パリ街歩き、おいしい寄り道。

カフェ・デ・ミニステールと、オルセー美術館。

-2020年8月のパリの過ごし方その1-

この8月、必ずや行きたい場所があった。
ルーヴル美術館とオルセー美術館だ。
この夏のパリは、旅行者が極めて少ない。
おまけに美術館は、完全予約制となっている。
ルーヴルもオルセーも事前に、入館時間を指定してチケットをサイトで購入しなければならない。
当然、人数制限も厳重にされているだろう。
ということは、ゆったり見て回れるまたとないチャンスだ。
久々に常設展示をじっくり観たいから、夜まで開館している日に行きたかった。
調べてみたら、ルーヴルはこの7月から9月まで夜は開館しておらず(通常は水曜と金曜)、18時で閉館とわかった。
対してオルセーは、木曜が21時半まで開いている。
我が家は先週の月曜から工事が入っていたのだが、もしかすると木曜の午後はペンキが乾くのを待つのでぽっかり時間が空いたりしないかしら、と思っていたら、そうなった。
できたら、近くのカフェ・デ・ミニステールでランチをしたいなぁと思い、ヴァカンスに入っていないか確認すると、運よく、この日がヴァカンス前の最終営業日だった。

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店の前には、通りを隔てて小さな広場があり、そこに臨時テラス席が設けられていた。
7月最後の週末に“70%のフランス人がこの週末にヴァカンスへ発ち、そのうち70%の人たちが海岸沿いへ向かう”とニュースで読んだが、国民議会裏手のこのエリアはまさにヴァカンス期の様相で、すでにほとんどひと気がなかった。
そんな雰囲気のところに、10卓ほどが並んだテラス席は、食事をしている人たちも皆リラックスしていて、どこかリゾート地にあるオーベルジュの中庭のようだった。

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予約していたので、案内されたテーブルの上には“Akiko”と刻印されたナプキンリングが用意されていた。
オーナー夫妻が店の1周年を記念して常連客に作ったもので、私のも作ってくれたのだ。
私にとっては、店でキープされる人生初の名前入りナプキンリング。
とてもうれしかった。今年2月のこと。

店内を見回しつつ、“今日の料理”が書かれた黒板に目をやると、オマール海老があった。いまは季節だ。
たまにはオマールもいいかもなぁと思いながらメニューを見ていたら、マダムのロクサーヌがやってきて「すごくきれいな色に日焼けしてる。ヴァカンスから戻ってきたのですか?」と聞かれた。
「いや、ずっとパリにいるのだけれど、ジョギングで焼けたのだと思う。あ、あと、自転車生活を始めたからかも!」と答えると、「なるほど……」と言いつつもあまり納得していなさそうだった。
最近は、会う人会う人に、焼けてるね、と言われる。私は、日に焼けやすいのだ。

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「よかったら、牡蠣とトマトの前菜2品はどうですか? ジャン(ご主人で、シェフ)が、この2品はまだアキコが食べていないと思う、って」
確かに、ふたつとも食べたことがなかった。そして、この日は暑かった。前菜2品でちょうどよさそうだ。
オマール海老のメインはヴァカンス明けにもメニューにあるか聞いてみると、「季節としてはギリギリかもだけれど、用意したいと思っている」というので、勧められた前菜を取ることにした。

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ノルマンディー産牡蠣とトゥールーズ風ソーセージに、リンゴを合わせた前菜。
味付けはさっぱりで、たっぷりのネギとエスペレット唐辛子が食欲を刺激した。
昔、南西部の漁師さんたちは、“牡蠣とソーセージを一緒に食べるらしい”と聞いて、それが食べられるお店がないか、パリで探し歩いたことを思い出した。
暑かったし、取るつもりはなかったのだが、食べはじめたら「これはふた口くらい白ワインが欲しい」と思い、お願いした。

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続いて、色とりどりのトマトとツナの前菜。
この店はいつもサラダがあって、それがどれも、メインのポーションで食べたい、ずっと食べ続けられるおいしさだ。
これも胡椒ではなく、アクセントはエスペレット唐辛子。
何かのフライを細かくして散らしてあって、何か聞こうと思っていたのに、忘れてしまった。鶏の皮のような気がしたそれが、いい味を出していたんだよなぁ。

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そして、デザートにはパヴロヴァを。
イチゴと、白いフランボワーズに透明感あるソースが涼しげだ。
下にはルバーブのコンポートも。

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で、中までスプーンを突き刺し一気に崩したら……
バニラ風味のクリームの中には、バニラアイス、そしてその下に、軽く煮たフランボワーズ(今度は赤!)が詰まっていた。
なにこれ〜!の可愛さとおいしさで、鼻を膨らましてしまった。

シェフのジャンは、なんでも自分で作る。
それで「アイスも作ってるの?」と聞いた。
ならば、売ってほしい、と思った。持ち帰りたかった。
「作りたいんだけど、アイスは作ってない。でも、すっごくおいしいのを選んでる」
そうだよねぇ。本当においしいもの。
それから、少しアイスの話をした。
厨房には、洗い場担当もおらずジャンがひとりですべてを担っている。
大変そうではあるけれど、いつも彼は楽しそうだ。そして、おいしいものを作って食べさせてあげたい! という気持ちがあふれんばかりである。
彼の料理は、サラダもメインもデザートも、皿の中で何かが“どうよ?”主張していることがなく、するする食べられる。でも、食べ進めていくうちにふと、ん?これなんだかすごくおいしくないか?と、思わず手を止めて皿の中を見つめ、そのありかを探したくなるのだ。

隣のテーブルには、親子ふたりが座っていて、そのお父さんは、パヴロヴァと迷った末に、ムース・オ・ショコラを頼んだ。息子さんがパヴロヴァにしたからだ。
それと、前の晩に食べたチョコレートのデザートがイマイチで、そのリベンジをしたかったらしい。

会話をしていると、私たちのほかに残っていたテーブルの家族3人が立ち上がり、帰っていった。
マダムのロクサーヌが「これからエッフェル塔に行くんですって。彼ら、パリジャンなんだけど」と言いながら、片付けはじめた。
すると隣のムッシュ(お父さん)が、「いや、この夏にすべきことは観光だよ」と応じた。
それを受けて「私、このあとオルセー美術館に行くんです。今日は21時半まで開いているからゆっくり観られると思って。今朝、チケットを取ったけれど、どの時間帯も全部空きがあった」と言うと、ジャンが「週末にロクサーヌもルーヴルに行ってたよ。すごく観やすかったって。そうかオルセーは今日、ノクターン(夜間開館)なんだ! いいね」と言う。
そう、この夏、パリで過ごしているパリの住人の多くが、観光している。
「ルーヴルとオルセー、エッフェル塔と、それにヴェルサイユ。この4箇所はマストだね。21時半まで開いてるなら、僕も今夜オルセーに行こうかな」と、お父さんが言った。

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Bonnes Vacances ! と告げて、店を出た。いい夏だなぁとホクホクした気持ちでサンジェルマン大通りを渡ろうとしたら、通りの向こうに、大胆にも窓の外に出て、窓拭きをしている女性がいた。

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オルセー美術館到着。やはり誰も並んでいない。予約時間よりも15分ほど早く着いてしまったのだけれど、入れてくれた。待ち時間ゼロ。

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館内もやはり空いている。16時。閉館まで5時間半。ウキウキした。

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模写をする人も、ところどころに。

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マネの作品が展示された部屋も、鑑賞している人はふたりしかいなかった。

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『落穂拾い』をこんなに引いて、距離を置いて観て、何分も前を誰も通らないって、こんなことってあるだろうか。
ひとりで作品と向かい合える贅沢に、しばし身を浸した。

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時折、聞こえてくる話し声はフランス語ばかりだ。ごくたまにスペイン語。
そして、写真を撮っている人がいない。私だけだった。気が引けた。写真を撮るために立ち止まり続ける人がいないとは、こんなにも観やすいものかと愕然とした。

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イェーイと腕を掲げた彫刻作品を見上げて、「ほんと、そんな気分だよ!」と思った。

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大好きなファンタン=ラトゥールの作品。この絵を見ると、普段ほとんど買うことのない菊を買いたくなる。

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この絵の隣は、ハマスホイだった。すごく好きな並びだった。

地上階の常設展示をひと通り観て、企画展「ジェームズ・ティソ」の会場へ。
19世紀前半にフランスで生まれ、人生半ばに10年ほどをロンドンで過ごしたフランス人画家だ。

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この画家の作品を観るのは初めてだったと思う。
興味深く観はじめて、この絵の前で目が釘付けになった。
芝生でのランチ、と題がついた1870年の作品。

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真ん中に盛られているの、ザリガニだ。
ブルジョワ階級のピクニックには、ザリガニかぁ。
奥には、パテ・アン・クルートもある。

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ドレスの美しさと、背景の精緻とに引き寄せられて、近づいたら、額がまた素敵だった。

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なんて色彩が綺麗なのだろうか。

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よかったら、拡大してみてください。
タイトルは、返事、あるいは、手紙。
女性の手元から、白い紙片が散っていっているの、見えますか?
そして、給仕をする男性の視線。

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美しいなぁ。

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これはシャンゼリゼ沿いにあるレストラン「ルドワイヤン」での宴の様子らしいのだけれど……
またしても目が奪われたのは、皿の上。
こんなふうにブール(丸いパン)がひとりひとつずつ配されていたのか。
それも、けっこうな大きさだ。
よく見ると、切り込みの入れ方が違うブールが交互に置かれている。
そして、マダムのテーブルにはフィセル(細めのバゲット)が見える。
カトラリーとか、マスタードが入っているのだろう小瓶とかと比べると大きさが想像できる。
それにしても、この画家の描く食べ物、どれもおいしそうだ。

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すっかり堪能して、5階へ行くことにした。
もうすぐ19時。空の色が変わってきた。

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2階の展示室は閉鎖されていた。
上から見ると、どれだけ人がまばらかよくわかる。
自然光が入る美術館は、やっぱりうれしいなぁ。

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大時計の向こうには、青空が広がっていた。

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チュイルリー公園に夏の間設営されている移動遊園地の観覧車と空中ブランコが気持ちよさそうだ。
モンマルトルの丘まで、窓越しにも拘らず、綺麗に見渡せた。

モネ、ルノワール、シスレー、ピサロ、カイユボットなど、印象派の作品を楽しんだ。
以前は、印象派はどうも好きではなかった。
それが、最近は、意外と好き、くらいになっている。
それで、展示室全体を行きつ戻りつしながら、じっくり観た。

気付いたら、作品の写真を1枚も撮っていなかった。

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夕暮れどきの大時計の向こうに広がる景色を見たくて、戻ると、西陽が差し込んでいた。
風景に見入る人々が作る影も美しかった。

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最後にゴーギャンの作品をいまいちど味わった。
この作品の色が好きなのだ。
5階ではこの1枚だけ、写真を撮った。
こんなふうに鑑賞するの、気持ちがいいなぁと、目が覚めるような思いだった。

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美術館脇にヴェリブ(シェアサイクル)のステーションがあったので、自転車で帰ることにした。
たくさんの、心に響く色彩を浴びた後に、もうすぐ日が沈む淡い空の下、風をきって自転車を漕ぐのは最高だった。オルセー美術館からは、自宅のすぐ手前までずっと自転車レーンがあるのだ。

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ちなみに、パリでの自転車生活初心者の私のお供は……
Maison N.Hの斜めがけにもリュックにもでき、カメラも入れられるバッグ。
そして、今年A.P.C.で買ったサンダル。私は足の甲が薄くて、サンダルはちゃんと選ばないと、甲とその上を覆う部分との間にぷかぷか隙間ができ、靴擦れ(それも水ぶくれ)に悩まされる。このサンダルは、底も厚めで安定していて、甲のベルトもしっかりで、自転車初心者にも不安のないサンダルです!

川村明子

文筆家
1998年3月渡仏。ル・コルドン・ブルー・パリにて料理・製菓コースを修了。
朝の光とマルシェ、日々の街歩きに日曜のジョギングetc、日常生活の一場面を切り取り、食と暮らしをテーマに執筆活動を行う。近著は『日曜日はプーレ・ロティ』(CCCメディアハウス刊)。


Instagram: @mlleakikonotepodcast「今日のおいしい」 、Twitter:@kawamurakikoも随時更新中。
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