Editor's Blog

アーティストとの対話、編集者という仕事。

こんにちは、編集TAOです。私が林央子さんという編集者を知ったのは、2001年から「流行通信」で連載されていた「Purple」の編集長エレン・フライスのエッセイでした。学生時代に愛読していたこの連載を手がけ、アーティストとの軽やかな交流を続ける林さんは憧れの存在でした。
林さんは90年代に資生堂「花椿」の編集者として活躍し、その後、個人雑誌「here and there」や『拡張するファッション』を出版。ファッションとアートの世界を見つめ、アーティストと多くの対話を重ねてきた人です。『拡張するファッション』から10年経った今年は、新著『つくる理由』を出版されました。

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この本に書かれているのは、コロナウイルスで世界が変わってしまったいま、林さんがアーティストたちとの対話を重ねる中で、彼らから得た、前に進む力のこと。「なぜかわからないけれど、自分が前に進めなくなったときに、気付きをくれる言葉を投げてくれる人は、ものをつくる人や、アーティストだった。ものをつくるという行為や体験の蓄積から見えてくる世界が彼らにはあって、私はふとした会話から気づきをくれる存在として、彼らの言葉を頼りにして進んできた」(『つくる理由』より)。
アーティストの友人たちと接する時、彼らの見ている世界やものの尺度にハッとさせられることがあります。仕事に追われ、その場所に自分をあてはめて生きようとすればするほど、忙しさやそれを紛らわすための消費活動で、自分らしい生活の視点を見失っていく気がする。でも彼らは、自分らしく生きてはいけない場所から距離を取り、自分軸で生活を営んでいる。ものをつくる行為を繰り返す日々の中で見えている世界は、とても研ぎ澄まされていて、そしてピュア。だからこそ、彼らと話すと多くの気付きをもらえて、童心に戻ったようにハートが触れ合える瞬間がある。
いろんな価値観がひっくり返って自分の選択を問われる時代に、ものをつくる人たちの言葉が力をくれる。そんなことにいち早く気付いた林さんは、アーティストの翻訳者でもあると思うのです。「つくる行為の裏側に見つかる、生かされた時代への抵抗や何かを変えたい気持ちを聞き出すことを目的として」、彼らの声に耳を傾け、その思想を言葉に書き起こす。編集者という仕事は、ものをつくる人にずっと恋焦がれ続ける業を背負っているのだと思うことがあります。インタビューで感銘を受けた時など、彼らへの敬意とある種のコンプレックスで自分の足元がグラグラしているように感じることもあるけれど、でも、林さんの編集者としての在り方は常に指針となり、私たちの背中を押してくれるように思います。
先日、『つくる理由』に登場し、林さんが取材し続けているアーティストのひとり志村信裕さんの展示に伺いました。2022年1月15日まで、狩野哲郎さんと、二人展『Ambient Reflexion』をユカ・ツルノ・ギャラリーで開催されています。林さんいわく、志村さんは「時間と価値を問う人」。古書や水面、家具、リボンなど、身近なものに映像を投影し、歴史や記憶を呼び起こすインスタレーション作品を多く発表してきた志村さんと、年月を重ねてきた素材や古物、エイジングされた彫刻、経年変化した素材を取り入れた作品で、自然の力によって獲得されては変容する世界を読み解いてきた狩野さん。日常の身近な事物や現象を素材として扱ってきたふたりが、それぞれの特性を生かし合い、共鳴した独自の世界観を生み出している本展。お互いの作品が生み出す影響を認め合い、その影響による侵食や変容を受けいれた新たな関係性を試みています。

211209_s_KNK7664.jpg©the Artist, courtesy of Yuka Tsuruno Gallery, Photography:Ken Kato

特に、『Mirrored Mirage』(狩野哲郎、2021年)と『Tender Moon』(志村信裕、2021年)が飾られた空間は印象的な美しさ。宇宙のような、子宮のような、茶室のような、優しいものに包まれてうるような懐かしい気持ちを覚えました。志村さんは、KAAT神奈川芸術劇場での個展『游動』でも朧月、海月、雨、海辺の月影をモチーフとしていましたが、コロナ禍になってよく月を見上げるようになったそう。太陽が光をあてる月、海に漂う月影のインスタレーションが光をあてる彫刻。ひとりではなく誰かと手と手を取り合って、互いに照らし合いながら、認め合ったり、変容したり、影響し合ったり、この時代に共存して生きていく大切さをぼんやりと考えながら、静かに湧き出るような作品を見つめてしまいました。こういった気付きをくれるから、だから私はアートを通じてアーティストと対話することが好きなのだと、改めて嚙み締めたのでした。

211209_s_KNK7822.jpg©the Artist, courtesy of Yuka Tsuruno Gallery, Photography:Ken Kato

狩野哲郎、志村信裕『Ambient Reflexion』
会期:11月27日~2022年1月15日
開廊時間: 11:00 ~18:00(火~土)
休: 月、日、祝、12月26日~2022年1月10日

https://yukatsuruno.com/exhibitions/pr092_ambient-reflexion

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『つくる理由 暮らしからはじまる、ファッションとアート』
林央子著 DU BOOKS刊 \2,530

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