽しめるのが最初のスペース。その奥のカーテンの後ろにはカジノが隠されている。入り口でゲーム用チップをもらって、ルーレットでチャンスに賭けてみよう。ルールは簡単。運が良ければ出口で愛らしい景品が待っている、という趣向もうれしい。「シャネルの考えるチャンス(幸運)とは、幸せになる方法であり、自分の行きたい道を選択する自由であり、自分の前に広がる世界からの手招きに喜んで応じられることです。香水のイメージ研究の観点では、チャンスは動きやエネルギー、きっかけや出だしなどというイメージに結びついています。チャンスはつかまえられるべきもの。人生をもっと豊かにするために、リスクを恐れずに賭けてみることなのです」(トマ・デュ=プレ=ドゥ=サン=モー)。
photos:(上左、下)Mariko Omura、(上右)©︎ CHANEL
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BLEU DE CHANEL(ブルー ドゥ シャネル)
いまは亡きギャスパー・ウリエル主演のマーティン・スコセッシ監督によるキャンペーンフィルムが、いまも記憶に新しいメンズフレグランスのブルー ドゥ シャネル。会場に蒼い空の下の都会の光景が作られ、その街に立ち並ぶ超高層ビルの照明を操るのは来場者たちだ。自由に光をチューニングし、都会の景色を我がものに! 扉の向こうへ歩みを進めると、そこはジャズが流れる香りのバー。2010年のグレープフルーツ、2014年のアンバーとムスク、2018年のサンダルウッドというブルーの3つのバージョンが込められた3種のショットグラスに顔を寄せ、芳しさに酔ってみては? トマ・デュ=プレ=ドゥ=サン=モーによると、この香りは「ほかの人々が見逃してしまう、自分を自由に解き放つのに必要なものが何たるかを知る能力を持ち、何事もやり遂げる不屈の男性性を表しています」と。
photos:©︎ CHANEL
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LES EXCLUSIFS DE CHANEL(レ ゼクスクルジフ ドゥ シャネル)
レ ゼクスクルジフ ドゥ シャネルの部屋では、香りとつける人の個性にフォーカスしている。広い会場内には長椅子が配置され、そこに横たわって“香りの精神科医”ごっこを楽しむのだ。香りは自己表現の手段のひとつ。質問への回答から選ばれる18の中のひとつの香りが本当に自分の香りかどうか、奥の薬局ふうカウンターで確認! 18の香りを試し、ベストフィットを見つけ出しては? シャネルの専属調香師オリヴィエ・ポルジュの言葉に耳を貸そう。「フレグランスを纏うことは着る服や立ち振る舞いと同様に周囲に自分がどういう人物かを知らしめる自己表現となりますが、同時に香り以外のものではきっと表現 できない、何か別なものも明かしてしまうのです」
photos:(左)©︎ CHANEL、(右)Mariko Omura
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COCO MADEMOISELLE(ココ マドモアゼル)
トンネルをたどって行き着いた部屋には巨大なチェスボードが。現在TVで流れる、キーラ・ナイトレイがヒロインの30秒スポットの世界である。大きなチェスの駒の中に仕組まれたスクリーンでプレイをし、誘惑ゲームにチェックメイト(王手)! 激しい愛に生きながら、決して愛にとらわれることなく自由に自分の人生を歩んだココ・シャネルの名をいただくにふさわしい香り、ココ マドモアゼルらしい部屋だ。
photos:©︎ CHANEL
「多くの人々が、フレグランスはアクセサリーである、あるいはスタイルの最終仕上げと考えていますが、実際はそれ以上のものです。フレグランスは、私たちの感情や自信、気分や欲望にリアルに影響します。そのことをあらゆる人々に体験していただきたいのです」と、トマ・デュ=プレ=ドゥ=サン=モーが締めくくった。
会期:開催中~2023年1月9日
Le Grand Palais Ephémère
Place Joffre, 75007 Paris
入場無料(※要予約)
https://grand-numero.chanel.com
editing: Mariko Omura