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映画『パリ13区』の魅力をじっくり解説した、読者限定トークイベントを振り返る。

こんにちは。カルチャー担当編集YKです。本日から公開が始まった映画『パリ13区』。フィガロジャポンでは先週15日に、読者限定先行試写会とトークイベントを実施しました。登壇者は、ジャック・オディアール監督に何度もインタビュー経験がある映画ジャーナリストの立田敦子さん、そしてフィガロジャポンパリ支局長の髙田昌枝をZoomで繋ぎ、この映画の魅力を解説。「これから観に行く!」「もう観たよ!」というみなさまに、当日のイベントの模様をお届けしたいと思います。

IMG_0940.JPG壇上右が立田敦子さん、映像に写っているのがパリ支局長髙田、壇上左は編集YK。
 

トークイベント冒頭、まずはおふたりに映画の感想を伺いました。立田さんは「オディアール監督は、これまでの作品でも、新作のたびに常に作風を更新してきました。今年で70歳を迎えますが、今作はさらに新たな境地にたどり着いていると感じます」とコメント。パリに1992年から住んでいる髙田は「フランス人の夫と観たのですが、フランス人も知らなかったような社会問題が描かれている、と関心を寄せていました。13区の風景や人間関係には生々しい部分もあり、モノクロで描かれていたので客観視できましたが、カラーであったらもっときつい表現に感じていたかもしれません」と語っていました。

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ジャック・オディアール監督について

映画関係者へのインタビューは年間200名を超える立田さん。初めてオディアール監督に注目したのは2001年の監督作品『リード・マイ・リップス』を観たときだったそうです。

『リード・マイ・リップス』のストーリーは「難聴の孤独な独身女性が、刑務所帰りの年下の男性と恋に落ちる。やがて読唇術を使って彼の犯罪に加担することに......」というもの。同作ではセザール賞9部門にノミネート。脚本賞と音響賞を受賞しています。

「ハードボイルドな男、謎めいた女性が登場し、陰影の強い画面で犯罪を描く“フィルムノワール”はそれまで娯楽性の強いものとして受け入れられてきましたが、オディアール監督の登場によって状況が変わったようにも見えました」と立田さん。

オディアール監督はフィルムノワールの脚本家だった父を持ち、ソルボンヌ大学で文学と哲学を専攻。その後、編集技師として映画業界に参加、80年代から脚本家として映画に携わるようになりました。その後、94年に『天使が隣で眠る夜』で監督デビュー。主演はフランス映画界が誇る名優、ジャン=ルイ・トランティニャンです。

その後2009年『預言者』でカンヌ国際映画祭の審査員特別グランプリを獲得、12年の『君と歩く世界』ではゴールデングローブ賞の外国語映画賞にノミネート、そして15年『ディーパンの戦い』で悲願のカンヌパルムドールを獲得します。

さらに18年、ゴールデンラッシュのアメリカを描いた『ゴールデン・リバー』で、ヴェネツィア国際映画祭で銀獅子賞を獲得。

オディアール監督は立田さんのインタビューに際し、「2018年に『ゴールデン・リバー』で非常に男性的な世界を撮ったあと、その反動もあって、今回『パリ13区』では女性の世界、さらに恋愛というもの扱ってみたいと思った」「2009年に『預言者』を撮った後には、マリオン・コティヤール主演の『君と歩く世界』を撮っている。振り返ってみても、男性的な世界を描くと、また違った世界を描きたいという衝動にかられるのだと思う」と語っていたそうです。

さらに監督は、「常に弱者にカメラを向けている」とも言っていたそう。歴代の監督作を俯瞰してみると、その言葉にも納得ですね。

>>関連記事:テーマは「SNS時代の未熟な性と愛」......70歳の巨匠が描いた『パリ13区』の原点とは?

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原作と脚本の妙。

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70歳を目前にして新境地に達した『パリ13区』ですが、原作は日系4世のエイドリアン・トミネが描いた3作のグラフィックノベルです。トミネは雑誌「ニューヨーカー」「エスクァイヤ」にもイラストを寄稿する売れっ子作家。コミックのようにコマ割りがされ、ナレーションはほとんどなく、登場人物の吹き出しの台詞で短編の物語が進んでいきます。どの作品も日常のセンチメンタルな瞬間をとらえていて、読後に何とも言えないもの悲しさが去来します......。アメリカではレイモンド・カーヴァーにもたとえられるほど評価が高いのだとか。映画『パリ13区』はトミネの作品から3本の短編を選び出し、舞台をアメリカ西海岸からパリ13区に移し替え、それぞれの短編を見事に融合させています。

また、監督インタビューでは「テーマに限らず、私は女性の脚本家と一緒に仕事をしたいと思っています。なぜならこの15年くらい、フランスでは女性の脚本家が目覚ましい活躍をしているからです」「私は仕事をするときには、男性だけでなく必ず女性を加えるようにしています。男性だけだと、どうしても男性特有の部分が出てきます。それはいい面ばかりではありません。仕事の進め方も違ってくるんです」という発言もあったそう。70歳のレジェンドの先進性が窺えます。

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原点となった『モード家の一夜』

立田さんの監督インタビューでは、「『パリ13区』のテーマでもある“本当の愛の会話は成り立つのか”という答えを導き出すための元になった作品」として、エリック・ロメール監督の『モード家の一夜』(1964年)についても深く語られていました。

『モード家の一夜』のストーリーは、「敬虔なクリスチャンである『私(トランティニャン)』は、クリスマス直前にミサで出会った女性に運命を感じる。数日後、旧友とともにモードという女医の家を訪れて、一晩哲学やキリスト教、結婚について語りあかす。モードに誘惑されても、『私』はセックスをせずに自宅に戻った。また数日後、ミサで出会った女性が、妻子ある人と付き合っていたことを打ち明けられても、『私』はその人との結婚を決意する。数年後、ヴァカンスで偶然モードと再会する……」という会話劇。オディアール監督は14歳の時に『モード家の一夜』をはじめて観たそうで、「それから一週間で4回も観た」ほどインパクトがあったといいます。

「若い男女が夜通し、人生や宗教やパスカルの哲学などについて語り合う。最後セックスをするのかと思いきや、すべてが語り尽くされてセックスはしないまま終わります。大人の男女はどういった振る舞いをするのか、女性がどういった服装をし、どのように魅惑を振りまくのか、といったことについて、私が初めて学んだ映画です」と監督は語ります。『モード家の一夜』から受けた影響は、オディアール監督のデビュー作『天使が隣で眠る夜』の主演にトランティニャンを起用したことからも窺えます。

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なぜ全編モノクロだったのか?

『パリ13区』では、あるワンシーンを除いて全編がモノクロで展開します。これも『モード家の一夜」へのオマージュが込められていたのでしょう。それに加えて、監督インタビューではこんなコメントがあったそうです。

「パリは歴史的な建造物や美術館もあり、とてもロマンティックな街です。多くの映画の舞台にもなっていて、多くの写真も撮られている。ただ、私からすると、小さい街というか、なにか“奥行き”が足りない感じがするんですね。それに今回は“いままで描かれてきたようなパリではないパリ”を描きたい、と考えました。それでモノクロの映像を使ってみようと思い立ったのです。みなさんが思い描くようなパリのイメージとはまったく逆の直線的なビルが立ち並ぶ13区を、フレンチ・エレクトロニックの鬼才Roneの音楽とともに現代的に描き出そうと思いました」

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実際のパリ13区について

13区2.jpg地図中の赤枠がパリ13区。パリの東端、セーヌ河畔南に広がるエリア。

 

モノクロで描かれたパリ13区、実際はどんな場所なのか? パリ支局長の髙田が現地の写真とともに詳細を解説してくれました。その様子は下記の記事をご参照ください!

>>関連記事:映画『パリ13区』ロケ地で発見した、パリの知られざる横顔。

現地取材記事にもあった「ストリートアート」に、最近新たな作品が加わったそうです。それがこちら。

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昨今の情勢を反映したウクライナ支援のためのアート。フランス人の政治への意識の高さが窺えるようです。

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モノクロで叙情的につづられたパリ13区が色付いて観えたでしょうか? まだご覧になっていない方はぜひ、「未知のパリ」を体験しに劇場へ足を運んでみてはいかがでしょうか。

『パリ13区』
●監督/ジャック・オディアール
●脚本/ジャック・オディアール、セリーヌ・シアマ、レア・ミシウス
●出演/ルーシー・チャン、マキタ・サンバ、ノエミ・エルメラン、ジェニー・べスほか
●2021年、フランス映画
●105分
●配給/ロングライド
●4/22(金)より新宿ピカデリーほか全国順次公開
©PAGE 114-France 2 Cinéma
longride.jp/paris13/

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